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2013-08-05(Mon)
この御書は、別名、雷門鼓御書ともいわれおり、弘安元年(1278年)10月に身延において、佐渡にいる千日尼御前に宛てて書かれた、日蓮大聖人57歳の時の御手紙です。

千日尼御前は阿仏房の妻で、極寒の佐渡に流されてきた日蓮大聖人の威徳に触れて、夫とともに念仏を捨て入信しています。 一間四面の粗末な塚原三昧堂に居られた日蓮大聖人に、食料や衣類・紙・筆等などを、夫婦で禁を犯して命がけで届け続けました。 佐渡流罪赦免後に身延に入られた後も、何度となく御供養をお届けしております。 この年の3月には、夫である阿仏房が90歳という高齢の身でありながら、遠い佐渡から日蓮大聖人の居られる身延に、3度目の訪問を果たしています。


【 要 文 】

『 青鳧一貫文・干飯一斗・種種の物給い候い了んぬ、仏に土の餅を供養せし徳勝童子は阿育大王と生れたり、仏に漿を・まひらせし老女は辟支仏と生れたり、 』

『 法華経は十方三世の諸仏の御師なり、 』

『 大小・権実・顕密の諸経に列り給へる一切の諸仏・尽十方世界の微塵数の菩薩等も・皆悉く法華経の妙の一字より出生し給へり、故に法華経の結経たる普賢経に云く「 仏三種の身は方等より生ず 」等云云、方等とは月氏の語・漢土には大乗と翻ず・大乗と申すは法華経の名なり、阿含経は外道の経に対すれば大乗経、華厳・般若・大日経等は阿含経に対すれば大乗経、法華経に対すれば小乗経なり、法華経に勝れたる経なき故に一大乗経なり、 』

『 法華経を供養する人は十方の仏菩薩を供養する功徳と同じきなり、十方の諸仏は妙の一字より生じ給へる故なり、譬えば一の師子に百子あり・彼の百子・諸の禽獣に犯さるるに・一の師子王吼れば百子力を得て諸の禽獣皆頭七分にわる、法華経は師子王の如し一切の獣の頂きとす、 』

『 女人の一生の間の御罪は諸の乾草の如し法華経の妙の一字は小火の如し、小火を衆草につきぬれば衆草焼け亡ぶるのみならず大木大石皆焼け失せぬ、妙の一字の智火以て此くの如し諸罪消ゆるのみならず衆罪かへりて功徳となる毒薬変じて甘露となる是なり、 』

『 人は臨終の時地獄に堕つる者は黒色となる上其の身重き事千引の石の如し善人は設ひ七尺八尺の女人なれども色黒き者なれども臨終に色変じて白色となる又軽き事鵞毛の如し〓なる事兜羅緜の如し。 』

『  佐渡の国より此の国までは山海を隔てて千里に及び候に女人の御身として法華経を志しましますによりて年年に夫を御使として御訪いあり定めて法華経釈迦多宝十方の諸仏・其の御心をしろしめすらん、譬えば天月は四万由旬なれども大地の池には須臾に影浮び雷門の鼓は千万里遠けれども打ちては須臾に聞ゆ、御身は佐渡の国にをはせども心は此の国に来れり、仏に成る道も此くの如し、我等は穢土に候へども心は霊山に住べし、御面を見てはなにかせん心こそ大切に候へ、いつかいつか釈迦仏のをはします霊山会上にまひりあひ候はん、 』
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