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2013-07-25(Thu)
 
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SGI池田会長は折々の会合で御書を繙き、次のように語られております。


【 本文 】 法華初心成仏抄 (557P) 
『 凡そ妙法蓮華経とは我等衆生の仏性と梵王・帝釈等の仏性と舎利弗・目連等の仏性と文殊・弥勒等の仏性と三世の諸仏の解の妙法と一体不二なる理を妙法蓮華経と名けたるなり、 』

【 通解 】 
『 そもそも妙法蓮華経とは、われら衆生の仏性と、梵天や帝釈などの仏性と、舎利弗や目連などの仏性と、文殊や弥勒菩薩などの仏性と、三世の諸仏が悟ったところの妙法とが一体不二である法理を、妙法蓮華経と名づけたのである。 』

【 指導 】
* 衆生の仏性も、仏・菩薩の仏性も、仏が悟った妙法も、まったく「 一体不二 」である。 それこそが「 妙法蓮華経 」なのであるとの仰せである。
いわば「 平等 」こそが、「 妙法蓮華経 」の魂なのである。 いわんやだれかの仏性は「 特別 」であるとか「 上 」であるとか、そんな差別はない。 すべてが徹底した平等観に貫かれている。

< 御書とその心 >より


御書には、随所にこのようなことが記されています。

ともすると、「 そんなはずはない 」と思いがちですが、そう信じるか信じないかで、大きく違ってきます。 信じないで唱える題目に境智冥合する力はありません。 生死一大事血脈抄には『 久遠実成の釈尊と皆成仏道の法華経と我等衆生との三つ全く差別無しと解りて妙法蓮華経と唱え奉る処を生死一大事の血脈とは云うなり、此の事但日蓮が弟子檀那等の肝要なり法華経を持つとは是なり、 』 とあります。 

所詮は、御本尊に心をよせて、唱題していくことに尽きるのですが、肝心なことは「 広宣流布のため 」にという想い・行動のなかで唱えてゆくことにあります。 名字即の凡夫ですから、泥まみれになりながら、もがきながら唱えていけばいいのです。 
小さな祈りでは小さな功徳しかありません。 最高の祈りだから、最高の功徳が湧いてくるのです。
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