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2012-09-10(Mon)
この御書は、建治3年(1277年)9月に、身延において四条金吾に書かれた、日蓮大聖人56歳のときのお手紙です。 この年は熱原の法難の2年前で、弟子や信徒の法難が顕著になり始めていました。


【 要文 】

『 たとひ上は御信用なき様に候へども・との其の内にをはして其の御恩のかげにて法華経をやしなひ・まいらせ給い候へば偏に上の御祈とぞなり候らん、大木の下の小木・大河の辺の草は正しく其の雨にあたらず其の水をえずといへども露をつたへ・いきをえてさかうる事に候。 』

『 仏法の中に内薫外護と申す大いなる大事ありて宗論にて候、法華経には 「 我深く汝等を敬ふ 」 涅槃経には 「 一切衆生悉く仏性有り 」 馬鳴菩薩の起信論には 「 真如の法常に薫習するを以ての故に、妄心即滅して法身顕現す 」 弥勒菩薩の瑜伽論には見へたり、かくれたる事のあらはれたる徳となり候なり、 』

『 いかに大事と思へども、腹あしき者をば天は守らせ給はぬと知らせ給へ、 』

『 末代のありさまを仏の説かせ給ひて候には濁世には聖人も居しがたし大火の中の石の如し、且くは・こらふるやうなれども終には・やけくだけて灰となる、賢人も五常は口に説きて、身には振る舞ひがたしと見へて候ぞ、 
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