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2015-04-13(Mon)
一日目に来た道を戻り、伊豆長岡のところから、あっちへ行ったりこっちへ行ったり、道に迷いながら、ようやく畑毛温泉に到着しました。 到着してすぐには旅館に入らず、旅の目的である「 雪山荘 」を探します。 下調べはしていたのですが、Googleのストリートビューの威力はすごいものです。 簡単に見つけることができました。 

ここが入口です。

雪山荘1


右側の石段は当時のものかもしれませんが、「 雪山荘 」と書かれた標識は比較的新しいものだと思います。

雪山荘2


石段を上がると、左手に当時のままを思わせる道がありました。

雪山荘3


雪山荘4


登りきったところで視界が広がり、その先にまた石段が見えます。

雪山荘5


その石段を上がると、広い平地に出ました。
どうもここが頂上のようです。
この平地の片隅に、石碑が見えます。

雪山荘6


雪山荘7


雪山荘8


石碑に何と書いてあるかというと、

        御堂関白系新田氏址
南無妙法蓮華経
        日目上人日道上人誕生地

と書いてあります。

雪山荘9


そして、その裏には、

日蓮正宗總本山三世日目上人同四世日道上人者出
自御堂關白系新田氏伊豆國仁田郡畠郷事雖在文獻 
未知其邸址在那邊予輓近依新田古文書斷定於畑毛
小字館之西南岡矣此地址富嶽聳愛鷹函根陪之東大
仙及玄嶽西在函南温泉眼下在畑毛温泉遠近眺望絶
佳四時風景明朗将是稀有浄界暫不可委隴畝也豆買
収寸地拓荊棘為山径移富士隠栖名雪山荘己齢傾勢
盡不能完經營矣願法裔基此建弘教道場起濟世利民
業顯彰乃祖芳躅云爾
  昭和十四年己卯季六月 日
    富士大石寺隠住日亨耄沙彌識
          江南阿慈旭房日明拜書㊞㊞

と書かれてあります。
( 劣化して読み取れないため他の資料から転載 )

あとで、調べたのですが、この石碑に寄り添うように「 雪山荘 」が建っていたようであります。
そこには、いまは僅かにそれらしき残骸が残っていますが、それ以外は何もありません。

雪山荘10


「 雪山荘 」は、日享上人が大石寺雪山坊の書庫兼書斎を移築したもので、なんの変哲もない日本家屋ですが、上人は建築に興味をお持ちで、御自分でプランを考えて、何回か改築や建増しをしていたようであります。
戦時中には、牧口先生が来られて「 大善生活実験証明座談会 」を開いて、創価教育学会の拠点として使われたこともあり、戦後は、「 富士宗学要集 」の再版、「 御書全集 」の発刊の舞台となったところであります。  
「 小欲知足 」を貫かれた日享上人は、1957年(昭和32)年11月23日、この地から霊山に旅立たれました。 91歳でした。
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Category : 日 記Comment : (3) |

* by ちよ
畑毛のげいかと戸田先生の対話が好きです
行かなくても こうやって写真で見える
ネット様様ですね(笑)
いつもありがとうございます

3つの題目 私のブログで紹介させていただいてもよろしいですか?
読んでからというもの 毎日 実践しています

* by 夕焼け.
ちよさん、こんばんわ。

どうぞ記事にしてください。
もとより、聖教新聞からの引用ですから、拡散、歓迎です。
元記事は2015年3月21日の聖教新聞です。

* by ちよ
ありがとうございます
今日の記事に貼り付けました

コメント





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