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2013-12-05(Thu)
日蓮大聖人は折伏を本門、摂受を迹門と配されておられます。

その意味は、「 法華折伏破権門理 」とあるように、「 唯仏与仏の真実の一乗法は南無妙法蓮華経にあり、御本尊は、仏が説くところの総てであり、そのものである。 」と語っていくことが折伏門なのだということです。
” 折伏 ”は表層的な布教の様態を言っているのではありません。 また、議論して争うことが目的でもありません。 不軽菩薩が24文字で折伏したように、御本尊の素晴らしさ、日蓮仏法の偉大さを、語りきっていくのが、創価の折伏であります。

御本尊の両肩には「 有供養者福過十号 」「 若悩乱者頭破作七分 」とあります。

これは法華経に説かれた罰と功徳のことであり、折伏ではこの罰と功徳を明確にしてゆかなければなりません。
罰を語れば、脅迫だととり、功徳を語れば、強欲だと嫌う人もいますが、人生は不幸か幸せのどちらかであります。 不幸であるために苦しむ人には功徳が必要であり、幸せを壊そうとする人には罰が必要です。 世間法ですら、困った人を救済しようとしていますし、犯罪を犯す人は罰するようになっています。 仏法においても同じであります。
罰と功徳は秘妙方便といいまして、人を成仏させていくための仏の慈悲の顕れであり、力用なのです。
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