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2012-10-18(Thu)
念仏の本質というのは、法華経誹謗です。 また、釈迦仏を遺棄し、他仏 ( 阿弥陀仏 ) を拠りどころとしている不知恩にあります。

日本の浄土宗の高僧である法然や親鸞は、始めから終わりまで ” 捨閉閣抛 ” であり、法華経を捨てよ、閉じよ、さしおけ、なげうてと主張しております。 さらには、釈迦仏でなく、どこにあるかしれない浄土を希求し、縁のない仏を尊んでいるのです。 念仏を唱えるということは ” 法華経はダメだ ” 、 ” 最悪だ ” 、 ” 釈迦は求める師ではない” 、と、言っているということになるのです。 釈迦はどんな思いでいるでしょうか。 念仏を信じている人は、いや、そんなことは思っていない、釈迦を尊んでいる、という人もいますが、それは、誹謗している人に同調していながら、わたしは誹謗していないと、トンチンカンなことを言っているのと同じであり、釈迦仏を足で小突きながら、手を合わせているようなものです。 念仏の本質が法華経誹謗だということを、しっかりと認識しなければなりません。

法華経誹謗は地獄の業を積むと、釈迦が説いていることを示し、浄土宗を破折したのは日蓮大聖人であります。 その日蓮大聖人を、 ” 他宗を誹謗する悪人だ ” と言って、殺そうとしたのが浄土宗の僧や信徒であります。 誹謗している人間が、その誹謗は誤っていると指摘されて、” 他宗を誹謗するのは良くない ” と、指摘した人を憎んでいるのです。 なんともおかしな話です。 道理が逆さまであります。 現代でも、したり顔でそんなことをいう人が居ますが、知らないとはいえ、宗教の高低、浅深、正邪を弁えない愚かな考えです。

釈迦が、 ” 今まで様々に、様々な人に請われ法を説いてきたが、それらは方便で、いまだ、真実を語ってこなかった。 今まさに、未来に説くであろう教えにも優れた、真実の教えを語ろう ” と、自ら進んで説きはじめたのが法華経なのです。 十方の諸仏も、それを知り、来集し、 ” まさに真実である ” と証言しました。 三方や四方というのは他の説法でもありますが、十方の諸仏が来集し、梵天に広長舌をのせて証明するのは、このときだけです。  そして釈迦は、 ” この真実の法を説いた法華経を、信じないで誹謗するならば、かならず無間の地獄の業を受ける ” と明確に宣言したのです。 法華経は人が仏に成ることが出来る法を説いているのですから、当然であります。

念仏を唱える業は、法華経を誹謗する業であります。
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Category : 仏 教Comment : (2) |

No title * by 一読者
どれ程の正論であっても、他を否定して、己れを肯定していては、永遠に争いは無くなりません。
他には敬意を、己れは慎みたいものです。

No title * by 夕焼け
一読者さん こんばんわ。

おっしゃる通りです。 法華経を否定せず、肯定していくべきであります。
釈迦の言葉に反して、何のために仏教を修するのでしょう。 否定するのは誤りです。 わたしの心は、章安大師の「慈無くして詐り親しむは是彼の人の怨なり、能く糾治する者は即ち是彼が親なり」との心にあります。

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