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2015-05-01(Fri)
柿田川湧水
( 写真:柿田川湧水 )


釈迦の説いたとされる経典は膨大であります。

総てを読むだけで一生が終わってしまうかもしれません。 今、日本にある経典の多くは、インドから中国あるいは朝鮮を経て伝わってきたものです。
 
そのインドでは、釈迦が涅槃したその年に第1回の経典結集が行われておりますが、この時、文字によって記録されることはありませんでした。 持ち寄った記憶を暗唱しながら確かめ合いながら、結集が行われています。 文字によって記録されるようになるのは、阿育王の治世に行われた第3回結集からであるとされています。 それでも、現代に伝わるような経典は、紀元前後に部派仏教の経典、紀元1世紀から3世紀頃に大乗仏教の経典が整い始めたといわれています。 密教の経典はそれからさらに後で7世紀頃になります。 

よく、部派仏教の経典が釈迦の実際の教えで、大乗経典は見知らぬ人々によって創作されたものだ、釈迦の実際の教えではない、と断定するような意見を聞きますが、確かに文字として記録され始めたのは先かもしれませんが、現在のような経典として成立した年代はそれほど違わず、釈迦滅後だいぶたってからであります。 部派仏教の経典だけが釈迦の真正の教えだと断定することはできません。
いずれにせよ、人の記憶によって伝承されてきた期間がとても長いのには驚かされますが、師匠と弟子が暗唱しあいながら伝えていくのに比べ、文字による伝承は年代を経るに従い写筆による誤記が生じたり、紛失や焼失によって釈迦の教えが失われる危険が増すことを考えると、古代インド人が文字に頼り切らない選択をしたのは、あながち間違っていなかったのかもしれません。

釈迦のように悟りを開くには、どのようにしたらよいのか、多くの出家者が釈迦の教えを追い求め、それを経典としてまとめ、現在に伝えてきたのでしょうが、その一文一句が釈迦が実際に話したそのままの言葉ではないかもしれません。 しかし、その真意を理解できた人々によって、間違いなく釈迦の心を蘇えらせ、真意が込められた経典として伝えることができたのだと思います。 事実、日蓮大聖人によって、釈迦が説いた教えは、富士山(多宝富士大日蓮華山)の雪解け水が伏流水となって、時間を越え、遠く離れた場所に滾々と湧き出てきているように、現代に蘇ってきました。 日蓮大聖人の仏法は、釈迦の文言句々を大きく包み、その本質を鋭く射抜いて、真意を明らかにしています。 濁りのない、どこまでも清らかな、豊饒な味わいを持つ法水をわたしたちに注いでくれています。

※ 2015/05/03 改訂
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