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2013-12-03(Tue)
“ 折伏 ”という文字づらに囚われていては、その内実が見えてきません。 そのため、創価の人間でも、一部に勘違いする人がでてきたのも事実であります。 そこで、長くなりますが、創価の代々の会長の折伏に関する指導を紹介しておきます。


< 初代牧口会長 >

* 宗教の場合、根本とする本尊、教えの違いは、金、銀、銅、鉛のような違いではない。 金、銀、銅、鉛のような違いなら、それぞれに使い道はあるが、誤った宗教は百害あって一利もない。 薬と毒の違いである。

* 折伏は慈悲である。 『 彼が為に悪を除くは即ち彼が親なり 』との御金言のように、抜苦与楽の真心で折伏するのである。

* 折伏弘教の仏法対話は、仏法に対する求道心を喚起させることに目的がある。 議論や雑談のためではない。 相手の悩み、疑問、知りたいと思っていることを的確につかみ、焦点を絞って話を進め、鋭く理解、納得させることが大事である。

< 第二代戸田会長 > 

* われらが折伏を行ずるのは、慈悲の行である。 慈悲の行は仏の仕事であり、真に尊いことである。 (中略) しかるに、この尊い仕事にたずさわりながら、折伏に応じないからといって、憎んだりおどしたりしては、あいならん。

* 折伏に熱心のあまり、青年が夜の十時、十一時に、他家を訪問するということは、世法を無視するゆえに、世間の笑いをかい、法を下げ、折伏に害をなすこと多大である。 このことは、絶対に価値的ではない。 相手の世法的な都合など全く無視して、無理押しに攻め立てることが、真の折伏であるかのごとく勘違いしてはならないのである。

* たとえ折伏のためとはいえ、議論のための議論や、感情にまかせてケンカなどすることは、大聖人をけがすものである。

* やるやらないは向こうの自由です。 なにも、創価学会へ引っぱりこんでしまわなければ折伏にならないなどと考えてはだめです。 (中略) 功徳があるのです。 どうしても創価学会員にしなければだめだとか、御本尊を持たせなければだめだとかがんばるから、おかしな事件が起きてしまうのです。 御本尊様はお見通しです。

< 第三代池田会長 >

* 学会から折伏をとったらなにもない。 学会の魂は折伏の二字である。

* 仏法の極意は結局は実践だ。理論ではない。 民衆の中に飛び込んで現実にどれだけの苦悩の人々、迷える人々を救ったかどうかだ。 独り孤高に安住して、われ尊しとする生き方は仏法本来の精神からは、まったくかけ離れている。

* 折伏こそ、相手の不幸の因を根底より除く最高の慈悲の行為である。 逆に相手の不幸を知り、幸福になる方途を知りながら、それには触れず、偽りの妥協をしているならば、これほど人間として卑劣なことはない。

* 慈悲の念から出発したものでなければ、それは折伏に似て非なるものである。 自分の売名、勢力拡大、そうゆうものであっては絶対にならない。 折伏布教は、慈悲の心で柔和忍辱を旨として行じていくものである。

* 数のみにとらわれて、いいかげんな折伏をするようなことがあっては断じてならない。 かえってそれは折伏精神に反することになる。 真心こめて折伏し、真剣に面倒をみてあげてほしい。

* 折伏にあたっては、どんなに相手が怒り、あるいは悪口をいい、罵ろうが、ゆうゆうと笑みをたたえて、破折し、妙法を教えきっていくのでなければならない。 (中略)もし、相手の気色に引きずり込まれて、感情に走ったり、ケンカをしたならば、それは、自ら如来の使いとしての尊い資格と使命を放棄することになってしまうであろう。 あくまでも、折伏は、その自覚と誇りをもち、襟度ある行動でなくてはならない。

* 不軽とは、どこまでも相手の生命に仏性を確信し、尊重していくことであり、かつどんなに反対され迫害されようとも、それは自己の罪業を消滅していくためであると、喜んで受けきっていくことである。 それが、われわれの生命に約した場合の不軽の行である。


代々の会長に共通して言えることは、折伏が如来の使いとしての慈悲の行為であるということと、柔和忍辱の態度を心に刻んで折伏をしていってほしいという願いです。
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Category : 反 証Comment : (2) |

* by 河越武蔵守
先日、県総会で
なんと、池田先生から押印和紙を拝受致しました。
私如き人間には、一生涯縁の無い出来事だと思って
ましたが、県総会前に支部長から言われたので
何がなんだか、解らず動揺してしまいました。
大切にしたいと思います。

* by 夕焼け.
頼重 さま こんばんわ。

動揺ですか? 
その反応、いいですね。 (^^

信心は心こそ大切なれですから、
池田先生も御本尊様も、ぜんぶ御存じだと思います。

よかったですね。
宝として大切にしてください。

おめでとうございます。 (^^

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