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2015-07-06(Mon)
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SGI池田会長は折々の会合で御書を繙き、次のように語られています。


【 本文 】 御義口伝(716P) 
『 我等が頭は妙なり喉は法なり胸は蓮なり胎は華なり足は経なり此の五尺の身妙法蓮華経の五字なり 』

【 通解 】 
『 われわれの頭は妙であり、喉は法であり、胸は蓮であり、腹は華であり、足は経である。 この身の全体が妙法蓮華経の五字なのである 』

【 指導 】
* 「 妙法蓮華経 」を体に配せば「 妙 」は「 頭 」。 「 法 」は「 喉 」― 喉は声を出す、すなわち法を説くことに通ずる。 「 蓮 」は「 胸 」― 心臓が二つの肺臓に包まれた姿が蓮に似ている。 「 華 」は「 腹 」。 そして、「 経 」は「 足 」にあたる。

「 足 」とは、「 行動 」に通ずるともいえよう。 「 行動 」があって初めて、真の妙法蓮華経となる。 「 行動 」とは、日々の学会活動である。 そこにこそ「 百福 」が積まれていく。 広宣流布への行動を最後まで貫くことである。 どんな道でも、歩みを途中で止めれば、目的地に到達できない。 それと同じく、せっかく仏法の「 無上道の軌道 」に入っても、途中でやめてしまえば、それまでの努力も無駄になってしまう。 成仏の境涯を得ることはできない。 ゆえに、みずからも「 行動 」し、人にも「 行動 」への励ましを贈る。 それが正しい慈悲の軌道である。

「 仏法 」のため「 広宣流布 」のため、そして「 人間 」のために、真剣に祈り、走り、行動していく。 そこに大いなる福運がついてくる。 「 行動 」もなく、ただ拝んでいる ― それは日蓮仏法ではない。

< 御書とその心 >より


ここのところは大事な御文であります。
他の御書には、『 妙法蓮華経の体のいみじくおはしますは何様なる体にておはしますぞと尋ね出してみれば我が心性の八葉の白蓮華にてありける事なり、されば我が身の体性を妙法蓮華経とは申しける事なれば経の名にてはあらずして・はや我が身の体にてありけると知りぬれば我が身頓て法華経にて法華経は我が身の体をよび顕し給いける仏の御言にてこそありければやがて我が身三身即一の本覚の如来にてあるものなり 』 とあります。

わたしたちの行住坐臥が妙法蓮華経の当体であり、それを信じて、御本尊に南無妙法蓮華経と唱えながら、広宣流布のために生き抜いていけば、須弥山に近づく鳥と同じように、やがて妙法蓮華経如来の当体となって、金剛不壊の境涯を得ていくことができるのであります。 わたしたちが拝する御本尊には、そのことが明確に説かれています。
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