--------(--)
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
Category : スポンサー広告 Comment : (-) |
2015-03-09(Mon)
blog_import_523d711e2f49a.jpg

SGI池田会長は折々の会合で御書を繙き、次のように語られています。


【 本文 】 御義口伝 (P765) 
『 信とは無疑曰信なり伏とは法華に帰伏するなり随とは心を法華経に移すなり従とは身を此の経に移すなり、所詮今日蓮等の類い南無妙法蓮華経と唱え奉る行者は末法の不軽菩薩なり。 』

【 通解 】 
『 ” 信 ”とは「 疑いなきを信という 」とあるとおり、法華経に対して疑いがないということである。 ” 伏 ”とは法華経に帰依し、伏することである。 ” 随 ”とは心を法華経に移すことである。 ” 従 ”とは体をこの経に移すことである。 詮ずるところ、今、日蓮とその門下の南無妙法蓮華経と唱え奉る行者は、末法の不軽菩薩である。 』

【 指導 】
* 「 信伏随従 」の文について述べておきたい。
 この経文は法華経の「 常不軽菩薩品第二十 」にある。 不軽菩薩を迫害した慢心の僧尼男女らが、やがて心を改め、不軽菩薩に「 信伏随従 」した。 すなわち「 信じ伏し随い従った 」ことをさしている。
 すなわち、末法における法華経とは、三大秘法の御本尊である。 「 信伏随従 」とは、御本尊を信じ、御本尊に帰命し、御本尊に心も身体もささげきっていく。 心でも信じきり、体でも自行化他の広布の実践に生ききっていくことである。
御本尊に広布の誓願を立てて唱題し、なにがあろうと不退転の行動を貫いていく。 妙法に信伏随従しきっていく。 そこに「 成仏 」への根本の因がある。

< 御書とその心 >より


日蓮大聖人は、「 南無妙法蓮華経と唱え奉る行者は 」といい、けっして「 南無妙法蓮華経と唱え奉る信者は 」とは仰っておられない。 また、「 信伏随従 」するのは「 妙法に 」であり、けっして法主なんかではない。
関連記事
Category : 御 書Comment : (1) |

承認待ちコメント * by -

コメント





 非公開:管理者にだけ表示を許可


上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。