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2012-10-25(Thu)
今日は、ちょっと長くなりますが、副題に 「 後継の希望・未来部 」 とついた池田SGI会長の随筆の中にある、一文を紹介させていただきます。


* 福岡県のある支部には、未来部育成の輝く伝統が脈打っている。 その陰には、一人の母による懸命な祈りと奮闘があった。

2人の子どもを抱える彼女は、若くして、がんとの闘病生活を強いられた。 医師からは、非情な余命の宣告を受けた。 しかし、決して下を向かなかった。 むしろ、未来を見つめ、今まで以上に信心の炎を燃え上がらせて、 「 わが地域から後継の人材を 」 と、限りある命を未来部のために注いでくださった。 毎月の少年少女部員会の前には、手作りのチラシを携え、宝の人材たちのもとへ足を運んだ。 どんな些細な悩みにも耳を傾け、若き生命に希望の火を灯していった。 抗がん剤の副作用の、悶えるような苦しみにも負けなかった。 抜けた毛髪の代わりに、素敵な帽子や鬘をつけ、優しい笑顔で未来の宝を包んでいった。 彼女は、毅然と語った。 「 この信心と、この信心を教えてくださる師弟の道を、未来の宝の子どもたちに、そして私の大事な友人に語り伝えていくことをわが使命として、生きて生きて生き抜いてまいります 」。 この誓いのままに、彼女は最後の最後まで、わが使命を果たし抜き、霊山へと旅立たれた。

何と偉大な母であろうか。 何と気高き信心の英雄であろうか。 彼女の信念と真心に触れ、どれほど多くの人が立ち上がっていったことか。 この一人の母から始まった人材育成のうねりは、堂々たる 「 人材の大河 」 となっている。 まさに、日蓮大聖人が 『 一は万が母 』 (御書498ページ) と言われている通りの姿であった。 心の絆は切れない。 母を失い、涙に暮れていた小学生の息子さんも、地域の同志の励ましで気丈に立ち上がった。 母亡き翌年に挑戦した作文コンクールで力強く綴っていた。 「 母は人をはげます名人だったと思う。 これから、ぼくも、いろいろな人と出会うだろう。 その一人一人を大切にして、人のためにつくす生き方をしていきたい 」。 母の祈りは必ず通じる。 広布に生き抜く母の祈りは、絶対に通じる。 息子さんの中に、母は今でも生きている。 

<随筆 我らの勝利の大道 79>より


はたから見れば、 ” 信心しているのに、なんと不幸なのだろう ” と思うかもしれません。 あるいは、 ” そんな宗教に走るからだ ” と、陰口をする人がいるかもしれません。 しかし、この福岡の母の生き方は、とてもすばらしいものとなったのです。
以前にガンジーの言葉の意味について記事にしましたが。 福岡の母は、病に負けることなく人間としての価値ある生き方を、信心によってすることができたのです。 創価の信心で、病気を治した人は大勢います。 しかし、治らずに死んでいかれる人もいました。 それは、その人の病の重さ、宿業の浅深、信行の強弱もあるため、簡単に読み解くことは難しいでしょうが、福岡の母と同じように生き抜いてゆかれています。 苦難において価値ある生き方とは、どのような状況においても、それに負けることなく、社会や、人や、家族のために希望と勇気を贈り続け、生き抜いてゆこうとすることではないでしょうか。 死を感じながら、最後まで諦めないで、前をみつめ生きてゆくことは、とても勇気のいることです。 その生きる希望と勇気が、創価の信心によって生まれてゆきます。 試練によって、どのような生き方をするかで、その人の業のバランスシートが、どう書き換えられてゆくのかが決まります。
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Category : 人 生Comment : (2) |

No title * by 気分屋
いつも勉強になります。 有り難うございます。

No title * by 夕焼け
気分屋さん、こんばんわ。

見るのが遅くなりごめんなさいね。

今は、仕事も、生活も、活動も、めいっぱいの状況ですが、
ブログも忘れずに更新していきます。
これからも、気軽にお立ち寄りください。 (^^

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