--------(--)
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
Category : スポンサー広告 Comment : (-) |
2013-07-03(Wed)
わたしは、日蓮大聖人の信仰をしていますが、政治活動に関与してゆくことは、基本的な義務であり権利であると思っています。 同じ志しの人と連帯し、運動もしてゆきます。 
これは市民としてあたりまえのことなのですが、それが ” 政教一致 ” だと非難をする人がいます。 しかし、それは、あきらかにわたしの基本的人権を脅かすものであり、信仰する人の選挙権剥奪や立候補の禁止が民主主義政治の基本的条件だとすれば、それはもう民主主義とは言えないでしょう。 
” 政教一致 ” というのは、政府が、ある宗教団体を禁止したり、国民に特定の信仰を義務化する法律を作ることであります。 また、宗教活動の運営資金を国家予算に組み込んだり、宗教活動を政府が支え援助することなどがあたります。 ところが、公明党が掲げている政策のどこにも ” 政教一致 ” を目指す内容はありません。 それでも ” 政教一致 ” だというのは、信仰を持つ人やその組織は、とにかく政治に関わってはいけないということであり、その声の心理の奥には信仰者への不信や差別が見てとれます。 人種差別と基本的には変わらないものです。 ” おまえは、たしかに誠実で、頭もよい、そして正しい考えも持っているが、黒人だから、このバスには乗るな。 ” と言っているようなものです。 

生活改善・福祉の充実・医療改革・防災減災・再生エネルギー・基盤産業の育成・農林業の再生・憲法擁護・国連改革・核兵器廃絶・・・・・・などなど、信仰する人、しない人に、あるいは宗教に関係なく関わってくることです。 これらは、声を上げるだけでなく、政治の世界に切り込んでいかなければ実現は難しいことがらであり、最も効果的な手段は、同じ理念・政策を持ち、信頼できる人を議会に送り込むか、自分が乗り込むことです。
公明党は宗教活動を政治に持ち込もうとしているのではなく、純粋に政治活動をするためにあるのです。 イデオロギーの相克で苦しんできた庶民の中から、公明党は生まれてきました。 わたしは、そのような庶民の意思を封じ込めようとする働きには、断固反対してまいります。 

個人は良いが、組織はだめだという人もいますが、結社の自由を理解していない発言ではないでしょうか。 公明党は創価が支持母体ではありますが、創価だけが支持団体ではありません。 他の団体の支持を拒んでいるわけではありませんから、公明党の綱領に賛同するならば、多方面から支持していただくのがよいのではないでしょうか。 そして「 大衆とともに語り、大衆とともに戦い、大衆の中に死んでいく 」真の国民政党になってもらいたいと願っています。
関連記事
Category : 反 証Comment : (0) |
コメント





 非公開:管理者にだけ表示を許可


上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。