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2012-03-15(Thu)
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SGI池田会長は折々の会合で御書をひもとき、次のように語られております。

【 本文 】 経王殿御返事 (P1123) 
『 又如何に唱うとも日蓮に怨をなせし人人は先ず必ず無間地獄に堕ちて無量劫の後に日蓮の弟子と成って成仏す可し 』

【 通解 】 
『 どんなに題目を唱えようとも、一度、日蓮に敵対した人々は、まず、必ず無間地獄に堕ちる。 そこで無量劫という長い長い間、苦しみ続け、その後に、また日蓮の弟子となって仏道修行し、仏に成るであろう 』

【 指導 】
* どんなに信心しても、御本尊を拝んでも、日蓮大聖人に反逆した人間は、必ず地獄に堕ちると仰せである。 日顕宗は大聖人の教えをまっこうから否定し、大聖人の仏法を私利私欲で汚した。 大聖人のご遺命である広宣流布を進める和合僧団・創価学会を破壊しようとした。 最大の 「 日蓮に敵対した人々 」 である。 ゆえに日顕宗の唱題には絶対に功徳はない。 大聖人は ” 日蓮に師敵対すれば地獄 ” と言われたのであって、 ” 悪い法主を批判してはならない ” などとは、まったく言われていない。 御書のどこにもない。 そのうえで、大聖人は、彼らは因果の理法によって無量劫の間、苦しむが、その後、また私が救ってあげようと言われている。 大慈大悲のお言葉である。 今世で謗法を反省し、正しき信心に立ち戻れば罪が軽くなることは言うまでもない。 日顕宗破折の運動は、無量劫、地獄に随とさないための、慈悲の行動なのである。

< 御書とその心 >より


非常に厳しきお言葉であります。 因果の理法は如何ともしがたい。 仏法が仏法を破ることは出来ないのです。 自分自身が犯した罪は、自分自身が償っていく以外に道は無い、世間のことではそれが道理であり、当たり前のようでも、仏法のことになると信じたくないのが人の常であります。 敵対した人も、いずれ、この信心をするようになって、人に仏法を語るときに馬鹿にされ、悔しい思いをして仏道修行しなければならず、呻吟するような苦境に見舞われながらも、信心して勝利していく以外に道はないのであります。 苦しみながら信心で宿命転換するならば、因果倶時の原理で、罪が消えるだけでなく、おおいなる福徳と境涯を同時に受けていくことができる、との日蓮大聖人のお約束であります。
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