--------(--)
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
Category : スポンサー広告 Comment : (-) |
2013-07-05(Fri)
政教分離原則の生まれた背景を概観してみると、それはヨーロッパ中世の封建社会におけるキリスト教皇体制の反省から生まれてきています。 日本においては、明治維新後の天皇体制の反省によります。 ヨーロッパの場合は、宗教組織の下に統治組織があり、立法・司法・行政行為を宗教組織自体が行うか関与しています。 日本の場合は、天皇を神として、統治組織が宗教的権威を利用していました。 これらに共通するのは、信教の自由が極端に狭められていたことです。 仏教を信仰するものから見れば、いずれも神を崇め、人間を神の下に置いている宗教ですから、必然であったといえます。 前にも記事にしましたが、神や神の代理人の意思が絶対的でありましたから、人間のエゴイズムが神の代理人という面をかぶって跋扈した時代であります。

政教分離原則を生んだ宗教と仏教には根本的な違いがあります。 仏教では、仏が人間を下に置き、支配するというような概念がありません。 人間は皆、仏に成ることができる、という前提で教えが説かれていますし、仏が人間を仏にするわけではありませんから、当然であります。 信仰の根本は自立的な心にあります。 自らが決意し、学び、考え、行動するしか、仏に成る道はないのです。 たとえ、強制的に信仰をさせられたところで、そのようにはなりません。 布教には、本人が気づくまで、対話による往復運動をするしか方法がないのです。 創価が、仏法対話を重要な修行の柱としているのはそのためです。

創価が公明党を作り支持しているのは、政治に宗教を持ち込もうとしているのではなく、純粋に、政治による社会の平和と繁栄を築くためなのです。 それは、信心している・していないに関係なく、敵対している・していないに関わらず、あらゆる人々のためです。 世界に日蓮大聖人の仏法を広めるのは創価だけの役目であり、公明党ではけっしてありません。
関連記事
Category : 反 証Comment : (0) |
コメント





 非公開:管理者にだけ表示を許可


上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。