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2015-06-11(Thu)
最近、真言宗の記事を何度か掲載してきましたが、まだまだ書きたいことがあります。 これからも継続してゆきたいと思っていますが、掲載は、しばらく間を置かせていただきます。
真言宗が終われば、その後の構想として、釈迦一代の聖教から釈迦の金言をそのまま拾い上げ、小乗経をはじめ大乗権経を依経とする謗法の宗の、師敵対を明確にしてゆきたいと思っています。

謗法というのは、法華経を誹謗する事をいっており、これが不幸の根本原因であり元凶であります。 そして、日本の仏教宗派のほとんどがこの元凶を宗旨に入れており、これほど恐ろしいことはありません。 これを厳しく責めなくして、霊山で、大聖人のお叱りを免れることは、できないにちがいありません。
このブログを始めた主旨の一つはここにあり、そのために御書を学んで、資料を調べてまいりましたが、釈迦の経々に明確に説かれている内容に驚きました。 仏教を学んでいて、この金言が見えないというのは、どうゆうことか、目が見えないのか、心が邪魔をしているのか、はたまた、魔の所為なのか、不思議というほかありません。

今一度、このことを明確に示しておきたいと思います。

現代においては、法華経を行じる創価を誹謗し、貶す輩は、掃いて捨てるほどおります。 その姿は釈迦の予言どうりであり、その言辞は偏狭で、悪意に満ちており、能奪命者と呼ばれるにふさわしいものがあります。 それは、創価が地涌の菩薩の僧団であるが故であり、御本尊を信じられない、御本尊が解からないという難信難解の法だからであります。 わたしは、それを少しでも信じ、解かることができるように、このブログで明確に語っておきたいと思います。
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