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2015-06-01(Mon)
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SGI池田会長は折々の会合で御書を繙き、次のように語られています。


【 本文 】 佐渡御勘気抄(P891) 
『 日蓮は日本国・東夷・東条・安房の国・海辺の旃陀羅が子なり、いたづらに・くちん身を法華経の御故に捨てまいらせん事あに石に金を・かふるにあらずや 』

【 通解 】 
『 日蓮は、日本国の片田舎である東国のうち、安房の国の東条というところの海辺の最下層の家の子である。 むなしく朽ちてしまうであろうこの身を、法華経の御ために捨てることは、「 石 」を「 黄金 」と交換することではないか 』

【 指導 】
* 自分は、もともと最低の身分の人間である。 何を、この身を惜しむことがあろうか。 法華経のために命を捨てれば、仏になれる。 これ以上のすばらしい死に方があろうか ― と仰せなのであります。

威張らない。 偉ぶらない。 地位や名声や財産で、自分を飾らない。 それでこそ、「 不惜身命の力 」がわいてくる。
少しでも自分を飾ろうとしたら、もう信仰は堕落する。 ” 自分は大学を出た ” ” 自分は家柄がいい ” ” 自分は有名人だ ” ” 自分には地位がある ” ― そういう幻にとらわれたら、保身になり、心は堕ちる。 いわんや、学会のおかげで幹部となり、名士となって、自分を偉いと思うなど最低である。
「 こんな自分が、大勢の人の面倒を見られる立場にならせていただいた。 なんと、ありがたいことか! 」と、感涙にむせぶのが本当ではないだろうか。 それが「 旃陀羅の子である 」と叫ばれた日蓮大聖人のお心にかなう道であると、わたしは信じる。

< 御書とその心 >より


創価は、あくまでも庶民の連帯を大切にしていかなければなりません。 庶民のなかにこそ本当の人生があり、広宣流布の姿があるのだと思います。 信心の世界に虚飾はいりません。 石でいいのです。 ありのままの自分を、そのままに、不惜身命、随力弘通していくことが大事なのです。 その人が「 石 」を「 黄金 」に変えていく人です。 

「 黄金 」に見せようとするから、威張り、偉ぶっていくのです。 増上慢の輩ほど、強がり、教訓し、批判するのが常であります。 退転の幹部はみんなそうでありました。 また、邪宗門の本質もそうであります。 
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