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2012-07-11(Wed)
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仏法には、生命の過去・現在・未来にわたる因果の法則が説かれています。 ” 人は何処から来たり、何処へ行かんとするのか ” ” 今の試練がどのような原因により、どうすればそれを乗越えることが出来るのか ” 仏法の一貫したテーマとなっています。 当然のように現世における原因から、苦悩や試練は生まれます。 しかし、それだけでは理解を超えるものもあるのです。

以前、ガンジーの映画の話をしましたが、その中でガンジーが、恨みに任せて異教徒を殺してしまった男に、地獄に行かないで済む方法を教えていたことを紹介いたしました。 その男は、自分の子供がヒンズー教徒だという理由だけでイスラム教徒に殺され、その復讐で、殺した人と同じイスラム教徒を殺していたのです。 ガンジーはその男に 「 地獄に行かないで済む方法がある。 異教徒の孤児となった子供を見つけだしなさい。 そして、自分の子供として、殺された息子のように育てなさい。 ただし、異教徒の子供、異教徒として育てなければいけない。 」 と語りかけたシーンです。
わたしは、この言葉を聞いてガンジーの人間としての奥深さ、境涯の高さを感じました。 と同時に、このような考えは仏法の生命観と規を一にするものだと思ったのです。 ガンジーはヒンズー教徒です。 ヒンズー教にこのような発想があるかは知りませんが、仏法と同じ捉え方です。 ガンジーは晩年に仏法を学んでいました。 一日の祈りのなかで南無妙法蓮華経を3回唱えていた話は有名ですし、法華経を何度も読んでいたそうです。 たぶん、そういうなかから仏法の因果観を学んだのかもしれません。

一般的には、人を殺せば地獄に堕ちて苦しむ。 あるいは、自分が殺されたり、大事な人を殺される目に遭う。 来世に殺した人に苦しめられるだろう。 と思いがちです。 ようするに因果応報の考え方です。 しかし、そのように単純なことで償うことは出来ないのです。 それだけで、生命に刻まれてしまった悪業は消えないし、真の解決にはならないのです。 報いを受けるだけでは、輪廻して気の遠くなるような長い、遥かな苦しみを重ねる償いの旅路をしなければなりません。 そのような業を積む根本の原因となった生命の転換・心の変革を、報いの中で確立していかなければいけないのです。
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