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2011-11-22(Tue)
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ソクラテスは教育のあり方について 「 人間は奴隷のようにして学ぶべきではない、また無理に教えたところで心にのこらない 」 と語っていたそうです。

現代の教育のありかたを考えさせられる言葉ですが、わたしは、信仰にとっても考えさせられる言葉だと思いました。 信仰者は、求道者といわれるように、純粋に自発的であるべきだと思いますが、ややもすると、奴隷のような状況に陥る場合があります。 指導する側からすれば、修行中だからと済ませてしまうこともありますが、そうであってはならないと思います。 信仰は権利であって義務ではありません。 このような状況は信仰する側の問題よりも、信仰を指導する側に多くの問題があります。 指導が必要でも教授は必要ありませんし、対話は不可欠でも指示はいりません。 信仰の組織では指導者の資質がとても重要となります。

初代牧口会長は創価教育学について、「 人間に物質を創造する力はない、創造し得るものは価値のみである。 世に価値ある人格とは、この創造力を意味する。 この人格価値を高めるのが教育の目的で、この目的達成の手段を闡明にするのが教育学の目的である。 」 また、 「 教育の目的は、人生の目的と同じで、人間の幸福こそが教育の目的である。 」 そして、 「 教育は知識の切り売りや注入ではない。 自分の力で学ぶことを会得させること、知識の宝庫を開くカギを与えることだ。 」 と仰っています。 ここで言ってる ” 教育 ” を ” 信仰 ” に、 ” 知識 ” を ” 功徳 ” あるいは ” 成仏 ” に置き換えてみてください。 どうですか、信仰に充分通じる内容です。 とくに最後の言葉は重要ではないでしょうか。

SGI池田会長は、信仰者については 「 組織の奴隷になるな 」 と指導され、求道と自発の信仰の重要性を訴えております。 そして 「 仏法は人間性だ 」 と仰り、自己の振舞いにこそ仏法があり、妙法を根幹とした人間革命を成し遂げて、思いやり深く、暖かい、激励の指導者となるよう願っています。

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