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2011-12-08(Thu)
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SGI池田会長は折々の会合で御書をひもとき、次のように語られています。


【 本文 】 法華初心成仏抄 (P557) 
『 一度妙法蓮華経と唱うれば一切の仏・一切の法・一切の菩薩・一切の声聞・一切の梵王・帝釈・閻魔・法王・日月・衆星・天神・地神・乃至地獄・餓鬼・畜生・修羅・人天・一切衆生の心中の仏性を唯一音に喚び顕し奉る功徳・無量無辺なり 』

【 通解 】 
『 一度、妙法蓮華経と唱えれば、一切の仏・一切の法・一切の菩薩・一切の声聞・一切の梵天・帝釈・閻魔王・日月・衆星・天神・地神および地獄・餓鬼・畜生・修羅・人・天界の一切衆生の心中の仏性を。 ただ一声に呼び顕したてまつるのであって、その功徳は無量無辺である 』

【 指導 】
* 「 一度 」 「 ただ一度 」 と仰せである。 ただ一度でも 「 南無妙法蓮華経 」 と題目を唱えるならば、その功徳の大きさは 「 無量無辺 」 である、と。 また日蓮大聖人は、仏が唱える題目と、私ども凡夫が唱える題目の間に、何の差別も設けておられない。 どこまでも 「 平等 」 である。 差があるとすれば、立場の差ではなく、 「 信心 」 の差なのである。 大事なのは、どこまでも 「 信心 」 であり 「 実践 」 である。

< 御書とその心 >より


この御文は、御本尊そのものであり、御本尊を説かれているのだと思います。 この御文の前後には唱題の根本義が明かされていますので、一読をお勧めいたします。
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