--------(--)
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
Category : スポンサー広告 Comment : (-) |
2015-01-14(Wed)
世界広宣流布が進めば、大石寺貫首が御本尊を一人一人書写することは不可能であります。 たとえば、1億人書くのに10分で一体書写したとして、寝ずに24時間書き続けても1900年ほどかかります。 古くから行われてきている御形木御本尊の必然性がここにあります。 御形木と呼ばれる御本尊は、どんな御本尊で、いつごろから出てきたのでしょう。
 
古くは鎌倉時代までさかのぼり、日蓮大聖人の書かれた御本尊を、版木に写して印刷し、信心の無いものにまで渡している、という噂を日興上人が聞きつけて大変嘆かれた、という記録があります。 また、江戸時代に信心未熟な入信したばかりの信徒に、版木から制作した大石寺貫首の御形木御本尊を下附していたという話があります。 それは仮の御本尊ということで下附をして、信心堅固となった時点で常住御本尊(大石寺貫首の直筆)と交換していたようです。 当時の版木から採った御本尊は字影が荒く紙質も劣っており、仮の御本尊とみなされても仕方がないような御本尊でありました。
現在のような精細な御形木御本尊は、戦後の、創価学会が折伏を進めるようになってからで、信心をする人が急激に増えたため、大石寺貫首が書写して渡すことが困難なことから、新入信者には写真製版で印刷したものを下附し、信心が深まれば特別御形木御本尊や功績によって常住御本尊を下附するようになりました。 当初は各寺院ごとに、その寺院有縁の大石寺貫首の御本尊を御形木にして、各寺院の判断で信徒に下附するのが、当たり前のように行われていたため、創価の草創期には日寛上人の御形木御本尊を戴くこともありました。 ですから、日寛上人の御形木御本尊を戴くことは二度目ということになります。

このほか、御形木の御本尊には板本尊と呼ばれている御本尊があります。 この御本尊は一枚板に筆記し字のところを彫った御本尊と、紙幅の御本尊(直筆)あるいは転写したものを貼って字のところを彫った御本尊の二種類があり、古くから制作されてきた御形木の御本尊であります。 この板御本尊は複数作られることもありますが、だいたいが一体のみであります。 実は、戒壇の御本尊もこの御形木御本尊の一つなのであります。 

おおまかには、御本尊には日蓮大聖人が書かれた御本尊と、代々の大石寺貫首がそれを書写した御本尊と、それらの御形木である板に彫った御本尊と、印刷された紙幅の御本尊があることになります。

それにしても、その御形木の御本尊を大石寺貫首が開眼していたなんて、聞いたことがありません。 開眼が必要不可欠な重要な秘儀であるならば、必ず御書や相伝書に書かれるはずですが、どこにもありません。 ということは、戒壇の御本尊も含め、それまでの御本尊はみんな” ニセの御本尊 ”ということになるようであります。

※ 2017/07/15 改訂
関連記事
Category : 御本尊Comment : (1) |

管理人のみ閲覧できます * by -

コメント





 非公開:管理者にだけ表示を許可


上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。