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2015-02-12(Thu)
第二代会長の戸田先生は、「 末法の悟りと申しますのは、御本仏・日蓮大聖人様の御観心たる御本尊を一途に信じ切るのが悟りでありまして、それ以外に、悟りは絶対にないのであります。 」と仰っています。
世間一般では、仏の無尽蔵の智慧そのものを” 悟り ”だと思っていて、小難しい経論や修行を学んでおりますが、そうではなくて” 御本尊を信じる ”ということが” 悟り ”なのだというのです。

な~んだ、そんなことかと思う方もいると思いますが、これが、そう簡単なことではないのです。 御本尊を本当に信じきれればいいのですが、一時は信じられても、何があっても心底から信じられるのかというと、自信がないのが普通であります。 何があっても信じきれれば、それはもう成仏の境涯といってよいでしょう。 

わたしたちの信心というのは、この” 信 ”を確立するための闘争であり、魔もあり、悪業もある中で、壁にぶつかり、悩み、もがきながら、広宣流布のために行動するしかないのです。 煩悩即菩提で勝ちとる以外にはありません。
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