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2011-06-19(Sun)
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(写真:聖教グラフ)


このブログの最初の挨拶で、 「 普通の信心 」 について触れていますが、普通ってなんでしょう?
普通のサラリーマン、普通の家庭、普通の人生、・・・といろいろに使われますが、特別でない一般的な、または平均的なという意味でよく使われます。 一般的な平均的なというと、これは相対的な捉え方になりますので、わたしの 「 普通の 」 の意図する意味とは少し違うかもしれません。

第2代戸田会長は 「 信心は1人前で、仕事は2人前しなさい 」 と指導されたことがありますが、このときの指導で言及した信心とは、信心の基本である朝晩の勤行・唱題、座談会、仏法対話のことであり、この基本の練習・訓練をきちんと行うことを 「 1人前 」 と言い表しました。 わたしが言う 「 普通の 」 はこの 「 1人前の 」 ということであり、3度の食事を取ることと同じようにという意味で 「 普通の 」 と表現しました。

わたしは、この 「 普通の信心 」 がなかなか持続できませんでした。
入信してから51年。 食事にたとえてみると、1日1食や2食のときもありましたし、絶食状態が続き、いつ餓死してもおかしくない時期もありました。 なんとか、餓死しないで済んだのは創価という組織と同志のおかげです。 その意味で組織はとても大事だと思います。 ましてや創価家族なのですから大切な絆です。
「 きちんと勤行・唱題し、月に1人の仏法対話をしていて幸福にならないわけが無い、ならないときはわたしを殺しにきなさい 」 との大確信の指導を第2代戸田会長はされましたが、ちゃんと功徳を出し、宿命転換して福運を積んでいくには、基本、特に唱題と仏法対話がかならず必要になってきます。 今、苦難に直面している人がおられるならば、このことをどうか知っていただきたい。

わたしが高校生であった昭和40年代。 高校生でも仏法対話が活動の中心だったころです。 学校が終わると常在寺に集まり、勤行・唱題しては友人を訪ねるのですが、これがわたしにはとても大変なことでした。
信心を始めた中学のころにはパニック症候群は克服していましたが、乗り物酔いがひどかったのです。 中学・高校と修学旅行はいけませんでした。 一駅でもひどく酔うので、電車には乗らずに2時間3時間と歩いて訪ねました。 それでも遠いところは電車に乗らなければならず、意を決して乗るのですが、途中で気分が悪くなり何回もホームに降り、苦しみながら活動を続けたのでした。 しかし、この信心のため苦労したことは全部、宿命転換に繋がりました。 大学を卒業する頃には、バスを除いて乗れるようになり、今では何にでも乗れます。 乗れるだけでなく、今まで日本中や海外を旅行する機会に恵まれ旅行できたのは、そのことがあったからだと確信しています。
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