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2012-09-24(Mon)
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今年も、財務の季節が近づいてきました。 (^ ^
わたしは、毎年参加しています。
金額ですか? それは秘密です。 (^ ^;

少なくとも、明日から食べていけないような金額ではありません。 広宣流布のためには、生きていかなければなりません。 生きて唱題し、仏法を語っていくことが大事ですから、そんなことをすれば、仏法を破壊するようなものです。 ” 財 ” の供養よりも ” 法 ” の供養のほうが幾千億万倍も優れているのです。

そもそも金額の云々などナンセンスなことです。 一輪の花のように、健気で美しい気持ちで財務をしたいものです。 参加できることに感謝することがとても大切なことではないでしょうか。 日蓮大聖人は心からのご供養を大切にされていました、足袋一つにも、コンブ一束にも、必ず感謝の言葉を添え、日蓮の命をつなぐものであり、父母に代わって、あるいは釈迦が身に入って守ってくれているようだと、最大限に賛嘆されて、来世にはこの恩を必ず報じます、と、お手紙に書かれています。 人に真心が通じるのと同じように、心から出るご供養は、御本仏の賛嘆するところであり、福徳を積むものとなるでしょう。 ならば、諸天も、その人を力の限り守りぬいていくことは間違いありません。

何度でも言いたいのですが、唱題し、仏法を語って、日蓮大聖人の遺言である広宣流布を実現するために、身も心も汗を流すことが肝要であります。 それ以上のご供養はないし、功徳はないとするのが、創価の精神であります。
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Category : 創 価Comment : (2) |

No title * by SHIn
今、経済苦で僅かばかりの金額を本部に収めておりますが法供養という事を聞いて安心しました(^O^)

No title * by 夕焼け
SHInさん こんばんわ。

広宣流布のために働く、行住坐臥の総てが供養になっていきます。
やることなすこと福運になっていくのですから、これは、凄いことですよ。 (^^
苦労しないで多くするより、苦労して僅かしかできないことのほうが価値があります。 苦労した分、福運となるのです。 しかし、絶対に無理してはダメですよ。 僅かでいいのです。 日蓮大聖人に健気な信心だと褒められるような信心と生活をしていきましょう。

コメント





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