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2015-04-21(Tue)
日蓮大聖人が立宗宣言をされてから、今年で762年が経ちました。 そして、今、世界広布の潮流が増していますが、その淵源は創価の誕生からであり、それは、僅か85年前の事です。 さらに、焼け野原の荒野に一人出獄された戸田先生の決意から70年であります。

それまでも、法華講という古くからの信徒もおりましたが、日蓮大聖人のご遺命を時代の潮流にまで押し上げることはできませんでした。 原因はいろいろとあるでしょうが、戸田先生は、「 古くからの信徒は折伏をしないから功徳がでないのだ 」と仰っていました。
功徳がでなければ、信心が薄れていくのはあたりまえであり、僧侶は僧侶で「 末法は折伏の時だが、僧は折伏の中の摂受が本分だ 」と言ってはばからないのですから、信徒は、推して知るべしで、やかましく言われないことをいいことに、信心を形骸化させていったのだと思います。 さらに、天皇ファシズムのなかで国家権力の圧力が増し、一山謗法にまみれたため、法滅の危機にまでに至ってしまいました。 事実、相承もしないまま、時の法主が焼け死ぬという前代未聞の罰が現出してしまったのです。 恐るべきは国家権力ではなく、師弟違背、ご遺命違背の罪業であります。

今の邪宗門は折伏を盛んに言うようになったようでありますが、折伏とは名ばかりで、要は創価の会員の横取りが狙いであります。 静かに自分だけの信心をしていたいような人や、創価で問題を起こした人の受け皿にはなるかもしれませんが、それでは、功徳などあろうはずがありませんから、やがて、同じ道を歩んでいくに違いありません。 ましてや、破和合僧の大罪は広宣流布を破壊するものであり、けっして日蓮大聖人はお許しにならないでしょう。

戸田先生の言葉は、わたしたちの信心、創価の未来にとっても大事な言葉であり、広宣流布を忘れた信心に功徳はでないと知っておくべきであります。 仏道修行は、勤行・唱題、折伏、教学の3つが黄金の柱であり、いずれが欠けても、信心に行き詰まりを感じるようになります。 実はこの三つは切り離すことができないもので、一つが疎かになると、他の2つもいずれ疎かになってきます。 それぞれに功徳はあるのですが、なかでも折伏の功徳は絶大であり、地涌の菩薩として、如来の使いとして、御本仏の生命力と智慧と福運を一身に浮かべることができます。 過去遠々劫の悪業・謗法の罪を霜露の如く消え去ってくれます。 広宣流布の闘争にこそ、創価の創価たる道があり、絶対的幸福を掴む道があります。
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Category : 信 心Comment : (2) |

* by 王者の剣
夕焼けさん

こんばんは。いつも楽しく拝見しています。

>仏道修行は、勤行・唱題、折伏、教学の3つが黄金の柱であり、いずれが欠けても、信心に行き詰まりを感じるようになります。 実はこの三つは切り離すことができないもので、一つが疎かになると、他の2つもいずれ疎かになってきます。

仰る通りです。題目が良くあがると自然と折伏に通じていきますね。これからの学会を考えても、一人一人が立っていくしかありません。広宣流布に本当に生きているか・・・それは本人の自覚と冥の照覧しかありません。生きている間に悔いなき戦いをやらねばと思っています。大白牛車に乗るために・・・ですね。(笑)

* by 夕焼け.
王者の剣さん こんばんわ。

そうですね。 (^^

これからは、弟子が、真価を問われる時代がやってきます。
しかも、誰かがというのではなく、
わたしたち一人一人が問われる時代になってくるのだと、
わたしも思います。

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