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2015-05-19(Tue)
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SGI池田会長は折々の会合で御書を繙き、次のように語られています。


【 本文 】 曾谷殿御返事(P1056) 
『 何に法華経を信じ給うとも謗法あらば必ず地獄にをつべし、うるし千ばいに蟹の足一つ入れたらんが如し、 』

【 通解 】 
『 どのように法華経を信じていても、謗法があれば必ず地獄に堕ちる。 それは、千杯の漆にカニの足を一つ入れて、漆をだめにしてしまうようなものである。 』

【 指導 】
* 必ずや所願満足の人生、永遠なる幸福境涯を、自然のうちに会得していけるのが、妙法の功徳なのである。 しかし、その功徳も、信心いかんにかかっている。
日蓮大聖人も、どんなに真剣に、まじめに信心しているようであっても、謗法があれば、すべての功徳を消してしまう。 それは、わずかの青酸カリでたちまち死んでしまうようなものである。
御書には、悪の因をつくるものとして、十四の誹謗が挙げられているが、そのなかに「 軽善 」「 憎善 」「 嫉善 」「 恨善 」がある。 信心している人を「 軽んじ 」「 憎み 」「 妬み 」「 恨む 」ことがそれにあたる。
懸命に、これほど信心しているのに、功徳が感じられないという場合が、あるかもしれない。 そのときは、この四つの誹謗がないかどうかを、自分に問うていただきたい。 軽善、憎善、嫉善、恨善の人は、自分で自分の功徳を消してしまうからである。
もちろん、同志に対しても、言うべきことをきちんと言っていくことは自由であるし、当然、必要なことである。 しかし、相手を思って厳しく言うことと、憎しみの心や恨みの言葉は同じではない。 その点はよくよく見極めていかねばならない。 御本尊のもとに集い、広宣流布に進んでいる私どもは、すべてが仏子であり、” 妙法の家族 ”である。

< 御書とその心 >より


まことに峻厳な、御文であります。

わたしたちは、不軽の跡を継いで、麗しい創価家族の黄金城を築いてまいりましょう。 家族には色々なことがあったとしても、愛でつながっているように、わたしたちは御本尊を信じる心でつながっています。 そうであるならば、様々なことが煩悩即菩提で強い連帯を生んでゆくはずです。
御書に『 善に付け悪につけ法華経をすつるは地獄の業なるべし 』とあるように、信心を失うことが最大の謗法であり、地獄の因となるのであります。
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