--------(--)
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
Category : スポンサー広告 Comment : (-) |
2012-01-30(Mon)
わたしが創価で寄付を初めておこなったのが、正本堂建立のときでした。
梅酒を造る大きなガラス瓶に、小遣いを使ったときに生じた一円を少しずつ貯めていたのを寄付したのです。 それから30年経った1995年に、わたしは広布部員となり、定期的に年に1回、創価学会に寄付をする ” 財務 ” を行うようになりました。 入信してから35年目です。 ちゃんと信心し始めてから31年も経っています。 ずいぶんと長いことかかってするようになったものです。 それほどに、 ” 財務 ” は会員として必要不可欠な事ではないのです。 それから16年間広布部員として真心からの寄付をしてきました。 それは広宣流布の活動に必要となる、組織の拠点や運営に必要な経費は、会員として負担したいとの思いからであり、自由な意思と貢献の心から行っています。 額はその度にわたしが決めており、要求されたことは、一度もたりともありません。

37ec7032.jpg
(聖教グラフ 大石寺正本堂)

財務の時期になると、寄付の功徳の話は出てきますが 「 金額が多いほど功徳が大きい 」 、 「 寄付をしなければ信心の功徳は無い 」 などという話は微塵もありません。 そんな馬鹿げたことを言う幹部がいたら、お目にかかりたいものです。 稀に、そんなバカたれが居るかも知れませんが、そんな考えは日蓮仏法・創価の精神とは真逆の考え方です。 もしも、そのような指導をしたり、強要するような幹部がいれば、創価の獅子身中の虫であり、わたしはそのような人を徹底して弾劾するでしょう。 不穏当で不用意な言動は、創価の組織を破壊する行為であり、厳正に公明に行われるよう、細心の配慮を施している池田先生に対して、泥を塗るものです。 
寄付をお願いし、寄付した人を賛嘆するのは他の宗教組織とて同じです。 お願いを非難する信仰者はいません。 尊いことだと思うし、役にたってほしいと思うからでしょう。 心が大事だとするのが仏教であり、極貧で何も無いなか、砂の飯を釈迦にご供養して、その功徳で偉大な王に生まれ変わったという逸話は有名であり、創価でも、その度に語られる話であります。 創価でも心>身>財という不等式が重んじられ、財の供養は下位に置かれているのです。 また信仰と関係ない世界においても、寄付をお願いすることがあります。 それに応えて、災害にあった人や、恵まれない人に心からの寄付をする人がいます。 難病克服のための研究に寄付をする人もいます。 海外ではこの 「 寄付の文化 」 が定着していて、いろいろと当たり前のように行われてもいます。 普通は、寄付をするその人に感謝と尊敬の思いが湧き出てきて、立派な人だと賛嘆いたします。 そのような人には、きっと良いことがあるだろう、とも思うでしょう。 創価で語られる功徳の話は、このことと基本的に同じなのです。
関連記事
Category : 反 証Comment : (2) |

No title * by 河越武蔵守頼重
ま、新聞何かも偶に聞いたりします。
ご供養もそうですが、一部の勘違い幹部が居る事は事実です。
そんな奴には破折してやります。

ご供養は、自分の気持ちから出なきゃ意味が無いとね。

No title * by 夕焼け
河越武蔵守頼重さん、おはようございます。

組織に、自分勝手な価値観と見栄を持込み、創価の名を貶める。
恐いことですよね。
わたしも、気をつけるようにしています。

河越武蔵守頼重さんに破折されると、きっと迫力あるでしょうね。(^^
どんどん破折してください。 (^^

コメント





 非公開:管理者にだけ表示を許可


上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。