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2012-01-10(Tue)
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天台大師は一念三千論として、色心不二、依正不二の視点から生命を解析しています。 一念三千論については、別の機会に譲るとして、基本となる ” 十界論 ” について触れてみたいと思います。 

人の生命には十の生命の階層があるというのが十界論です。 それは、地獄、餓鬼、畜生、修羅、人、天、声聞、縁覚、菩薩、仏の十の生命です。 地獄界から天界までは、よく観察すれば他人の姿に見てとれますし、日常の中で自分にも現れていることが理解できます。 これらは六道と呼んでいます。 次に声聞界、縁覚界、菩薩界、仏界を四聖と言い、そのうちの声聞・縁覚を二乗あるいは菩薩界を入れて三乗と呼んでいます。 開三顕一の三はこの三乗です。 これらは、なかなか現れることはなく、他人に見ることも少ない生命です。 さらに、それぞれの生命には十界があり、これを ” 十界互具 ” と言います。 つまり、地獄界にも地獄界から仏界まで、人界にも地獄界から仏界まで、仏界にも地獄界から仏界まで具わっているのです。 普段温厚な人が怒りを現すのは人界の修羅界であり、物事を知ろうと学問に取組む姿勢は人界の声聞界といえます。 ここでは、このように単純化して説明していますが、人の生命の状態は十如是・三世間を含めて、複合的に捉えて理解しないと誤解します。 いずれにせよ、この生命は、絶えず現れては去り、去っては現れます。 自分で、この生命でいようと思っても、なかなか自由にはなりません。 意識でこの生命を自在にコントロールできればいいのですが、構造的にそうなっていません。 生命は外界からのいろいろな働きかけ(縁)に触れて、主体の生命状態(因)により様々に現れるのです。 

では、この生命と心や体、意識との関係性はどうなってるのでしょう。 それが、 ” 十如是 ” や ” 三世間 ” というそれぞれの生命に具わる働きや特質と深く関わってきます。
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