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2012-04-27(Fri)
今日の新・人間革命では、池田先生が師弟について語っておられます。 とても大事なことを書いてくださっています。

信心されている人は読むことが出来るので、内容の引用はしないことにします。 信心されていない方は、この記事は読んでも理解できないでしょうから。 スルーされたほうがよいかもしれません。

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今に生きるわたしたちの師匠は、池田先生です。 新・人間革命( 人材城16 )に書かれている ” 戸田先生 ” ” 先生 ” ” 師 ” ” 師匠 ” のところを池田先生と読み替えて、自身の心に問いかけ、人間革命の道を歩んでいくことが、創価の人間として、とても大事な生き方となります。

さらに深く言えば、師は日蓮大聖人であります。 ” 戸田先生 ” ” 先生 ” ” 師 ” ” 師匠 ” は日蓮大聖人と読んでいくべきであります。 日蓮大聖人の心を心として生き抜かれたのが、牧口先生であり、戸田先生であられました。 そして、その心を心として行き抜いてこられたのが池田先生であります。 牧口先生・戸田先生の心と言っても、日蓮大聖人の心を心としていくことに尽きるのであります。 池田先生の心を心としていくならば、日蓮大聖人の心、生き方、振舞いに行きつくのです。 心を心としていく。 自身の血肉としていく。 それが今ほど求められている ” とき ” はありません。 日蓮大聖人の心を心として、自体顕照して生き抜いていくことが令法久住の根本義なのであります。

その創価を破壊しようとしたのが、今の宗門である日顕宗であります。 権威の衣の下で三毒に囚われて獅子身中の虫となり、喰法餓鬼のようにして、清浄であるべき宗門を食いつくし、邪宗門へと変えてしまったのです。 出世間のように見せかけた生活をし、利害や打算にまみれた姿に、僧の資格など断じてありません。 民衆を見下すなど、師敵対そのものであります。 日蓮大聖人の心を心とし、「 未だ広宣流布せざる間は身命を捨て随力弘通を致すべき事 」 、 「 先師の如く予が化儀も聖僧為る可し 」 を体現する者こそ、僧の僧たる資格と尊敬を受けていくことができるのです。
僧とは仏に成らんと仏の道を歩む者達をいうのです。 団結して、ただただ民衆の幸福を願い、広宣流布にいそしむ者達こそが僧伽なのです。 今においては、創価こそ、真の意味で僧伽といえます。 創価の誕生が仏意仏勅と言われる所以は、日蓮大聖人の心を心として生き抜く令法久住の姿にあると言えるでしょう。
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Category : 信 心Comment : (6) |

No title * by 河越武蔵守頼重
講堂ですね。
良い感じに撮られてます。

天魔は成り上がり者。
あ奴には、連祖大聖人の御心が解るはずが無い。

No title * by 夕焼け
頼重殿、おはようございます。

このアングルは、たしか絵葉書にあったものだと記憶しています。
いいアングルです。 わたしも気に入っています。

仏法に違背するものは、何事もないように見えても、最後には滅びると御書に書かれております。 今の邪宗門、法華講も御書の通りになることはまちがいありません。 いずれ新たな時代とともに浄化されていくでしょう。

No title * by SHIn
とても分かり易い師弟の絆の講義ありがとうございました!

No title * by 夕焼け
SHInさん、こんばんわ。

先生のようにはなれない、と、どうか思わないでください。
心を受け継ぐことは、そして、行動することは、誰でも、できるのです。
それは、そう思えるか、そう思えないか、で決まります。

GWはいろいろとごくろうさまでした。

No title * by アイスコーヒー
夕焼けさん、今日は。 以前に、かどやよしたか、の名前でコメントさせていただきました。 以前は、パソコンの調子がうまくいかず、漢字に変換出来ず思うようにコメントがしにくかったのですが、四苦八苦の末、漸く漢字変換が出来る様になりました。 こちら中国では創価系のブログの内でも何故か読めなくされているものも多いですが、夕焼けさんのブログはカットされていないので有り難いです。       
私は平成3年に創価を脱会し法華講に入講し平成17年まで邪宗門にいました。 幸い日顕の法主詐称に15年目にして漸く気付き、法華講を脱講し、再び創価に再入信させていただきました。 私の拙い体験ですが、夕焼けさんのおっしゃるとり 仏法に違背した宗門と法華講は坂道を転がるように壊れていきました。 宗門、法華講は本当に無慈悲なところでした。 特に、僧侶の権威を繕う姿、本性は、食法餓鬼の姿そのものでした。 まさかが本当だった。

No title * by 夕焼け
アイスコーヒーさん、こんばんわ。

大変な環境の中で、お仕事ごくろうさまです。
がんばってくださいね。
創価から法華講、そして創価。 貴重な体験でしたね。 まさに雨降って地固まるで、これからも信心に励んで、共々にいい人生にしてまいりましょう。

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