--------(--)
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
Category : スポンサー広告 Comment : (-) |
2015-01-13(Tue)
御本尊の書写は、日蓮大聖人の御入滅後、日興上人だけが行っていたのでしょうか。 どうもそうではないようであります。

日興上人の弟子においても書写は行なわれていて、当時は必ずしも大石寺貫首(法主)だけの専権ではなかったことが史料から読み取れます。 どうも、遠隔にある地では、その地で弘教していた弟子が、信徒に下附する御本尊を自ら書写していたのかもしれません。 また、相伝に基づかないものであれば、五老僧も書写は行っており、日興上人が、そのことを謗法として咎めた、という形跡が見当たりません。  
代々の大石寺貫首が、日蓮大聖人からの相伝に基づいて書写を行なっておりますが、かつては” 秘伝 ”とされていた「 御本尊七箇相承 」等も、今では公開されて皆が知るところとなっております。 その内容は、相伝とは言っても何か特別なことではなく、戒壇の御本尊を写すにあたり、その意義と注意点が記されているだけであります。 書写した御本尊と戒壇の御本尊と違うのは、花押のところだけになります。 七箇条以外にもこの相伝書には記されている内容があるのですが、書き方の並びに違和感があり、後代による加筆である可能性が指摘されています。 

日顕宗ではこの書写に加え、御本尊には大石寺貫首(法主)の開眼が必要だと言い出しており、開眼のない御本尊は、どんな御本尊であろうと” ニセの御本尊 ”だという悪辣な邪義を立てております。
御本尊の開眼など、御書のどこにも書かれていないし、相伝書にもありません。 過去に宗門で一度たりとも行われたことが無い事であり、御本尊を侮蔑する行為のなにものでもありません。 御本尊は開眼しようとしまいと、三大秘法の御本尊であります。 その御本尊に、大石寺貫首の許諾もなく勝手に題目をあげても功徳はない、というのであります。 ほんと、子供が駄々をこねてわけのわからないことを言っているようなものです。
御本尊と信徒の間に仲介者を置き、開眼などという密教を取り入れた台密ならぬ蓮密を持ち込んで、日蓮大聖人の信心の血脈を自ら切ってしまいました。 最近では、創価を破門したくせに、会則を改訂すると、未練がましく難癖をつけてくる姿はみっともない限りであります。 今更ながら、似非仏法の低級な教義感覚には、あきれるしかありません。

御本尊が何かしてくれるのではなく、南無妙法蓮華経の信行をもって、御本尊と境智冥合し、自らの本地である無作の三身を顕わしていくことが、まったく解かっていないようであります。 このように、日蓮大聖人の仏法とは言えない宗派になってしまったために、わたし達は日顕宗と呼ぶのであります。
関連記事
Category : 御本尊Comment : (0) |
コメント





 非公開:管理者にだけ表示を許可


上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。