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2015-01-03(Sat)
日蓮大聖人の信心をはじめると、必ず” 難 ”が起こります。

” 難 ”は信心をさせまいとし、信ずる心を不信へと変える働きがあります。 しかし、この” 難 ”は宿命転換の分岐点には必ず現れてくるものなのです。
龍ノ口の難で首を切られんとして、本有の境地を顕わされた日蓮大聖人しかり、獄中で官警の執拗なあらゆる暴力に苦しめられた戸田先生もしかり。 悪口を言われ馬鹿にされ、あるいは信心の途上において、過酷な宿命にさらされた草創の同志もそうでありました。 このとき、難に負けるか、信心で立ち向かうかで天地雲泥の差が出てきてしまいます。

” 難 ”には様々な出来事がありますが、信心を貶され、非難されることも、その一つであります。
さまざまな宗教団体がありますが、世間から、さんざん悪口を言われ、非難を浴びせかけられたのは、現代において創価しかありません。 しかし、悪口憎言が吹き荒れれば荒れるほどに、創価は発展し続けてきました。 今や世界広宣流布の流れは着実に増しており、各国に人材の城が次々と築かれてきています。

池田SGI会長は、『 “ 非難されているかどうか ”が問題なのではない。 よきにつけ悪しきににつけ、動けば風は起こる。 何も言われないのは、何もしていないからである。 問題は“ だれに非難されているのか ”である。 善人は悪人に非難され、悪人は善人に非難される。 この本質をきちっと見ていくことである。 日蓮大聖人は、ご自身のことを、こう言われている。 「 いまだ此れ程法華経の故に三類の敵人にあだまれたる者なきなり 」と。 そして、厳然と宣言しておられる。 「 愚人にほめられたるは第一のはぢなり 」と。 牧口先生も、戸田先生も、つねに、この御文を拝しておられた。 』と話されております。

御書に『 妙法蓮華経を修行するに難来るを以て安楽と意得う可きなり 』とあるように、見方を変えれば、” 難 ”は成仏させようとする働きでもあり、" 難 "の本質を見てゆけば、心晴れやかでなんの迷いもありません。 信心で立ち向かえば、悪は久しからず、必ず滅びさっていくのが仏法の原理であります。
” 難 ”を起こして、過去世の悪しき宿業を転換させゆく信心の鍛えに、創価の仏道修行の本質があるといえます。
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