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2015-03-05(Thu)
今日は、戸田先生の指導から、永遠の生命観からみた話を紹介したいと思います。


* 「 われわれは、過去に生きてきたのである。
そのときに、謗法があったか、なかったか。 過去世に謗法のないものが折伏に行くと、反対した相手に、すぐ罰がでる。 謗法したものは、折伏しても、相手になかなか罰がでない。 しかし、反対され、悪口を言われて、自分の謗法の罪が消えるのである。 
次に、入信するときも、謗法のなかったものは、すぐに入る。 謗法のあるものは、その程度によって、入信まで日数がかかる。 法力・仏力を示すために、初信の功徳が現れるが、その後が大変なのである。 過去に謗法のなかったものは、その調子で、ずんずん良くなる。 反対に、謗法のあったものは、それを消すために、いろいろ事件が起こる。 このときこそ、たいせつなときなのである。 」

< 戸田城聖先生 講演集 >より


戸田先生の言うことに、思い当たるふしがあるのではないでしょうか。 信心していて、どうしてこんなことになるのか、と思う人もいるはずです。 そんなとき、どうか、最後まで信心を貫き通してください。 そして、諦めずに広宣流布のために生き抜いてください。 それが、最後に勝負を決しゆく鍵となるのです。
先週、 「 夢の扉 」というTV番組で、「 けっして夢をあきらめなかった 」主人公たちの言葉として、「 ” やる ”ではなく” やり抜く ” 」という言葉を紹介しておりましたが、それほどまでに、夢を現実化した人の壮絶な生きざまというのは、仏法に相通ずるところがあります。

信心も、どんなことがあろうとも「 ” 信じる ”ではなく” 信じ抜く ” 」というところに、功徳が湧き出てくるのです。
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