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2012-11-29(Thu)
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選挙の勢力地図がほぼ固まったようです。 主要政党の政策も揃ってきました。 そこで、 ” 原発ゼロ ” について考えてみたいと思います。

今、盛んに選挙の争点として報道されている ” 原発ゼロ ” は原発を総て無くすという意味ではありません。 相変わらず、あいまいな標語が氾濫しているようです。 2字しか違わないのに、なぜ ” 原発稼動ゼロ ” と言わないのでしょう。 なにか意図があるのでしょうか。 中には廃炉も含め ” 原発ゼロ ” と言っている政党や政治家もいるので混乱しかねません。 論点を明確にするためにも、 ” 原発稼動ゼロ ” と ” 原発廃炉 ” と立て分けをして、報道してほしいものです。

以前にも話しましたが、わたしは日本での原子力発電に反対です。 それは、放射性廃棄物(廃棄物)の処理や事故が起きたときの被害が甚大で、大きなリスクを抱えているためです。 廃棄物は必ず出ますし、事故はあると考えておかなければいけませんから、狭くて地震の多い日本での利用は、とても難しいエネルギーだと思っています。 使うのであれば、廃棄物を処理する施設と技術と場所を、しっかりと確保しておかなければいけませんし、事故が起きたときのことを考えて、少なくとも300km圏内に人が住んでいないことが必要ですから、日本ではこの条件をクリアすることはできません。 したがって ” 原発稼動ゼロ ” にするのは賛成ですし、 ” 原発廃炉 ” はなお賛成であります。

ところが、選挙では ” 原発ゼロ ” 、 ” 原発ゼロ ” というスローガンは聞こえてきますが、 ” 稼動ゼロ ” にせよ ” 廃炉 ” にせよ、それぞれについての具体的な方策やロードマップが示されないでいます。 これでは原発を推進するときに、廃棄物の処理と安全をあいまいにしてきたのとまったく同じ構図です。 どのようにして ” 稼動ゼロ ” 、 ” 廃炉 ” にしていくのかということが置き去りにされています。  ” 沖縄の基地を国外か他県にする ” と約束しても、どのように ” 沖縄の基地を国外か他県にする ” のかかが明確でなければ、それは夢物語でしかありません。 将棋をやるように、詰めていく策がなければ、とても政治とは言えません。 それがなければ ” 原発ゼロ ” という耳あたりのいい言葉で、有権者の票を狙っているとしか思えません。

とはいえ、この問題はとても難しい ” 現実 ” があります。 そのために、そう簡単に方策は見つからない、という事情があることも承知しています。 しかし、だからこそ、簡単に ” 原発ゼロ ” と約束する政党や政治家を、わたしは信用することはできません。 どの政党や政治家が、この問題を真剣に捉えて、現実を明確にして、国民に問いかけ、議論してロードマップを作ろうとしているのか、よく見ていく必要があります。
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2012-11-19(Mon)
ついに、任期を10ヶ月あまりをのこし衆議院は解散しました。

またぞろ、TV、新聞、週刊誌は、都合よく選別した評論家の口を通して、世論の誘導を図り始めています。 自分達がさんざん民主党政権誕生のお膳立てをしてきたことの反省がまったくありません。 マスコミが第4の権力と言われるようになって久しいですが、国民は賢くならなければいけません。 マスコミの報道や論評を鵜呑みにするほど危険なことはないのです。 自分で考え情報を多角的に集め判断してゆくべきであります。 選挙では各党が出してる資料を手に入れて、政策の内容をしっかり吟味してください。

今回の選挙は、この3年間の反省の上に立って、実現可能な、一歩一歩前進していけるような、現実的な政策を、各党には出してもらいたいものです。 いまだに、成長戦略を掲げ、目先だけの経済発展を目指すような、愚かなことはして欲しくありません。 日本は農業を基本として、教育に力を注ぎ、技術・科学・芸術・文化と様々な分野で有為な人材を育てあげ、世界に排出していくべきであります。 環境破壊と人間の欲望の拡大が止まらなければ、食料や水はかならず世界的な問題となってきます。 原発の問題を考えても、生活は裕福でなく、質素がふさわしい時代になってゆきますから、そのような国作り、社会機構を組み立てていくべきだと、わたしは考えています。物質的な豊かさの中でなく、自然と共生し、人としての生きかたと繋がりの中に、本物の幸せがあるのではないでしょうか。
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2012-10-10(Wed)
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今日は、痛ましいニュースを目にしました。
残念でなりません。

「 パキスタンのタリバーン運動 」 と名乗るパキスタンの武装勢力が、 ” 反タリバーンだ ” という理由だけで14歳の少女をスクールバスの中で頭と首を銃撃した。 と報じられていました。 愚かな行為であります。 こんな暴力に正当性は微塵もありません。 宗教の名を利用した悪魔の仕業というべきであります。 自らの信仰を汚し貶めるものです。 こんな行為は断じて非難されなければなりません。 このようなことをした人間はサタンであり悪魔の手先であります。 このようなことを非難しないのは、同じことをしたのと同じであり、信仰を持つものが看過していてはいけないことだと思います。 同じ信仰をする人ならば、なおさらに非難するべきであります。

神に正当性があるなら、人間が代わって行う必要はまったくありません。 神の専権事項であります。 このような蛮行は、自らの神に正当性がないことを認めているようなもので、あまりにも幼稚な精神性を顕すものでしかありません。 仏法の目で見れば、このような人間はいずれ三悪趣(貪・瞋・癡)にまみれ、三悪道(地獄・餓鬼・畜生)に生じて、苦しむことになるでしょう。 このような人間の生命の本質は修羅であります。 強い自我意識に執着し、勝他の念にとらわれ、心が曲がって物事を正しく見ることが出来ずに、争いのなかに漂う生命です。 天台大師の摩訶止観には 「 其の心、念々に常に彼に勝れんことを欲し、人に下るに耐えず、他を軽んじて己を珍(とうと)むこと鴟(とび)の高く飛びて下し視るが如く、しかも外には仁義礼知信を掲げ、下品の善心を起こさば、阿修羅道を行ず 」 とあります。
日蓮大聖人は 『 いのちと申す物は一切の財の中に第一の財なり、三千界無有直身命ととかれて三千大千世界にみてて候財も・いのちには・かえぬ事に候なり 』 と仰っています。 それは、人が仏の生命を持ち、仏に成ることができる存在だからであります。 その生命を絶つ行為は、仏の命の種を絶つことと同じであります。 生命を尊ぶことのない宗教など人間に必要ありません。 そんなものは似非の宗教であり、宗教を利用したエゴイズムであります。 未来の宝である幼い命を、恐怖と苦痛にあわせたうえ、したり顔で、「 また襲う 」 とうそぶくようでは、まさに ” 外には仁義礼知信を掲げ、下品の善心を起こさば、阿修羅道を行ず ” であります。

少女が可哀想でなりません。

非難する人、弾圧し、命さえもねらう人を、救ってゆこうとする、不軽菩薩の精神こそ信仰する者の精神であるべきです。 暴力で他人を思うがままににしようとする心は、第六天の魔王の心なのです。
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2012-09-27(Thu)
何年か前、たしかダイヤモンド社の雑誌だったと思うのですが、政党と宗教団体の相関関係を扱った記事が、特集で組まれていたのを立ち読みしたことがあります。 その記事によると、政党と宗教団体は公明党だけが取りざたされていますが、他党でも宗教団体とのつながりがとても深いことを取り上げていました。 国会で創価のことを追求し問題化する議員が、長年、ある宗教団体から支援を受け、その宗教儀式にも頻繁に主席している様子を、また、民主党の支持にまわっている宗教団体が、創価に対抗するように、支援に動いている様子を調べあげ、解説しておりました。 民主党が大勝し、公明党を引きずりおろし、はしゃいで喜んでいた姿が、今は、滑稽で哀れに思えるのは、なぜでしょう。

創価は公明党を使って、他の宗教や宗教団体を国会で追及したことは一度もありませんが、民主党は政権与党についてから平然と行いました。 政教一致だと騒ぎ、国会に追求委員会まで作ろうとしたのです。 ” どっちがだ ” と言いたいくらいですが、公党や特定の宗教団体を国家権力で弾圧することは、許されることではありません。 仏法の目で見れば、あきらかに破滅の罪業を積んだことになります。 国家権力が行なったという事は、国の罪になったということであります。 日蓮大聖人の時代に影で権力者に寄り添い讒言し、無実の罪で、日蓮大聖人の首を切ろうとした、念仏や禅宗の輩がいたように、実態を報道しないので、国民は錯覚していますが、現代においても、陰で政治を利用している宗教団体がいるのです。 宗教団体が人々のために政治に声をあげ、参加することは、政教一致ではありませんが、権力を利用して他の宗教団体を圧迫することは、あきらかに政教一致であります。 民主党が反創価の支持を受け、時流の風にのって政権の座に着いて、創価を痛めつけたという事実は、日本の未来に暗い影を落としたことはまちがいありません。

嘘つきで、言葉だけで、親身のない、能力のない政党は、はやく政権の座から降りるべきであります。 国民も、こんどは、マスコミに躍らされることなく、しっかりと政策を検証し、実現するためのロードマップに、偽りや矛盾がないかを見定めて、議員や政党を選んでほしいものです。
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2012-09-22(Sat)
日蓮大聖人は 『 日蓮・仏法をこころみるに道理と証文とにはすぎず、又道理証文よりも現証にはすぎず 』 と仰っています。 「 信じよう、しかし検証を 」 とゆうことです。

仏法を実践するときには、仏の言葉が第一原理となるため、その言葉がほんとうに仏の言葉であるのか、そのことが、まず求められます。 つぎに、その言葉の内容が道理にかなって、納得できるものでなければなりません。 さらに、なによりも、仏の言葉に従い実践して、その通りにならなければ価値がありません。 日蓮仏法では、これを文証・理証・現証の三つの証明、 「 三証 」 といっています。 初代牧口会長は、創価の伝統である座談会を 「 大善生活実験証明座談会 」 と銘うって、少人数での研鑽と信仰体験の対話を大事にされていました。
どんなに高邁な理論があっても、現実の生活に反映され実践されなければ、絵に書いた餅であります。

宗教の対極にあるのが科学だとされていますが、その科学は、物質世界の現象の謎解きから始まっていて、現象を観察・分析して、その法則性を探り、それを理論化していきます。 これは ” ? ” ” 疑う ” という部分にあたります。 その内容が論理的に矛盾がないか検証され、論理的に矛盾がないと判断されれば、科学では ” 仮説 ” として認められます。 科学が最初は仮説でしかないということは、とても重要なポイントです。 最初から、謎解きができたわけではないのです。
それでは、それがどう法則として認められるようになってゆくのでしょうか。 最近、ある素粒子の存在を探るため、世界的な規模で実験が行われました。 そう、TVや新聞でも話題になったヒッグス粒子の実験です。 まだ100%の確証ではありませんが、それを裏付ける結果が出たと報道されていました。 このように、仮説は、理論にあてはまる現象の発見や実験により確かめられて、初めて科学の法則として認められているのです。 実験は、 ” 疑い ” から始まって、論理的な仮説をたてたうえで、それを仮に ” 信じて ” 行われます。 実験して、結果が実際にそうであれば、仮説は、確かに ” 信じて ” よい法則となるのです。 しかし、現実には簡単に実験が成功するわけではなく、仮説が間違いであったり、修正しなければならなくなることもあります。 ときには、実験の過程で、おもわぬ疑問に遭遇し、新たな仮説が生まれることもあるのです。 科学は演繹的な論理の構築と実験証明を繰り返して、真実に迫ってゆこうとしているのです。 しかし、科学は相対的な世界を前にして、何度も法則を深化させながら、塗り替えてきています。 何が本質で、何が真実なのか、深い疑問と対峙しているのが、いまの科学の現状であります。

「 三証 」 のうち、文証・理証は科学でゆう仮説の部分で、現証は実験の部分といってよいでしょう。 しかし、仏は、縦には三世に、横には無限に全宇宙を了解して、真実を知るひとでありますから、仏の言葉は、無限の過去から体験し実験してきた事実と真実を語っています。 仮説というよりは、すでに法則といえるものです。 科学が演繹的であるのに対して、仏法は帰納的なのです。 そのため、科学は疑問から始まって、実験しますが、仏法は信じることから始めて、実践するのです。 実験あるいは実践をして、そうならなければ、それが間違いであることは科学も宗教も同じです。 それによって、科学は新たな仮説を構築し、宗教は正邪をわかちます。
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2012-09-20(Thu)
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ある一般紙のコラムに 「 疑え、しかし検証を 」 と題して、なんの裏づけもない事を、簡単に信じてしまう昨今の風潮を取り上げていました。

コラムで取り上げていたのは、「 大津市のいじめ自殺は、実は他殺なんでしょう。 マスコミはなぜ報じないのですか。 」 という学生の問いかけと、 「 大阪市営地下鉄の運転士が、喫煙で停職1年の懲戒処分を受けて自殺した 」 と自身のフェイスブックのページに掲載して、橋本市長の責任と、その事を報じないマスコミを非難した、ある大阪市議の顛末についてでした。
最初の大津の事件では、 「 実は他殺なんでしょう 」 という学生の発言について、それを裏付けるような根拠があるわけでもないのに、 「 ネットでみんながいっているから 」 という理由で、なんの疑いもなく 「 表向きはこう説明されているけれど、実は・・・ 」 という情報を信じてしまう人が増えていると指摘し、大阪市議の顛末では、自殺が事実無根の情報だと判り、フェイスブックに記載してから2日後に、閲覧できないようにしていたことが明らかになったことについて、容易に事実確認ができたはずなのに、それを怠り、そのまま誤情報を社会に広めた行為を責めていました。

そして、 『 疑うことが悪い訳じゃない。 そこから検証を始めることが、真実に近づく第一歩になるからだ。 だがしかし、検証なき疑いは何も生み出さないだけではない。 その 「 実は・・・ 」 に悪意が含まれていれば、信じるだけで被害を拡散させる “ 共犯者 ” になることを忘れないでほしい。 』と訴えていました。
まったく、然り、であります。
疑うことと、信じることは背反するもののように思えますが、表裏一体のものです。 真実を求めるから疑いが生まれ、信じるにたるものに近づいてゆくことができるのです。 信仰を語るとき、世間一般では疑うことがよいとされ、信じることは愚かなことだと診ます。 信仰する側からゆえば、まったくその逆であります。 コラムの記事では、疑うことに絶対的価値をおき、疑えばよいとして、疑いをそのまま信じてしまう愚かさを指摘しています。 疑うとゆうことはとても大事なことですが、検証もしないで ” 疑い ” を ” 信じて ” しまうことは、盲目的に信じることと同じなのです。 盲目的な疑いは、盲目的な信と同じように危ういとゆうことです。 検証の伴わない盲目的な疑いと信は、同じように真実を覆い隠してしまい、誤った判断を招いてしまいます。
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2012-09-16(Sun)
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新聞やTVで海外の情報に接すると、じつに、紛争や騒乱の多いのに気づきます。 丹念に情報を収集し前後の顛末を見ていると、ちょうど、スポーツの試合を全体から俯瞰して、隅々まで観ているようなもので、当事者同士では判らないことでも、ハッキリと判ってくることがあります。

ウソで塗り固められた発言。
付和雷同の姿。
愚かな偏見と決めつけ。
いきつくところのない、怨嗟と暴力。

地獄の住人を見ているように思えます。
エゴイズムからでたウソは悪の始まりであります。
悪は自他の身を滅ぼします。
いずれ、醜悪な地獄の香りに包まれた人生となってゆくでしょう。

人類は、いつまで、このようなことを繰り返さなければならないのでしょう。
人類は、今こそ、生命の変革、宿業の転換を可能とする仏法を実践し、終止符をうたなければいけません。

南無妙法蓮華経の七字は仏のメッセージであり、御本尊は仏(生命・宇宙)の遺伝子です。 御本尊に南無妙法蓮華経と唱えることは、赤白一諦となって、人へと成長する胞芽が生まれるように、人が仏となる始まりであります。 仏の遺伝子を受継ぐのです。 生命の変革の瞬間です。
人にこのことを知らしめ、御本尊に唱えさせたいと思うのは、仏の所作であり、その願いと同じです。 仏の遺伝子をいだき、七字の法華経を唱え、弘教するがゆえの苦難を受けながら、黄金の人生を生ききることは、仏とまったく変らない生涯であります。 人はこのように仏の道を歩めば、宿業の転換ができ、仏に成れる、と、叫ばれたのが日蓮大聖人であり、創価であります。
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2012-04-25(Wed)
今日の聖教新聞に ” 「 核なき時代 」 を民衆の手で ” と題して、4月14日、ニュージーランドの首都ウェリントンで行われた、同市とSGIの共催 「 市の非核宣言30周年記念コンサート 」 と 「 核兵器廃絶への挑戦 」展の様子が伝えられています。

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(聖教新聞2012年4月25日付 ニュージーランド)

今年は創価学会第二代戸田会長が 「 原水爆禁止宣言 」 をして55年にあたります。  長崎・広島の原爆から戦後の復興を始めた日本に、核の脅威をふたたび思い起こさせる事件がありました。 ビキニ環礁で行われた原水爆実験で、第五福竜丸の乗組員と、そのほか多くの漁船と水揚げした魚が 「 死の灰 」 を被って被爆したのです。 その後、第五福竜丸の船長は治療の甲斐なく亡くなられました。 心を痛めるこの事件を受けて、青年部5万人が集って行われた大会で、第二代戸田会長は第一の遺訓として 「 原水爆禁止宣言 」 を行ったのです。

原爆競争の犠牲となった日本。 今また、形を変えて放射能の脅威にさらされている日本。 これには何か意味があるはずです。 ここで、立ち止まって気づかなければいけないことがあるはずです。 経済成長しなければいけないのか。 便利であることが豊かさなのか。 失ってきたものがあるのではないか。 この転換期ともいえる状況の中では、立ち止まって振り返り、未来を思考したうえで、勇気をもって、前を見つめ歩き始めることが大切だと、わたしは思っています。

・ The Earth Song
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2012-03-13(Tue)
今月の10・11日と戸田記念国際平和研究所が主催して 「 核兵器の無い世界 」 をテーマに会議が開かれました。
これは、創立者の池田SGI会長の第37回「 SGIの日 」記念提言を受けて「 非核兵器地帯の拡大 」 研究プロジェクトの実質的なスタートとなる会議で、世界6カ国から関係者が集い活発に議論を重ねました。 会議では、平和・軍縮・核問題の専門家が参加して、核兵器の軍縮と廃棄、非核兵器地帯の拡大、専門家と市民社会との連携などが話し合われ、12日には、NGOも参加して懇話会が開催されて議論や質疑応答が行われました。

<参加した研究機関>

インド防衛問題研究所
オーストラリア国立大学
オタゴ大学国立国際問題研究所
ノルウェー国際問題研究所
ハーバード大学国際安全保障プログラム
メルボルン大学ノッサル世界保健研究所
戸田記念国際平和研究所

核兵器の問題は、かつて、世界の終わりとまで言われたキューバ危機から、核兵器の恫喝による米ソ対峙の時代を経て、今、現実味を帯びて、テロを含め紛争で使われる危機が忍び寄ってきています。 戸田第二代会長の 「 核兵器は悪魔の兵器 」 「 奥に隠されているところの爪をもぎ取りたい 」 との宣言から55年が経ち、創価の核兵器廃絶の署名運動や、原爆の体験・証言を記録した出版事業など地道な運動から始まって、核兵器廃絶の展示会を世界各地で開催するなど、国連機関や、研究機関、各国政府とも連携して、積極的に核兵器廃絶運動を世界的な規模にまで広げてきました。 アメリカ創価大学の国際教育機関からも有為な人材が輩出され、世界の専門機関で活躍する人が増えてきています。 しかし、現実は核兵器の脅威が深刻さを増して来ており、 「 突然の困窮 」 がいつ人類を襲ってきてもおかしくないほどです。 「 核兵器禁止条約 」 に向けて専門家達の研究や提言とともに、今こそ、市民レベルの世界的連帯を作る必要があるのではないか。 

3.11に、地域で、世界で行われた東日本大震災追善法要勤行会(福光勤行会)において、何故かわたしは無性にそう思ったのでした。

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(写真:聖教新聞2012年3月12日付 宮城県石巻文化会館 3.11福光勤行会)
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2011-11-16(Wed)
今日で、東日本大震災から250日が経ちました。 いまだに多くの問題を抱え、時が過ぎようとしています。 今日の聖教新聞に 「 民衆の絆を強く 」 と題されて、創価の震災に取り組む当時の様子と今の取組みが紹介されていました。 一般では報道されませんので、信心されていない方は知りようがないですから、一つの情報として、記事の一部分をそのまま紹介いたします。


3月11日午後2時46分、東日本大震災が発生。

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直ちに学会本部と仙台の東北文化会館はじめ被災地に 「 災害対策本部 」 が設置され、全国規模で迅速に対応に当たった。 被災地の各会館は一時避難所として被災者を受け入れ、支援物資の調達と供給ルートを確立。最終的に東北を中心に42会館が一時避難所として開放され、会員であるなしを問わず、約5000人の避難者を受け入れた。

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交通も通信も寸断され、孤立する被災地で多くの学会員が人命救助、安否確認、被災者支援に不眠不休で動いた。 自らも被災し、疲れ果て、大切な人の行方が分からない苦悩をかかえながら、「 もっと大変な人のために 」 と救援に尽くした。

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学会の災害対策本部が送った支援物資は、簡易トイレ約6万点、衣類約2万4000点、寝呉約4700点、生活用品約18万3000点、飲料・食料品約29万6000点、薬品類約4万600点、その他の備品類約3万3400点と、合計で約64万点におよんだ。 各地からのボランティアの延べ出動人数は3カ月余で2万人を超えた。

<聖教新聞 平成23年11月16日付>より抜粋


6月には 「 復興支援センター 」 を開設して、長期化する復興の支援を、人、物、医療、生活と多岐に渡る支援を支えています。 潮出版社から 「 東日本大震災―創価学会はどう動いたか 」 という本が出ています。 人間ドラマを交え、災害時、その後のことが詳しく書いてありますので一読をお勧めいたします。
創価は、いままでも多くの災害で、いち早く全国からまごころの救援・支援にあたってきました。 そしてその重要な救済の拠点となってきたのが、全国の会館です。 地域の人達の重要な防災処点として真っ先に開放されます。 救援のための活動拠点にもなり、炊き出し、物資の輸送、ボランティアの派遣、など様々に活用され利用します。 どうか、災害の時には近くの会館を遠慮なく利用してください。
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2011-11-15(Tue)

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(サンケイ新聞 平成23年11月15日付)



今日、一般紙に、松本サリン事件(1994/06/27)の被害者である河野義行さんの取材記事が載っていました。

皆さんもご存知かと思いますが、河野さんは事件当初に犯人として疑われ、地下鉄サリン事件(1995/03/20)が起きるまでの間、 ” 犯人視 ” するマスコミ報道が相次いで、世間からひどいことをさんざんと言われました。 被害者の遺族からは 「 殺してやりたい 」 「 お前がサリンで死ね 」 という手紙が何通も届いたそうです。 河野さんは被害者でありながら、被疑者にされた経験をとおして、加害者に対して 「 恨んで、恨んで、・・・・・・。 死刑が執行されて晴れ晴れするかと言えば、そんなことは絶対無い。 恨みを持ち続けながら生きていくことは不幸だ 」 と思うようになったそうです。 サリンの被害者となった奥さんは14年間の介護のあと、3年前に亡くなられて、今、河野さんは鹿児島に移り住み、静かに暮らしています。 その心境を 「 私にとってのオウム事件は、3年前に妻が亡くなったとき、すべてが終わったのです。 いま少し離れたところで人生をリセットしたい。  最後に笑って終われるように。 」 と語っています。

わたしはこの記事を読んで、 ” すごいなぁこの人は、苦しみ抜いた後に正しい道を掴んだんだなぁ。 ” と感心しました。 と同時に、このような姿勢がとても大事だと思ったのです。

こう思ったとき、だいぶ前に、 「 ガンジー 」 という映画で観たある場面を思い出しました。 インドは独立に向けて、ガンジーを指導者として国民的な運動を起こしていましたが、その中で、イスラームとヒンズー教徒の確執が始まり、互いに虐殺を繰り返すようになっていく事件が起こります。 宗教的な反目が底流にあるのでしょうが、独立への思惑の違いが引き金となっていたのです。 イスラーム地域のヒンズー教徒が殺され、仕返しでヒンズー地域のイスラーム教徒も殺され、地域を逃げていく者も、行交う途中で殺しあうという悲惨な事件です。 恨みに囚われて、やられてはやり返すという連鎖が続きます。 女も子供もありません。 そこでガンジーはやめさせるために断食に入ります。 なかなか収束せず死にそうになったとき、その姿と思いを受けて、殺し合いが少しずつ収まり始めます。 そのとき、ある男たちが刀を手にしながらガンジーに近づき、会話する場面があります。 その内の一人の男は自分の息子を殺され、その恨みにまかせて、異教徒を殺しますが、怒りは収まらず、さらに見知らぬ異教徒を殺していました。  断食をするガンジーに、怒りを押し殺しながら 「 俺は地獄ゆきだが、あんたは死なせたくない 」 と言ってパンを差し出します。 するとガンジーはそれを受け取らずに、 「 地獄に行かないで済む方法がある。 孤児となった子供を見つけだしなさい。 そして、自分の子供として、殺された息子のように育てなさい。 ただし、異教徒の子供、異教徒として育てなければいけない。 」 と言って見つめます。 しばらく男は目を見開いて、苦るしそうな困惑の色を浮かべますが、われにかえったように、寝ているガンジーの足元にひざまづき泣き出します。

9・11、イラク、アフガン、人の苦しみ、不幸な出来事が、恨みにつながることは必然ですが、恨みや仇がもたらす結果は、あらたな恨みと苦しみ、不幸を生んでいるのも確かです。 人類はこのようなことを、もう終わらさなければいけません。
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2011-09-04(Sun)
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(Photo by デフィー)


先進8カ国の人口密度を見ると、(2010年)

アメリカ _33人/km2(130位)(2007年食料自給率124%)
カナダ  __3人/km2(172位)(2007年食料自給率168%)
イギリス 256人/km2( 28位)(2007年食料自給率_65%)
フランス 115人/km2( 59位)(2007年食料自給率111%)
ドイツ  229人/km2( 31位)(2007年食料自給率_80%)
イタリア 200人/km2( 36位)(2007年食料自給率_63%)
ロシア  __8人/km2(165位)(  ―  )
日 本  337人/km2( 18位)(2007年食料自給率_40%)

となり、日本はダントツです。 人の居住に適さない面積も含んで計算しているので、単純には比較できませんが。 日本が山国ということを考えれば、これ以上増えるのが良いのか? と言いたくなります。 
比較的地勢の似たイタリアを例にしてみると、日本の面積は377,835 km2ですから、イタリア並みの人口密度だと総人口は約7,557万人となります。 過去の人口数で言えば昭和22年頃の人口です。 未来の人口数で言えば総務省の予測では平成78年頃(50年後)の人口です。 2010年の人口が約12,748万人ですから、約41%減の数値となります。  環境保護・循環型社会・省エネルギー・自給自足の観点から、100年先の未来像を、ここでしっかりと計画する必要があります。 わたしは質素ながらも、自給自足の自然豊かな日本を目指すべきだと思っています。 ちょうどわたしが生まれた昭和26年頃、東京近郊は田園に囲まれ、多くの自然が残るところでした。 ジブリの  「 となりのトトロ 」 を見たときに、思わず当時の風景やその色彩、空気や雨の臭いを思い出し、懐かしさで胸がいっぱいになったのを覚えています。 わたしは日本の人口は8,000万人ぐらいでちょうど良いのではないかと思っています。 最近は専門家の間でも、日本の人口減少を肯定的に捉える人が増えてきています。
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2011-09-03(Sat)
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(民主党マニフェストパンフレット 2009年)


民主党は、4年かけて年間16.8兆円、4年間では実に41.9兆円の余剰予算を生みだすと約束しながら、政権交代後は大量の国債発行で、こども手当をはじめとするマニフェスト関連法案を次々と強行採決しました。 小泉内閣での国債発行高約35兆円が民主党政権では約45兆円です。 驚くべき数字です。 さらに、何か起こると、あれも増税、これも増税と言い始めています。 41.9兆円はどうしたんだ! 郵政株の売却益7兆円に目をつぶるのか! 「 マニフェスト詐欺 」 「 アマチュア内閣 」 ともいわれていますが、本当にそうだと思います。 ここにきて、こども手当の見直しが行われ、前の児童手当へと先祖帰りしたようですが、現実を踏まえれば当然の結果だと思います。 わたしは、もともと少子高齢化の対策として、こども手当を主な政策としていることに、おおいなる疑問を抱いていました。 ちょうど2年前にそのことに触れた投稿記事があり、若干の加筆・訂正を加え再度ここに記させていただきます。


※ 近年、出生数が下がり人口が減ってきているといわれています。 その人口減少を食い止めるために、子供を増やそう、増やすためにはその環境整備が必要で、その育児支援として、子供手当・高校授業料無償化の推進が訴えられてきました。 でもよく考えてみてください。 人口が減るのは、出生数に対して高齢者の死者数が多いことからくるもので、これは団塊の世代とその子供世代でピークを迎えますから、それが終ればある所で落ち着くはずです。 また、世界を見渡すと、貧しい国ほど人口減少しているということはありません。 人口減少はむしろ先進国で起こっているのです。 出生率が少ないのは経済状況ではなく、社会の構造や意識変化に根本原因があると見たほうが、正しいのではないでしょうか。
それと、本当に人口減少は問題なのでしょうか? 日本の国土を考え、快適な暮らしをするのに、まだ人口を増やすべきなのでしょうか? これからの高齢者の人口に占める割合は確かに高いですが、団塊の世代が作るものでいずれ減少します。 少子高齢化のバランスの悪さからくる社会的対策はしなければいけませんが、単純に子供を増やせば良いということではないと思います。 一時的な高い数値を示す高齢者人口に合わせて、産むめよ増やせよでは、また大きな波が出来てしまいます。 その後に極端な波を作らないようにそれを維持しようとするなら、いまの1.5倍から2倍の人口になってしまいます。 日本中をいまの東京のようにしないといけなくなるかもしれません。 電力はもっと必要となり、自然エネルギーだけではとてもカバーすることは出来ないでしょう。 この状況を、うまいぐあいに減ってきていると捉えてもいいのではないでしょうか。
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2011-07-26(Tue)
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(写真:Potopedia CC banyanman Arctic 06


日本ではいまだ大半は化石燃料に頼らなければ、エネルギーの確保は困難なのが現実です。 しかし、地球温暖化は待ってくれません。 ますます異常気象が進み、台風、地震、火山活動が活発になると予測されています。 温暖化で地震? 火山活動? とおおもいでしょうが、実は関係があるのです。
温暖化は、まず大気や海水の温度上昇によるものが現れてきます。 それが、台風・雷・竜巻・洪水の巨大化、氷の氷解による海面上昇や氷解した地表の隆起、植物や生物分布の変動による環境変化、食糧分布の不均衡などです。 あまり知られていませんが、深海に閉じ込められているハイドロメタンの気化も心配されています。 さらに進んでくると地殻やマントルの温度上昇が起こり、地殻の膨張や地球内部の圧力上昇と流動変化の引き金となります。 それらが、地殻にストレスをかけることになり、地震の活動や火山噴火、あるいは目に見える地殻変動を招くことになるのです。 最悪の場合、地軸の移動や逆転が起こると予測する研究者もおります。

こう考えていくと、日本の未来は暗いと思われますが、なでしこジャパンのように最後まで諦めず、問題に立ち向かっていかなければなりません。 原子力・自然エネルギー・化石燃料以外のエネルギーにも目を向ける必要があります。 そして、エネルギー確保だけに目を向けるのではなく、産業構造や生活環境などを見直し、エネルギーを使わない社会を考えていかなければならないのだと思います。 今回の震災は、わたしたちに、そのことを気づかせてくれたのではないでしょうか。 日本はそういう意味で、世界の先駆けとなって、新たな文明社会を築いていかなければなりません。

この現実を踏まえながら、具体的な目標を定めて、社会構造や産業をうまく調整しコーディネイトしていくのが、政治の果たすべき役割であり、その知識と技術を持った人材が必要となってくるです。
エンジントラブルが起こった墜落寸前の飛行機で、パイロットがその技術と経験を駆使して軟着陸させる役割とよく似ています。 トラブルのエンジンを止め、残りのエンジンをコントロールしながら、あるいは、ラダー操作だけでやれる知識と技術があると判断できれば、すべての燃料を廃棄して、懸命の操作で操縦かんを握るパイロットが今は求められているのです。
残念ながら今の政権には、その能力も知識も技術も不足しております。 肝心の首相は、自分の身を案じていろいろ考えることはできても、今そこにある国民の苦しみと不安に、全身全霊をかけて立ち向かっているとは思えません。 パニック映画で、危機のときにわめきちらして、周囲の不安を駆り立て、自分勝手な行動で他人を犠牲にするような人が必ず出てきますが、その人と変わりありません。 これ以上の混乱はもうたくさんです。
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2011-07-25(Mon)
あらためて、今回の東北の震災で亡くなられた方々の、ご冥福をお祈り申し上げます。 また、震災で避難されている方々、放射能汚染で苦しんで方々が、一刻も早く普通の生活に戻れるよう、行政や政治の対応が迅速かつ的確に遂行されるよう強く要望いたします。
今回の震災は、原子力発電所が被災して、炉心溶融・燃料崩壊・水素爆発・水蒸気爆発と、原子力事故の中でも最悪の事態となりました。 事態は安定化の方向に向かっていると見られていますが、専門の技術者や研究者の中には、危険は去っていないことを訴えている方々もがおります。 さらに、放射能汚染の実態被害が明らかになり始め、国民の不安と政府に対する不信感は増してきています。 耳障りのいいスローガンばかりで、あまりにも稚拙な政府の対応には怒りさえ覚えます。 的確で迅速な対策が実行できず、被害を拡大させ、後手後手の対応に追われており、今の政府には統治能力が無いと言われてもしかたがありません。

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ドイツ気象局の放射能拡散予報(事故当初から発表されています)

わたしは核分裂による原子力の利用には懐疑的でした。 特に日本のような狭い国では問題が多いと考えています。 放射能の汚染や放射性廃棄物の処理の問題は深刻な問題です。 放射能を中和する技術が生まれない限り、いずれ破綻するのは目に見えているからです。 仮に原子力発電所の安全が確保されたとしても、廃棄物の処理は、問題を未来に先送りするだけで、いずれ処理できなくなるでしょう。 25~30年すれば基本的に廃炉にするのですから、そのときにも大量の廃棄物が発生します。 日本では化石燃料と同じように早晩使えなくなるエネルギーなのです。 核融合による原子力の利用が研究されていますが、いまだ実用化のメドはたっていません。 フランスで実験炉の建設が決まったのはつい最近のことです。 現在の原子炉のような核分裂反応の暴走はないにしても、1億度にもなる高温の空間を遮蔽する材料が無いために、プラズマで覆うのですが、未知の危険が潜んでいるように思えます。 また、現在の量よりは少ないのですが、放射能廃棄物の問題も抱えたままとなるでしょう。 原子力の発電利用は、新たな原理と技術が生まれ開発されなければ、先に進むことは不可能といえます。 
しかし、単純に今すぐ総ての原発を止めていいのでしょうか。 原子力を止めてもすぐ安全だと考えるのは早計です、原子炉から燃料を取出しても、燃料棒はそこで5~10年は冷やし続けないといけないのです。 電力が止まれば、福島第一原発の4号機と同じ運命が待ち構えているのです。 大規模な停電で電力が止まれば、広い範囲で原発事故の危機が起こる可能性もあるのです。 多くの原発を利用している現実があるのですから、現実を踏まえた計画と実行で脱原発を進めることが必要だと、わたしは思います。

地球温暖化の問題が現実に迫っている中、自然エネルギーの利用が叫ばれて久しいのですが。 世界的に見ても本格的な利用までには到っていません。 自然エネルギーには、水力・地熱・バイオ・太陽・風力が期待されていますが、普及にはまだまだ時間が懸かるでしょう。 普及したとしてもいまの技術では、全体の20%をカバーするのがやっとです。 今の原子力エネルギーの代替になることはあっても、電力のスパースターとはいえないのです。 コスト・効率・能力の面で、もっともっと工夫と開発が必要とされます。 さらに日本では土地が狭いうえ、四季による天候のムラがあり、どこにでも設置して、思うように安定して供給を行うことが難しいといわれています。 それを補うため、石油・天然ガスといった化石燃料を使うしかないのですが、そうだとすれば、CO2削減は不可能となるでしょう。

つづく
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2011-07-20(Wed)
なでしこジャパンのフィーバーがまだ続いてますが、なぜかわたしは、なでしこジャパンの優勝を手放しで喜べないでいます。
へそ曲がりなんでしょうねぇ~。

最後まであきらめずにゴールを目指す、彼女らの敢闘精神は、素晴らしいと思います。 PKで世界一の栄冠に輝いた瞬間は、とても興奮し、周りも気にせず ” ヤッター ” と声をあげたほどです。 嬉しくてしかたがありませんでした。 たぶん、わたしのこの喜びと感動は、すべての日本国民が感じたものと、少しも変わらないと思います。 ところが、試合が終わり、ナインが歓喜し、監督やベンチの選手もピッチになだれ込むようにして、延々と喜んでいる様子を見ていて、ちょっと気持ちに変化が起きてきたのです。

おいおい、アメリカの選手のとこに行かないのか?
アメリカの選手の健闘を称えないと。
アメリカの選手に敬意を表さないと。
なんか、児童参観日にきた親のような気持ちになってきてしまったのです。
(^^;

中継しか見てないので、たぶん、表彰のあとでそんな交換もあったのでしょうけど。 あの場でしてほしかった。 うれしいのは痛いほど分かるのだけれど、お互いにベストを尽くして戦ったのですから、相手に敬意を払う気持ちがほしかった。 それがフェアプレーの精神なのに、と、思ったのです。

でも、
なでしこジャパンの皆さん感動をありがとう!
東北の被災者の方々に勇気を送ってくれてありがとう!(^^)/


※ 後日談で宮間あやさんのことを知りました。 
  あなたは偉い! スポーツウーマンの鑑だ。

・ ソロと宮間あやのちょっといい話
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