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2011-12-01(Thu)
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SGI池田会長は折々の会合で御書をひもとき、次のように語られています。


【 本文 】 本因妙抄 (P872) 
『 観行理観の一念三千を開して名字事行の一念三千を顕す、大師の深意釈尊の慈悲上行所伝の秘曲是なり 』

【 通解 】 
『 観行理観の一念三千を開いて、名字事行の一念三千を顕す。 天台大師の深意、釈尊の慈悲、上行菩薩が伝えた秘曲とはこれである。 』

【 指導 】
* たいへんな修行と能力を必要とする天台大師の仏法を開いて、大聖人は、 「 信心 」 の二字におさまる 「 事の一念三千 」 の御本尊を顕された。 このことこそ、天台大師が知っていて、しかも説かなかった 「 深意 」 であり、末法の衆生への釈尊の 「 慈悲 」 である。 そして、上行菩薩が伝える大切な 「 秘伝 」 である。 ―― こう、教えられているのである。 「観心の本尊」の深義もここにある。
戸田先生は、御本尊を 「 幸福製造機 」 に譬えられたが、強盛な 「 信心 」 によってのみ、御本尊の広大無辺の大功力も現れるのである。この一点に日蓮大聖人の仏法の真髄がある。

< 御書とその心 >より


日寛上人は 『 「 我が己心を観ず 」 とは、即ち本尊を信ずる義なり  』と言われております。 つまり、 「 観心の本尊 」 の観心とは無二の信心のことであり、 本尊とは 『 「 信心 」 の二字におさまる 「 事の一念三千 」 の御本尊 』 ということであります。 このことは、法華経の虚空会の儀式でもきちんと説かれております。
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