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2012-02-23(Thu)
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SGI池田会長は折々の会合で御書をひもとき、次のように語られております。

【 本文 】 日女御前御返事 (P1247) 
『 又法華経をば経のごとく持つ人も・法華経の行者を或は貪瞋癡により或は世間の事により或は・しなじなのふるまひによつて憎む人あり、此は法華経を信ずれども信ずる功徳なしかへりて罰をかほるなり 』

【 通解 】 
『 法華経を経文のとおりに持つ人々であっても、法華経の行者を、あるいは貧り・瞋り・癡の煩悩によって、あるいは世間的なことによって、あるいはさまざまな振る舞いがよくないといって、憎む人がいる。 このような人は法華経を信じていても、信ずる功徳はない。 かえって罰を受けるのである。 』

【 指導 】
* 末法の法華経の行者、すなわち日蓮大聖人を怨嫉し、憎む罪を述べられている。 総じて、いかに御本尊を持っていても、自分の感情や、名聞名利などから、正法を正しく実践する者を憎んだ場合には、功徳がないばかりか、罰を受けるのである。 現代でいえば、大聖人の仰せのままに信・行・学に励む学会員を嫉妬し、憎み、誹謗する者が、この御文にあたる。

< 御書とその心 >より


戸田先生は 「 ろくろく仏道修行もせず、学会員を見くだす者は当然、たいへんな仏罰を受ける 」 と、仰っています。 また、日蓮大聖人は松野殿御返事で 「 法華文句記 」 の文を引かれて 『 「 悪の因に十四あり、一に慢、二に懈怠、三に計我、四に浅識、五に著欲、六に不解、七に不信、八に顰蹙、九に疑惑、十に誹謗、十一に軽善、十二に憎善、十三に嫉善、十四に恨善なり 」 此の十四誹謗は在家出家に至るべし 』 と十四誹謗を挙げて、法華経の心に背いて題目を唱えても功徳は無い、と断言せられております。 この十四誹謗の根源は ” 不信 ” であります。
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