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2015-07-27(Mon)
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SGI池田会長は折々の会合で御書を繙き、次のように語られています。


【 本文 】 兄弟抄(1088P) 
『 設ひこれより後に信ずる男女ありとも各各にはかへ思ふべからず 』

【 通解 】 
『 たとえ、これより後に信心をする男女があっても、あなた方に替えて思うことはできません 』

【 指導 】
* 「 先駆者 」の存在はかけがえのないものである、との御本仏のお言葉である。 先駆者には先駆者ゆえの苦労があることも当然である。 しかし” 開拓した ”という事実と、その戦いをとおして開かれた境涯は厳然としている。

時とともに、また生まれてくるたびに、無量無辺の福徳が、皆さまの生命に満ち、あふれてくることは間違いない。 物心ともに豊かな、すばらしい境涯となって、ある人は大指導者に、またある人は大学者、大芸術家となって、正法広宣流布をいちだんと進めていく。 これを末法万年にわたり、自在に繰り返していくのである。 この福徳を確信していただきたい。 その確信がさらに境涯を開いていくのである。

< 御書とその心 >より


世界広宣流布新時代とはいっても、まだまだこれからであり、今はまだ草創のときであります。 今こそ、歴史を刻む信心の実証を打ち立て、時代を切り開いて未来の礎となってまいりましょう。 その福徳で、必ず自在無碍の境涯を得、生まれてくるたびに世界広宣流布の舞台で、様々に衆生所遊楽の人生を味わっていくことができます。 日蓮大聖人の信心というものは” 自受用身 ”つまり、自らが受け用いる身となって、ほしいままに、真の自立した自由な人生を、三世に亘り楽しんでいくことができるのであります。   
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