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2012-11-15(Thu)
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人生は不思議です。
知りえない因果がそれぞれの人にはあるようです。
創価の体験談の中から、死とゆう問題を考えてみましょう。

生まれたばかりの子供が先天性疾患と判り、医師からはいつ死んでもおかしくないと告げられ、治療を始めますが、芳しくありませんでした。 そんなとき夫婦は近所の知合いから、創価の話を聞き、必死の思いで信心を始めます。 母親は生命維持装置に繋がれた小さな我が子の体を見ながら、心の中で必死に題目をあげ、家では父親が懸命の題目をあげていました。 創価の同志も題目を送り続けました。 するとどうでしょう、徐々に治療の効果があらわれ始め、2週間後には赤ん坊の赤黒い体がピンク色に変わりはじめ、一端の危機を脱していったのです。 両親は安堵の開放感に包まれながら信心の功徳を実感しました。 それでも、成長を待って、手術が出来るようになるまで病院での治療が続きます。 夫婦は一途に信心に励み、多くの人に信心の話をし、題目をあげ続けていきました。 その間、子供も一進一退を繰り返していましたが、2年後にやっと手術を受けることができて、夫婦に笑顔を見せるまでに回復します。 しかし、完全に治ったわけではなく、さらなる手術の必要がありました。 夫婦は苦難の中で絆を強め、夫は子供の治療のために会社を辞め夫婦で商売を始めます。 それは、いつでも子供の傍にいてあげられるように考えたすえでした。 そして、自宅を地域の座談会場として提供し、こんどは同志を励ましながら信心を続けていったのです。 そんななか、3回目の手術を受けることになります。 そして、手術の最中に子供は亡くなってしまいました。 手術に耐えられなかったようです。 そのときも夫婦は懸命に題目をあげていたのですが、祈りも叶わずわが子は霊山へと旅立っていきました。 夫婦は悲しみにくれ涙があとからあとから零れ落ち、ひどく悲しみました。 それでも、同志の暖かい励ましによって立ち上がることができ、悲しみを決意に変えて、その後も信心をまじめに続けていきます。 そして、やがて地域の同志の要となり、商売も発展し、3人の子供も授かり、いまではたくさんの孫に囲まれて信心の喜びを実感できるようになりました。 「 苦しい思いをしたけれども、死んだ子供のお陰で信心をすることができたのです。 そして今の商売もするようになった。 あの子が私たちを救ってくれたようなものです。 」 と語っています。

戸田先生は 「 子供が親に信心をさせるために生まれてくることがある。 子供の病が契機となって信心して、折伏をし、題目を懸命にあげていけば、かならず子供の病気は治ります。 信心の功徳で、親に子供の病で苦しむ業が無くなるから、子供は病気である必要が無い、だから治るのです。 親が信心するようになり、信心がゆるぎないものとなれば、もしも、治らないような病気なら、いつまでも親を苦しめないで子供は安らかに死んでいきます。 そのどちらかです 」 と語られたことがあります。 死は悲しい出来事ですが、死そのものは必然であり、死を前に、どのような生き方をしたのかという視点から、幸・不幸の本質を見ていく必要があります。 熱原の三烈士は拷問を受けながら死んでいます。 初代牧口会長も過酷な環境に置かれ獄死しています。 線路に落ちた人を助けようとして死ぬ人もいます。 創価の人が子供を病で亡くすのはおかしいではないか、と批判する人がいますが、表層的で浅薄な見方ではその本質を知ることはできません。
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