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2011-10-20(Thu)
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(聖教新聞2011年10月20日付 新・人間革命 福光 41 )


今日の新・人間革命  ― 福光 41 ―  に昭和32年頃の文京支部の、壮年の弘教の姿が描かれています。 彼は一ヶ月前に会社が倒産し、2人の子供が病弱で生活が逼迫している中、20キロ離れた友人のために仏法の話をしに訪れます。 その帰り道での様子です。


* 『 彼は、この日、仏法対話の最後に、友人が放った言葉が、胸に突き刺さっていた。
「 人の家に、宗教の話なんかしに来る前に、自分の仕事を見つけてこいよ。 それに、そんなに、すごい信心なら、なぜ、子供が病気ばかりしているんだ! 」
壮年は言い返した。
「 もちろん、仕事は必ず見つけてみせる、子どもも健康になるよ 」
「 それなら、そうなってから来るんだな。 そうしたら話を聞いてやるよ 」
友人は、終始、薄笑いを浮かべ、蔑むような言い方であった。
夜道を歩き始めると、無性に悔しさが込み上げ、涙があふれて仕方がなかった。
(中略)
やり場のない怒りを口に出し、泣きながら雨の道を歩いた。
2時間ほど歩いたころ、文京支部の会合で山本伸一に激励されたことを、ふと思い起こした。
「 折伏に行って、悪口を言われ、時には罵詈罵倒されることもあるでしょう。 また、悔しい思いをすることもあるでしょう。 それは、すべて経文通り、御書に仰せの通りのことなのです。 その時に、負けるものかと、歯を食いしばって頑張り続けることによって、過去世からの罪障が消滅できるんです。 仏道修行は、罪障消滅、宿命転換のためでもあるんです。 そう確信できれば、 「 苦 」 もまた、楽しいではありませんか! 」 』


当時の創価は、多くの会員が、貧乏と病と不遇に苦しんでいました。 ” 信心したら幸せになれる ” と、その確信ある一言に入信したばかりの人達が多かったからです。 貧乏な姿で、裕福な親戚を訪ね。 病の身で、健康な友人を訪ね。 それを笑われ、悪口され、悔しい思いをしながら、塩を撒かれ、水を浴びせかけられる事もありましたが、仏法対話を止めようとはしませんでした。 このような方々が、今の創価を築いてきたのです。
今では当時のことを、笑いながら、あのような戦いがなければ、今の自分、今の幸せ、今の境涯は無かったと、しみじみと語っております。

病気を治してから、生活革命してから話そうと思うのがあたりまえです。 逆境にある姿で仏法対話するのは、勝負が見えていると思ってしまうからです。 また、こんな姿ではかえって法を下げてしまうと心配して、臆病になってしまいます。 たしかに、実証を示してからのほうが説得力があります。 またそのような姿に信心する人も多いでしょう。 しかし、それは、ニワトリと卵のような話で、罪障消滅、宿命転換をするためには、逆境にある姿をさらしながら、それを蔑まされても、 「 いかなる乞食にはなるとも法華経にきずをつけ給うべからず 」 「 力あらば一文一句なりともかたらせ給うべし 」 の姿が必要となる場面が、必ずあるのです。
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No title * by ブー
このブログはすばらしいね!最高だよ

No title * by 夕焼け
ブーさん はじめまして。

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