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2012-05-14(Mon)
宗門問題が起きてから、わたしは僧について考えてきました。 
今の時代に僧など要らないと思うこともありました。 現代の僧の実態をみれば当然の帰結です。 しかし、本来の僧の役割もあるのではないかとも思っていました。

仏教においては、釈迦の生きていた時代に、釈迦の説法を聞いて修業する者や修行で悟りを得た者のグル-プが各地に生まれました。 そして、それらのグループや集団を ” サンガ ” と呼ぶようになります。 釈迦自身はあえて教団を束ねたり、組織化するようなことはありませんでした。 生涯説法の為に各地を訪れ行動してその生涯を終えています。 説法を聞いて弟子となった者には、ただちに布教と修行の旅に出るよう促していました。 そうした弟子達が各地に赴いてグループが生まれます。 また、釈迦が訪れた地で、バラモンの一派で指導的存在であった者が、説法を聞いて弟子となり、そのまま集団ごと帰依することが起こり、そのとき生まれたグループも各地に存在するようになります。 それらのグループの中のいくつかが、釈迦の死後、団結と規律を保つ必要から、集まって大きな教団を形成するようになりました。

” サンガ ” という言葉は和合する衆をあらわし、元々はグループを形成する集まりという意味でした。 日本で ” グループサウンズ ” というエレキバンドを総称する言葉が生まれたましたが、それに近い感じでしょうか。 既成の側からみて、自分達とは違う何か新しい動きに対しては、括ろうとする心理が働き ” サンガ ” と呼ぶようになったのではないでしょうか。 釈迦の死後、中国に仏教が伝わると、それを音訳して ” 僧伽 ” と言い、やがて単に ” 僧 ” あるいは漢語の侶と合わせて ” 僧侶 ” と言うようになります。 今では、出家して仏門に入り修行する者を指していますが、元になった言葉は ” 修行する者達 ” を指していたのです。 やがて ” 僧伽 ” と言う言葉は使われなくなり、単に個々の出家者を ” 僧 ” あるいは ” 僧侶 ” と呼ぶようになりました。 釈迦の生きていた時代では、出家しないで修行する者も存在しており、出家した者だけを分けてそう呼んでいたわけではなく、釈迦に帰依したグループ、集団を指していたのです。 出家者は比丘(ビクシュ)・比丘尼(ビクシュニー)と呼ばれていました。
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