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2011-07-17(Sun)
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15日、父母の追善法要のため、伊香保にある 「 はるな平和墓苑 」 に行ってきました。 いつも、音楽が静かに流れる墓所はとても清々しく、ゆったりとした時間が流れているように感じます。 礼拝堂で法要を済ませた後に、墓所で墓石の清掃と水やりをして、題目を三唱しながら近況を報告してまいりました。

日蓮大聖人なかんずく創価の追善供養の考え方は、世間一般のものとはすこし違います。 というより、釈迦が法華経で説いた本義に沿ったものなのですが、世間では忘れられてしまったようです。 その本義とは自身が成仏することで、父母、子息、諸精霊を救い成仏させることができるというものです。 日々、自身が信行学の実践によって受ける功徳と福運を故人に回向することが本来の追善供養だとする考え方です。

盂蘭盆の始まりとなった説話に目連尊者の母の話があります。
目連尊者が餓鬼道に落ちた亡き母を見かねて、大神通力をもってご飯を与えると、母が口に入れようとしたご飯が燃え上がり、母の身をゴゴーと焼き、それを見て慌てた目連はさらに大神通力で母に水をかけると、水が薪となりさらに母の身を焼いてしまい悲嘆にくれたといいます。

「 盂蘭盆御書 」 には次のように書かれています。


『 しかるに目連尊者と申す人は法華経と申す経にて正直捨方便とて、小乗の二百五十戒立ちどころになげすてて南無妙法蓮華経と申せしかば、やがて仏になりて名号をば多摩羅跋栴檀香仏と申す、此の時こそ父母も仏になり給へ、故に法華経に云く我が願既に満ち衆の望も亦足る云云、目連が色身は父母の遺体なり目連が色身仏になりしかば父母の身も又仏になりぬ。 』


自身すら救えないような宗教で供養しても、かえって故人を苦しめる結果となるというのは、なんとも哀れでしかたがありません。 南無妙法蓮華経で追善供養することが最も正しいことであり、正しい信仰に目覚めて、自身が今生で成仏するために、日々の唱題と仏法対話に励むことが最も大事だといえます。
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Category : 日 記Comment : (7) |

No title * by せんしゅ
古い友人を20日前に亡くして以来気持ちの整理がつかず毎日毎日途方に暮れていました。

何十年も会うことはなかったのですが4-5年前から良く思い出すようになり最近では毎日のように思い出していました。思い出すというより自分の心が折れかけた時、楽しかったその人の思い出を心の拠り所にしていたのかもしれません。いつか会えたら以前の誤解をといて謝りたい、大切に思っていた事を伝えたい…でもそんな日は来ませんでした。来たのはがん発病がわかって3カ月もたたずに亡くなったという突然の訃報でした。驚愕でした。
私も子供のころから信心していましたが、大切な人の死の前には全くの無力でした。今も早朝に目が覚めてしまい教学ではどうとらえるんだろう…と検索してここにたどりつきました。

ガン末期で傷みとの戦いなのに弱音を一切吐かず痛いのを我慢して苦しんだ末、少しでいいから眠りたいと薬で眠ったまま亡くなったと聞いてかわいそうで頭から離れませんでした。

こちらの生命のカテゴリ、特に宇宙の銀河2を読み仏法の死生観に触れて少し癒されました。残された者として大好きだった故人の死をどうをどう昇華していけるのか未熟なので、まだ伝えられる物は無いのですが何度も何度も読んでみます。少し息がつけたような気がします。ありがとうを伝えたくて長くなってしまいました。

素敵なブログですね。緑いっぱいのレイアウトも生命力に満ちていて心がなごみます。ありがとうございました。

No title * by 夕焼け
せんしゅ さん ようこそ。

ご友人の逝去、まことに胸痛む思いが伝わってまいります。 わたしも、ご友人にご冥福の題目を送らせていただきます。 ブログの記事で、すこしでも心の痛みが薄れたのであれば、とても幸いです。
わたしも、20歳のときに親友を病で失いました。 今も心にその親友のことを思い出します。 しばらくは、後悔と寂しさがないまぜになったような気持ちでいっぱいになるときがありました。 信心の話は出来たのですが、御本尊にめぐり会わせることができないまま、旅立ってしまったのです。 わたしが無力といえば無力だったのでしょうが、仏法の目で見れば、いつか、また会えると思っています。 妙法の種を満開に咲かせた親友を、喜びの中、見つめる日がきっとくると信じています。

No title * by せんしゅ
丁寧なお返事心からありがとうございます
私は当時高校生でしたが信心の話を何一つしてあげられませんでした。大学受験の湯島のお守りを自分も受験生なのに届けに来てくれた時も学会員なのでもらえないとは言えず迷惑そうにもらうことでしか伝える事はできない意気地なしでした。

思い返してもすれ違いばかりで相手を傷つけてばかりでした。でももう二度と謝る事も信心に触れさせる事もできません。後悔ばかりが募り40代で亡くなった友人が可哀そうで本当に苦しかったです

夕焼けさんも親友を亡くされていたのえすね。お若い時でしたしさぞ辛かったと思います。夕焼けさんの妙法の種を満開に咲かせた親友を、喜びの中、見つめる日がきっと来ると信じています。という確信がすばらしいです。何一つ縁させてあげられなかった私ですが生きている限り友人の為に出来ること…回向…それ以外すら具体的によくわからない信心のない状態です。混乱していてすみません。

断線してしまたのでもう一度贈ります、2度送信してしまったらごめんなさい。

No title * by 夕焼け
せんしゅさん おはようございます。

>でももう二度と謝る事も信心に触れさせる事もできません。

たしかにそうですが、せんしゅ さんが信心で得た功徳をご友人に回向することは、まちがいなく出来ますよ。 盂蘭盆御書で日蓮大聖人はそのことを教えてくださっています。 御本尊に唱題し、一人でも多くの友人にこの仏法のすばらしさを語ってまいりましょう。

戸田先生は、信心していないときに、3歳のお子さんを病気で亡くされています。  とても悲しくて、泣きながら一晩抱いて過ごされたそうです。  その後、信心されてから、そのお子さんには会われた、とおっしゃっております。  また、このようにも言われております。 「今世で会うというのも、来世で会うというのも、それは信心の問題です」

三世の生命と生命に刻まれた縁を考えれば、ご友人とは、良いも悪いも、いつかどこかで、あいまみえることになると、わたしは考えます。 そのときに、せんしゅ さんの境涯と信心がとても大切になってくるのではないでしょうか。 
わたしは、信心により宿命転換し福運をつけた姿で、亡き親友とはあいまみえたいものだと思っています。

No title * by せんしゅ
何回もありがとうございます。夕焼け様の深く確信に触れることが出来て感謝しています。

寝ても覚めても何をしていても隙間隙間に思いだされて日常生活との兼ね合いがうまく取れない情けない状態でした。何度ももう大丈夫、頑張る事が一番の供養だと言い聞かせているのですが、また落ち込みの波が来たり。思い切り泣いてすっきり切り替えればもっと楽だと思いますが…感情は思うようにならないみたいです。我ながら愚痴や愚かさで嫌になります

でも生死という根源的な問題を前にして今の状態を建て直すのは信心しかないと思っています、それなのに御本尊の前に座れない自分がいます。夕焼け様のメールを何度も何度も読みます。少しでも実践できる自分に早くなれるよう努めます。それにはもっと座らないと…結局はいざとういう時は自分の信心ですね。すみませんでした。
本当にありがとうございました。

No title * by せんしゅ
また来ました
また少し癒されました
ばかなか切り替えられない自分が情けなくもあります
今日の追善法要前にも盂蘭盆を読んで行って来ます

No title * by 夕焼け
せんしゅ さん おはようございます。
随分と前のことですが、
母が死んでから、毎日のように、母を想い90分の題目を送っていました。 あるとき、休みを利用して、家で遺品を整理していたときのことです。 母が趣味で作っていた、桜の造花を見つけ、つい涙していたら、ふいに不思議な感覚に包まれて、とても安らかな気持ちになっていったのです。 その感覚とは、わたしを抱擁するような、母のとても暖かで優しいぬくもりの感覚でした。 母がそこにいるようでした。うれしかった。 そして、母は幸せな境涯でいるんだと心に感じました。

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