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2014-01-10(Fri)
元初 
( 写真:SGIグラフ SGI池田会長撮影 )

日蓮大聖人は、16歳(1237年)の時に千葉・清澄寺で出家して以来、18歳(1239年)で鎌倉に遊学し、21歳(1242年)で比叡山に登り、修行を重ね、仏教を学んでこられました。 そして、32歳(1253年)の時に清澄寺に戻り、報恩の心を携え、旭日を浴びながら、連綿と続く山々の峰を眺めながら、立宗宣言を行います。

このころまでには、あらゆる経典を読破し、主な仏教の典籍に目を通しておられ、各宗派の内容も熟知されました。 当時の比叡山は、延暦寺を中心にして多くの寺が存在し、仏教の最高学府のような存在になっております。 日蓮大聖人もここを拠点としながら各地(高野山、四天王寺、奈良、滋賀、京都)を巡っておられます。

12歳で清澄寺に登り、虚空蔵菩薩に「 日本第一の智者となし給え 」と誓願されてから、時代の様相と仏教界の混乱を目のあたりにしてきた大聖人は、なぜ、天変地異が起こっているのか? なぜ、主従が逆転して戦乱がおきているのか? なぜ、多くの宗派に分かれて争っているのか? 様々な疑問を抱きながら仏教や諸般の学問を学んでいました。 そのようななかで大聖人は、天台や伝教と同じように、原点である釈迦の経典を徹底して学ぶことの必要性に気づいてゆきます。 そして、仏の金言に従い、学びと思索を重ねてゆくにしたがって、何が正しく、何が誤りなのか、明らかに判ってくるのでした。 さらには、釈迦の経典の中で、法華経が最高の教えであることが理解でき、釈迦並びに十方の諸仏の淵源となる” 法 ”を覚知するに至ります。

虚空蔵菩薩に誓願してから20年にして、声も惜しまず” 南無妙法蓮華経 ”と獅子吼されたのであります。
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