--------(--)
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
Category : スポンサー広告 Comment : (-) |
2013-11-29(Fri)
今週は、やはり岩谷時子さんの作品で、加山雄三さんが歌ってヒットした” 君といつまでも ”を紹介いたします。

しかし、この歌は、聞いていて気恥ずかしくなる方や、好みに合わない方もおられると思いますので、同じく岩谷さん作詞の” 旅人よ ”(再掲)も一緒に紹介させていただきます。

ちなみに、加山さんが歌の間に入れるセリフのところで、わたしはいつも耳を塞いでいます。

よい週末を。 (^^

・ 君といつまでも
スポンサーサイト
Category : 音 楽 Comment : (0) |
2013-11-28(Thu)
創価の折伏というのは、その人をダメだと批判しているのではありません。 また、人を攻撃して折り伏せるというのでもありません。 仏法の原理から、正を正、邪を邪と言い切ることはあっても、相手を思う心から行う行為なのであります。
摂受は悪に対して行い、折伏は邪に対して行いますから、今の日本は、釈迦の出生の本懐である法華経を否定し、敵対する邪宗教がはびこり、尊仰されているために、それを厳しく折伏していかなければならないのです。 しかして、それは「 人 」にではなく「 法 」に帰伏せしめることが根本となります。

折伏するのは、すべての人間が尊厳なる妙法の当体だと信じるからであり、邪見、悪見、偏見のために覆い隠されていた、清浄で輝くような、妙法蓮華経の生命をあらわすためなのです。 折伏によって、相手の仏種は薫発されて、やがては信心するようになってゆきます。
人間としての共通の悩みに、一緒に苦しみ、語り合うなかで、元凶となっている原因を明らかにし、取除いていくという行為が“ 折伏 ”であり、それによって、生命の本源的めざめを起こし、自他共に幸福となってゆく大道を開いてゆくことができるのです。

創価の折伏の本質は、慈悲にあり、慈悲がなければ、折伏とは言えません。
Category : 反 証 Comment : (0) |
2013-11-26(Tue)
今月の18日、創価学会創立の日に、「 Soka Gakkai Nichiren Buddhism Library 」という日蓮仏法の根本となる経典をはじめとして、仏教関係資料を収めた外国語のウェブサイトが開設されました。 今回は英語サイトですが、順次、諸言語のサイトを開設していく予定だそうです。

日蓮仏法ライブラリー 

・ Soka Gakkai Nichiren Buddhism Library

今回、英語サイトで閲覧できるのは、英訳の「 日蓮大聖人御書 」、「 法華経 」、「 御義口伝 」、「 仏教辞典 」となっています。
Googleのツールバーにある翻訳機能を使うと、日本語でも見ることができます。 少し違和感のある日本語かもしれませんが、皆さんも覗いてみてはいかがでしょうか。

世界129ヵ国地域に広がった創価の連帯は、世界広宣流布の新たな地平を目指して勇躍前進を始めました。 虚空会の会座に連なった生きとし生けるものの数ほどに、一堂に南無妙法蓮華経と唱える時代が必ずやってまいります。 諸言語のサイトの開設は、ささやかな第一歩ではありますが、そのための重要な一歩となるに違いありません。 関係者の方々の、なみなみならぬ努力に、感謝と喝采を送らせていただきたいと思います。
Category : 御 書 Comment : (0) |
2013-11-25(Mon)
創価学会常住の御本尊に「 大法弘通慈折広宣流布大願成就 」としたためられているように、創価の使命は日蓮大聖人の仏法・信仰を世界中の人々に広めていくことにあります。

宗教は学問ではありませんから、苦しむ民衆のために布教をしない宗教など、死んだ宗教といえるでしょう。 釈迦やキリストの生涯をみると、死ぬまで、歩き、語り続けた生涯でありました。
同じように、創価の歴史も布教の歴史といってよいでしょう。

戦後の数えるほどの人数から、25年で750万世帯という驚異的な数字が示すように、その布教活動は急速に拡大し広範囲におよびました。 このとき、他の新興宗教や仏教各派を鋭く批判したために、蜂の巣をつついたような状況となり、今は行われていませんが、草創期には、創価の青年が寺院や新興宗教の教会を訪問して法論を挑み、誤りを厳しく糺したため、各宗派は戦々恐々として反発を強めたのであります。

創価に対する非難は” 強引だ ”、” しつこい ”というものが多いのですが、宗教界では” 独善的だ ”、” 他の宗教を批判するのはよくない ”というのが大勢です。
創価にしてみれば、苦しむ人々を救いたいという思いから、日蓮大聖人の信仰を勧め、その不幸の原因となっている“ 誤った宗教 ”を道理のうえから糾弾しているのですが、鎌倉時代と同様に、感情的な反発と憎しみが先走り、” 折伏 ”という言葉は” 強引 ”で” 独善的 ”な布教方法だと思われるようになってしまいました。

しかし、” 折伏 ”は、正邪を明らかにし邪を破することをいい、けっして、物理的・心理的にむりやり屈服させることではありません。 道理を基盤にしたものなのです。 たとえば、天台大師がお一人で、大勢の南三北七の僧たちと公場法論したときも、眼をいからし、息を荒げ、拳を振り上げ威嚇していたのは南三北七の僧たちでした。 詰問する僧らを相手に、平静に、穏やかな面持ちで、論難一つ一つに対して経文を示しながら誤りを指摘し、嘘を攻め抜いて非を明らかにされています。 また、伝教大師はお一人で、南都六宗の高僧たちと公場法論して論難を破っており、反論さえできない南都六宗の高僧たちは、法論に敗れたことを認める承伏の謝状を天皇に提出しております。 

日蓮大聖人も佐渡に流されてまもなく、流刑地の三昧堂で数百人もの念仏や真言の信徒や僧に囲まれ、罵声を浴び、命を奪われそうな雰囲気の中で、威儀をただし、慈しみに満ちた面持ちを向け、落ち着いた口調で力強く明快に“ 折伏 ”されておられます。
Category : 反 証 Comment : (0) |
2013-11-22(Fri)
今週も、岩谷時子さんの作品を紹介させていただきます。

わたしが中学生の時、東京オリンピックのときにヒットした歌です。 シャンソン界において、越路吹雪さんと双璧を分つ岸 洋子さんが歌われております。

よい週末を。 (^^

・ 夜明けの歌
Category : 音 楽 Comment : (0) |
2013-11-19(Tue)
「 折伏 」、この言葉を聞くと、信心していない方は、反射的にいやな印象を持つようです。 アンチであれば、戦闘モードにスイッチが入ります。 世間から見れば、印象の悪い言葉のようです。

創価では、ずいぶん前から「 折伏 」と言わず「 仏法対話 」と言うことが多くなっていました。 かくゆう、わたしもそうであります。 しかし、草創期から信心している方からしてみると、「 仏法対話 」とゆう言い方は、なにか、こそばゆいというか、水で薄めたお茶を飲んでいるような感覚を覚えるようです。
わたしは、若いころに「 折伏 」と聞くと優鬱になった時期があります。 もともと、人と接することが苦手な(パニック症候群があった)ためですが、信心の話をしても、たいがいは反発され、ろくでもない情報を鵜呑みにして、中傷されることもあるからでした。 心の折れることもあり、折伏するのは勇気がいりました。

この「 折伏 」という言葉は仏教用語です。 反対語として「 摂受 」があり、創価が作った言葉ではもちろんありません。
言葉自体が出てくるのは勝鬘経(しょうまんきょう)という経典で、「 まさに折伏すべきものは、これを折伏し、まさに摂受すべきものは、これを摂受せん。 」と説かれております。 仏教の布教の仕方を二つに類型化すると、この摂受と折伏になるということです。 この摂受と折伏については、いろいろと議論がありますが、多くが表面的な捉え方に偏しているような気がします。 これから、何回かに分けてこのテーマについて、わたしの考えをまとめてみようと思います。

信心をすると個人に与えられる御本尊を戴きますが、創価にも本部常住の御本尊というものがあります。 常住というのは、創価の命(いのち)ともいえる意義をもつものであり、創価と不二の御本尊ということであります。 その御本尊には「 大法弘通慈折広宣流布大願成就 」としたためられており、創価の骨髄がそこには示されています。
Category : 反 証 Comment : (0) |
2013-11-18(Mon)
今日は創価学会創立の日。

この日は、時が経てば経つほどに、人類史上に燦然と輝きを増していく日であります。 
釈迦も予言し、日蓮大聖人も断言されている、一閻浮提広宣流布。 名もない庶民の手によって、師弟不二の誓願によって、その歴史が始まったのであります。 

いま、権威の呪縛を取り払い、民族、言語、地域、制度、文化を超え、それらを内包しながら、日蓮大聖人の慈悲が世界に染み渡るように広がっています。 大河は葉から零れ落ちる一滴のしずくから始まるように、明日からは、この日が、世界広宣流布の日となって始まります。

久しぶりに 「 I Have Dream 」 をお聞きください。



そして、「 世界広布の歌 」も



Category : 記念日 Comment : (2) |

* by 河越武蔵守頼重
遅くなりましたが、創立記念日
真に、おめでとうございます。

Re: タイトルなし * by 夕焼け.
頼重さま、こんばんわ。

おめでとうございます。 (^^

2013-11-15(Fri)
歌には、やはり恋の歌が多いですね。
恋など、この齢には関係ないはずですが、つい聞き入ってしまいます。

この歌は、岩谷時子さんが越路吹雪さんの為に、フランスのHymne à l'amour(イム・アラムール)というシャンソンを日本語に訳詞して、シャンソンショー「 巴里の唄 」の劇中歌として越路さんが歌ったものです。 訳詞とはいえ、原詞とは違う詞の部分が多く、岩谷さんのオリジナルともいえるような意訳となっています。 そういう意味から、この作品は岩谷さんの最初の作品といえるかもしれません。

よい週末をお過ごしください。 (^^

・ 愛の賛歌
Category : 音 楽 Comment : (0) |
2013-11-14(Thu)
現在、連載中の「 新・人間革命 」に、創価小学校の設立の経緯が描かれていますが、その中で、伸一(池田SGI会長)が小学校校舎の起工式を迎えて、深い感慨の中、先師である初代牧口会長に心の中で語りかける場面があります。


* “ 牧口先生! 先生は、国家のための人間をつくろうという教育の在り方に抗して、子ども自身の幸福を実現するために、創価教育を掲げて立たれました。 今、その創価一貫教育の学舎が、この小学校の建設をもって、完成を迎えます。
どうか、新世紀を、五十年先、百年先をご覧ください! 人生の価値を創造する人間主義教育の成果として、数多の創価教育同窓生が燦然と輝き、世界の各界に乱舞していることは間違いありません ”
 伸一は、先師・牧口常三郎と、まみえることはなかった。 しかし、彼の胸中には、恩師・戸田城聖と共に、常に牧口がいた。 戸田を通して牧口を知り、戸田の先師への誓いを、わが誓いとしてきた。 誓願の継承こそが、師弟の生命にほかならない。

< 若芽 18 >より


弟子は師の奴隷ではない。
ましてや師の権威に隷属する立場でもない。
弟子は師の誓願を自らの誓願として継承しゆく存在であり、師と弟子という関係ではあるが、深いところでは同志なのであります。 そのことを、創価の人間はよく知っていますが、信心していない人には、なかなか理解できないことのようです。

総本部落慶入仏式
(写真:2013年10月6日付け聖教新聞 総本部落慶入仏式)

創価の総本部が完成しました。
名づけられた名称が「 広宣流布大誓堂 」であります。
” 聖堂 ”で無く” 誓堂 ”。
創価らしい名称ではないでしょうか。
法華経に説かれた虚空会では、釈迦は末法の広宣流布を誓った地涌の菩薩にすべてを付属しています。 ” 生死一大事血脈 ”というのは、師の誓願を誓願とする弟子の姿の中にあり、創価の祈りの場所は、久遠元初から変わらず続く、誓いの場所なのであります。
Category : 創 価 Comment : (0) |
2013-11-08(Fri)
今日は、とても懐かしいザ・ピーナツの歌を紹介いたします。

この歌の作詞をされたのが、先月97歳で亡くなられた岩谷 時子さんです。 岩谷さんは、ザ・ピーナツをはじめ越路吹雪さん、岸 洋子さん、園まりさん、加山雄三さんなど、数多くのヒット曲の作詞をされていますが、ザ・ピーナツの「 ふりむかないで 」が最初のオリジナルの作品となっています。

よい週末を。 (^^

・ ウナ・セラ・ディ東京
Category : 音 楽 Comment : (0) |
2013-11-06(Wed)
中等部研修会
(写真:聖教グラフ 中等部研修会にて 昭和51年7月 神奈川)

昨日の聖教新聞に「 生命の光 母の歌 」と題されて、オーストリアの声楽家・サイフェルト博士と池田SGI会長との対話が掲載されていました。 
そのなかで、池田SGI会長は次のように話されています。


* 心のこもった声は命を軽やかにし、生きる力を与えます。 日蓮大聖人は、「 梵音声と申すは仏の第一の相なり 」と綴られています。 仏が持つ、人々を救いゆく数々の勝れた特徴の中で「 声 」が最も大切な性質であると説かれているのです。
 それは、何か特別な「 声 」ではありません。 自分の身近な人、縁する人を、心から励ましていく。 言葉巧みな言い回しなど必要ありません。 真心を伝えていくことです。 たとえ病気等で声が出せなくても、振る舞いで、自らの姿で人を励ますことはできます。 誰にでも、その人にしか幸せにできない人が必ずいるのです。

<第2章 声の力、文化の力>より


人は世界中で、どんなに多くの人がいようとも、その人は、たった一人しかいない。 一人しかいないけれども、他の人なしではその存在の意味は見いだせないし、生きてゆくことすらむずかしい。
一人は尊い存在ではあるけれど、他の人との関係性において生まれてくる尊厳性であり、価値といえるのではないだろうか。 潜在的に人は人を支えていく存在なのだといえるでしょう。 

他の人の何気ない思いやりの一言や、誠実な姿が、苦境にあるとき、どれだけありがたいことか。 勇気が湧き、闇に希望の灯が燈ります。 創価の連帯と拡大は、この有形無形の励ましと祈りから生まれていることを、わたしは知っています。 世界の人々が、この陣列に続々と加わってきているのは、この人間としての魂の共鳴からであります。

真の幸せは、他の人が幸せになることで生まれます。
Category : 創 価 Comment : (0) |
2013-11-05(Tue)
日常の風景


先月の10月28日にインド創価池田女子大学で第10回卒業式が執り行われました。 そのときの池田SGI会長夫婦のメッセージのなかには次のような言葉がありました。


* 仏典には「 人のために灯をともせば、自分の前も明るくなる 」と説かれます。 人に尽くす勇気の行動こそが、自他共の未来を燦然と輝かすのであります。 

* 朝の来ない夜はない。
  闇が深ければ深いほど暁は近い。
 「 創価 」とは、希望がないところにも希望を創り出していく、不屈の太陽の異名です。


利他の祈りと行動は仏の姿であり、それに連なることで、人は自らを尊厳たらしめ、金剛不壊の境涯と環境を創りゆくことができるのであります。 勇気ある行動こそ創価の魂であります。
創価の信心は究極の希望となるものです。 不可能を可能としゆくのがこの信心です。
妙法とは尽きることのない蘇生の力のことであり、法華経には「 如来秘密 神通之力 」 と説かれており、妙法の当体とは御本尊のことでありますが、南無妙法蓮華経と唱え、人に信心を語りゆく我らのことでもあります。
Category : 創 価 Comment : (0) |
2013-11-03(Sun)
ご無沙汰していました。

実は、PCのHDD(ハードディスク)が壊れました。 まったくの突然で、最初はシステムの不具合かと思いましたが、HDDでした。 

Oh My God!

やっと、ブログのメンテナンスが終わったのに、泣きっ面に蜂とはこのことです。

データーはバックアップがあるので問題はありませんが、システムの構築や諸々の設定、アプリケーションのインストールは面倒で気の折れる作業です。 古いソフトが多いですから、アップデートするのも大変です。

休みに新しいHDDを買いに行ったお店で、店員さんに、「 HDDは使い方にもよりますが、5年過ぎたら注意しないといけません。 」と言われました。 わたしの使ってるPCはもう7年以上たっていますから、壊れても不思議ではないということでしょうか。 そういえば、ずいぶん前に使っていたMACのHDDが壊れたのが5年目でした。 ” なるほどなぁ ”と思いつつ、今回はデーターのバックアップをこまめにしておいて良かったと思いました。

さて、HDDを交換し、作業をやり始めると、仕事や学会活動もあるのに、長年、システムの変更やPCの買い替えで、そのままにしていた過去のデーターのことが気にかかり、その整理に手を出してしまい、復旧させるのにとても時間が掛かってしまいました。

しばらく音沙汰もなく、申し訳ありませんでした。
m(_ _)m

総本部完成の祝賀行事前に、復旧させることができてホッとしています。 (^^)
Category : 日 記 Comment : (0) |
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。