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2015-03-03(Tue)
義和団事件
( 写真:PD 1900年 北京 紫禁城前 )

義和団事件を題材に描いた「 北京の55日 」という映画があります。 1963年に公開された映画ですから、わたしが12歳の頃の作品です。 監督は「 理由なき反抗 」のニコラス・ケイ、主演はチャールトン・ヘストン、主演女優はエヴァ・・ガードナー、といったアメリカ大作映画全盛の時代のおなじみの人たちであります。 さらに、この映画には、故・伊丹十三さんが日本公使館の駐在武官役として出演しており、前から一度は観てみたいと思っていました。
そこで、最近、レンタルビデオを借りて観てみることにしました。 伊丹十三さんは主役ではないので、出る場面はとても少ないのですが、チャールトン・ヘストンやデヴィッド・ニーヴンに交じって、違和感無く、堂々と演技していたのには驚かされました、さすがです。 わたしは、エッセイストとしての、また、映画監督としての伊丹さんしか知りませんでしたから、貴重なものを見させていただきました。 ところで、映画の内容はというと、やはり同年に日本で公開された「 史上最大の作戦 」や「アラビアのロレンス 」と比べると、やはり見劣るような気がいたします。 もう少し史実に近づいて、丹念に描いてゆけばよかったのではないでしょうか。

わたしはこの映画を見ていて、この義和団事件の日本の派兵が、今、議論されようとしている集団的自衛権を考えるうえで、恰好の材料となるのではないかと思いました。 与党内で公明党は、集団的自衛権といっても、ごく限定的な集団的自衛権を模索しており、自民党は、限定的な集団的自衛権とはいっていても、一般的な集団的自衛権に限りなく近づけようとしています。 このようなときに、歴史を振り返り、同じ道をたどることがないように、しっかりと議論しなければなりません。

1900年に起こった義和団事件は、日本の近代史の中でも、欧米の帝国主義列強に仲間入りをするエポックとなる事件で、その後の日露戦争・日韓併合・対独宣戦布告・満州事変・日中戦争・太平洋戦争へと流れてゆきます。 侵略戦争が明確となった日中戦争の遠因となる出来事の始まりであるといわれています。 義和団事件への派兵の名目は、日本公使館と欧米の公使館員とその居留人の保護でありました。 映画にも描かれているように救援のためであり、けっして侵略とは言えない自衛の派兵といわれました。 事実、事件の初端から清国の暗躍があり、清国が八か国に宣戦布告をするに至っています。 国際的には典型的な集団的自衛権の行使といってもよいでしょう。 しかし、自国あるいは同盟国を侵略されて、自国あるいは同盟国を自衛する集団的自衛権とは明らかに違います。 このような海外派兵を、今回の限定的な集団的自衛権で許すべきなのでしょうか? 自民党は、” 日本の周辺事態 ”を取って、” 場所に制約されない ”と目論んでいますが、紛争の相手国(攻撃してきた国の領土)への派兵の道が開かれてしまう危険があり、現行憲法下では許されてはいけないことであります。

過去の歴史は、理由はともあれ、自衛の名目で派兵し、にっちもさっちもいかない情勢と事件の対応に右往左往するうちに、恨みと報復の感情に突き動かされて、戦争へと突き進んでゆきました。 時代は変わり帝国主義は鳴りを潜めていますが、報復の連鎖のなかで、逆戻りしていこうとしています。 日本は憲法の精神を後退させるのではなく、世界にその精神を伝えてゆかなければんらないのではないでしょうか。 ただし、日本に紛争を仕掛け、支配しようとする帝国主義を跳ね返すだけの力は持たなければなりません。 それは武力というのではなく、国際的な圧力を形成する信頼関係を構築する必要があり、平和国家としての地位を揺るがすような、戦争をする” 普通の国 ”であってはならないと思います。
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