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2012-08-09(Thu)
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SGI池田会長は折々の会合で御書を繙き、次のように語られております。


【 本文 】 上野尼御前御返事 (P1580) 
『 法華経と申すは手に取れば其の手やがて仏に成り・口に唱ふれば其の口即仏なり 』

【 通解 】 
法華経というのは、手にとればその手がすぐに仏となり、口に唱えれば、その口はそのまま仏である 』

【 指導 】
妙法のため、広宣流布のために、手を動かせば、手が仏となっていく。 口を動かせば口が仏になり、足を使えば足が仏になっていく。 体も心も頭脳も、健康になっていく。 これが 「 妙 」 なる 「 法 」 である。 不思議の大法である。 この一点を確信し、誠実に行動していく 「 心 」 こそ大切なのである。

< 御書とその心 >より


日蓮大聖人は、この後 『 譬えば天月の東の山の端に出ずれば其の時即水に影の浮かぶが如く・音とひびきとの同時なるが如し、故に経に云く 「 若し法を聞くこと有らん者は一として成仏せざること無し 」 云云  』 と書いておられます。
因果倶時とゆうことです。 御本尊に南無妙法蓮華経と唱えれば、そのまま仏となるのです。 頭も悪く、根性も曲がって、貧乏で、病気もあるのに、どこが仏なのだろう。 そう思うでしょう。 わたしも、そう思っていました。 しかし、始めはしるしがないように見えても、まちがいなく仏だと、釈迦も日蓮大聖人も仰っています。 仏となるからこそ仏になってゆくのです。 泳がないで、泳げるようになる人はいません。

わたしは、若き日に、神経の病気があって、人と会うのがとても苦しかったのですが、仏法対話のため行動し、一生懸命語りました。 お金がないから、何度も遠くまで苦労して会いにいきました。 能力がないから、馬鹿にされ、嘲笑され、とても悩みました。 しかし、仏法のため、広宣流布のために苦しみ、苦労し、悩んだことは、そのことの反対の状況を生んでくれました。 病気のため苦しんでいれば治り、お金が必要となればでき、社会では必要とされる人間になることができました。 全部、信心の力、功徳です。 功徳は、自己中心的で身勝手な信心、臆病で疑い深い信心からは生まれてこないようです。 仏と同じ心、仏と同じ振舞い、仏と同じ行動をするところ、努力のなかから、生まれてきます。
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