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2012-09-05(Wed)
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SGI池田会長は折々の会合で御書をひもとき、次のように語られております。


【 本文 】 乙御前御消息  (P1220) 
『 日蓮をば日本国の上一人より下万民に至るまで一人もなくあやまたんと・せしかども・今までかうて候事は一人なれども心のつよき故なるべしと・おぼすべし、 』

【 通解 】 
この日蓮を日本国の上一人より下万民に至るまで、一切の人々が害しようとしたが、いままでこうして無事に生きていられることは、日蓮は一人であっても法華経を信ずる心が強いゆえに諸天が守護されたのであると思いなさい。

【 指導 】
信心の 「 心 」 が強かったゆえに、万人を向こうに回しても殺されなかった、勝ったのだとの仰せである。 私には、この御文が深く胸に迫ってきてならない。 周りがどうかではない。 たとえ敵は多くとも、一人、戦う。 それでこそ、大聖人の弟子である。 その人を、大聖人は必ず守られる。 大事なのは 「 強き心 」 である。 「 信心 」 である。 「 学会精神 」 である。 組織も、数に頼って 「 だれかが、やるだろう 」 という心があれば、もはや 「 心 」 が負けている。 「 心 」 が崩れている。 そうではなく、たった一人であっても、 「 自分がやる! 」 と引き受ける人。 その人こそ「勝利者」である。

< 御書とその心 >より


創価の歴史は、第二代戸田会長が軍部権力と闘われ、戦後の焼け野原にたったお一人で立たれたところから始まっています。 さらに遡れば、世間の人々や軍部権力、日蓮正宗までもが弾圧し、多勢に無勢の真っ只中に、日蓮大聖人のお心を戴して、初代牧口会長お一人で立ち向かわれたのが、淵源となっているのであります。 いつの時代にも、この 「 一人 」 が大事なのです。 これからの広宣流布においてもそうであります。 だれが立つのか。 それは、誰でもない自分なのだと決めるのが、師弟不二であります。 そうすれば、 ” 諸天が守らないわけがない、わたしを見なさい。 ” との日蓮大聖人の御断言なのであります。
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