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2013-05-18(Sat)
わたしは、30代のころ、小椋佳さんの1本のカセットテープを買いました。 そして歩きながら、何回もそのカセットテープを聞くようになりました。 知らない曲も多く、最初は変わった曲だなと思ったものもありましたが、澄んだ歌声と旋律は、とても魅力があり、独特の世界観を感じさせるものでした。

今日は、その中から、詩人の佐藤春夫さんの作品に曲をつけ、歌ったものを紹介いたします。

よい週末をお過ごしください。 (^^

・ 海辺の恋
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2013-05-15(Wed)
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SGI池田会長は折々の会合で御書を繙き、次のように語られております。


【 本文 】 四条金吾殿御返事 (1143P) 
『 ただ世間の留難来るとも・とりあへ給うべからず、賢人・聖人も此の事はのがれず、 (中略) 苦をば苦とさとり楽をば楽とひらき苦楽ともに思い合せて南無妙法蓮華経とうちとなへゐさせ給へ、 』

【 通解 】 
世間のさまざまな難が起こっても、いちいち悩んで相手にすることはない。たとえ賢人や聖人であっても、難を受けることは逃れられないのである。 (中略) 苦しみは苦しみと達観し、楽しみは楽しみと開いて、苦しくても楽しくても、南無妙法蓮華経と唱えきっていかれることである

【 指導 】
悩みのない人生、また問題のない世界など、どこにも存在しない。 むしろ、いろいろなことがあるからこそ、人生はおもしろいのである。 そして、妙法とともに生きゆく人生は、何があっても最高の 「 知恵 」 を発揮して打開していける。 「 所願満足 」 の価値ある一生を勝ち取ることができる。

< 御書とその心 >より


日寛上人は、自ら死期を悟り、好物の蕎麦を用意させ、食されてから莞爾として笑われ 「 嗚呼面白や寂光の都は 」 と言われると、身を正して御本尊に向かい、一心に合掌し、題目をあげられてから微動だにせず亡くなられた、と伝えられております。 そう、妙法に生き抜いた人生は、実に思い出深く、その苦楽のすべてが、境涯の深化をいざない、常楽我浄、所願満足の人生へと昇華させていくのです。
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2013-05-14(Tue)
この御書は、弘長元年(1261年)4月、鎌倉において、椎地四郎に与えられた、日蓮大聖人40歳のときの御手紙です。

椎地四郎は駿河国駿東郡(静岡県沼津から御殿場のエリア)に住んでいたといわれ、四条金吾、富木常忍とも親交があったようです。 どのような方か詳細は不明ですが、日蓮大聖人の葬送に参列した記録が残されており、地道に信仰を続けられた方ではないでしょうか。
日蓮大聖人は、この年の前年には松葉ヶ谷の法難、そして、この年の5月には伊豆流罪と、 「 立正安国論 」 を上奏してから、矢継ぎ早に、念仏者たちに狙われ、讒言によって迫害されます。 そして、いよいよ、末法の法華経の行者として、これに続く大難に立ち向かわれてゆきます。


【 要 文 】

『 末法には法華経の行者必ず出来すべし、但し大難来りなば強盛の信心弥弥悦びをなすべし、火に薪をくわへんにさかんなる事なかるべしや、大海へ衆流入る・されども大海は河の水を返す事ありや、法華大海の行者に諸河の水は大難の如く入れども・かへす事とがむる事なし、諸河の水入る事なくば大海あるべからず、大難なくば法華経の行者にはあらじ、天台の云く「衆流海に入り薪火を熾んにす」と云云、法華経の法門を一文一句なりとも人に・かたらんは過去の宿縁ふかしとおぼしめすべし、 』

『 法師品には若是善男子善女人乃至則如来使と説かせ給いて僧も俗も尼も女も一句をも人にかたらん人は如来の使と見えたり、 』

『 生死の大海を渡らんことは妙法蓮華経の船にあらずんば・かなふべから。 』

『 抑法華経の如渡得船の船と申す事は・教主大覚世尊・巧智無辺の番匠として四味八教の材木を取り集め・正直捨権とけづりなして邪正一如ときり合せ・醍醐一実のくぎを丁と・うつて生死の大海へ・をしうかべ・中道一実のほばしらに界如三千の帆をあげて・諸法実相のおひてをえて・以信得入の一切衆生を取りのせて・釈迦如来はかぢを取り・多宝如来はつなでを取り給へば・上行等の四菩薩は函蓋相応して・きりきりとこぎ給う所の船を如渡得船の船とは申すなり、是にのるべき者は日蓮が弟子・檀那等なり、 』
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2013-05-13(Mon)
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(Wikipedia PD 宣言の草稿を作るリンカーン大統領)

休日に、映画 「 リンカーン 」 を観てきました。

監督はスティーブン・スピルバーグ。 リンカーン役はダニエル・デイ-ルイスが演じています。 彼はこの作品でアカデミー賞主演男優賞に輝き、3度目のオスカーを手にしました。 映画は、4年も続いた南北戦争の末期、ワシントンを舞台とした修正憲法第13条の採決をめぐる政治的駆け引きと、それをめぐる、リーンカーンとその家族の葛藤を描いております。

修正憲法第13条というのは、あの有名な奴隷解放宣言を憲法に規定する条文で、当時、上院ではすでに可決していましたが、下院では、2/3以上の賛成をとるのがとても難しい情勢にありました。 リンカーンは過酷な心労と、苦渋の決断を強いられます。 そして、反対議員の懐柔工作と、和平の進展を遅らせる工作を決断してゆきます。 映画の後半に、大統領が、2人の若い電信士と短い会話の後、電報を依頼する場面や、大統領執務室でリンカーンが静かに採決を待っているときに、町の鐘が次々と鳴り響いてくる場面がありますが、ぜひ映画を観て、いろいろな思いを感じとってみてください。

リンカーンが、採決が大変だから、2/3ではなく1/2以上の賛成を修正要件にしよう、と言い始めたとしたら、どんなことになっていたでしょう。 想像してみるに、わびしいというか、さみしい気持ちにさせられます。 それは、憲法の威厳や権威を貶める、あまりにも貧相な発想であり、リンカーンにはそんな発想は微塵もあるはずがありません。 2/3以上の賛成だからこそ価値があり、重い意味があるのだと思います。 
日本の場合は国民投票があり、衆参両院の発議要件は1/2でもいい、という考えがありますが、それは、国民投票の投票率と採決要件を2/3以上とするならば、それもよいと思います。
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2013-05-11(Sat)
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(清朝前期の勢力範囲図)

中国の最近の動きを見ていると、危ういなぁという印象を持っています。

軍の近代化と軍拡を貪欲なまでに追及していますが、その姿は、かつての日本を見る思いがいたします。 自らの主張は戦争をしてでも追及していく、という意図が背後に見てとれます。 国内のナショナリズムと軍の力が暴走しないことを祈るばかりであります。

先週、人民日報に沖縄の帰属について、日本の領有は認められないという論説が載ったそうですが、尖閣問題でシビレをきらしているのでしょうか。 前から、軍の高官や、外務省の高官が、同じような発言をしていたのは知っていましたから、いまさら驚くに値しないのですが、中国政府が意図をもって掲載したことは明らかで、これはまったくの失態、つまずきといえるものです。 これで、中国は自らの首を絞めてしまう危険があります。 国際社会は中国の野望に確かな不信感を抱くにちがいありません.

日本は第二次世界大戦で降伏し、占領統治下に置かれ、サンフランシスコ講和条約の締結で、沖縄の領有を失いました。 論説では日本が武力で奪い取ったのだから、今の日本に沖縄の主権は認められないと主張していますが、この時点で日本は一旦領有権を失っていることを、まったく無視し決めつけています。 武力で併合した後に手放しているのですから、今の沖縄の領有は武力で奪い取ったものではありません。 当時の日本政府がアメリカと交渉し、沖縄の「本土復帰」へと結実したもので、平和的に領有権を得たものです。 この功績で、その時の首相であった、佐藤栄作氏にノーベル平和賞が贈られましたが、これは、その証明ともいえるものです。 復帰した当時は、政治的にほとんどの沖縄人がその復帰を望み喜んでいましたが、その後の東西冷戦やベトナム・中東の戦争などによって、現実は大変厳しいものになってしまいました。
この沖縄の復帰運動が行われていたとき、中国は、沖縄は日本に返還されるべきだと主張していたのですから、今の中国は、自語相違もなははだしいといえるでしょう。 手前勝手と言われても致し方がないものです。

ところで、わたしは、沖縄の大多数の人が望めばという前提が必要ですが、沖縄の独立には賛成です。 その時には基地のない、平和な独立した国を作ってほしいと思います。 しかし独立するまでの道のりには、解決しなければならない、難しい問題があります。 経済基盤の確立、国籍と居住権の問題、社会保障の継続、通貨の変更、選挙権の問題、防衛の問題、中国外交、・・・・・・などなど、そう簡単なことでありません。 チベット方式で中国に支配される可能性もありますから、じっくりと準備・研究し、国際的な支持を得ていくことが大事だと思います。

そうはいっても、沖縄は同じ日本でいてほしい、という思いもあります。
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No title * by 河越武蔵守頼重
彼等の思想の根底に
中華帝国思想が根強いのですよね。
だから、沖縄を平気で我々の領土とか言う始末。
沖縄の人が、怒らないのが理解出来ない。
中国は、周辺国とも領土問題で争ってる。
人種差別は、いけないのは解ってますが
如何しても、中国人と朝鮮の人々を好きに成れません。

ま、同志は別格ですが・・・

如何しても、受け入れが出来ないのも事実です。

No title * by 夕焼け
河越武蔵守頼重さん、おはようございます。

今の中国は、清朝時代の繁栄を夢見て、領土にせよ、経済にせよ、軍事力にせよ、失ったものを追い求めているように思えます。 今後も、経済の繁栄→軍備の増強→領土の奪還へと突き進んでいくでしょう。 その過程で、資源の確保に必要な、あらゆる施策・行動を実行するはずです。 共産主義は一党独裁ですから、封建社会と体制構造は同じで、帝国主義に陥るのはとても簡単です。 ” 中華の復興 ” が中国の夢なのでしょうが、それが ” 帝国の復興 ” だとすれば、時代錯誤もはなはだしいといえます。

No title * by うるとらまん
沖縄独立論は少数意見ながらいますね。
それは、本土の方々への不信感からきていることです。
4月28日は自主独立した日として安倍総理はお祝いていましたが沖縄から見れば親から切り離され憲法も司法もない屈辱の時代への幕開けの日です。
私の組織にはアメリカ人の同志で構成されるマーシー本部があります。
普段は人を殺す練習している彼らが真剣に題目を唱え学会活動に励んでいます。
そんな彼らに敵意を抱く同志はいません。
信頼関係が大事だと思います。

No title * by 夕焼け
今回の式典は、とても残念です。 
わたしは、沖縄の人達の気持ちを思うと、言葉がでません。

創価では、国の違い、人種の違いなどを超えた気持ちでつながることができます。 このような世界を、どんどん拡げてゆきたいですね。 人と人が、相手の幸せを願うような世の中になれば、戦争もなくなるはずです。

2013-05-10(Fri)
音楽家のOmar Akram(オマー・アクラム)という方の作品です。

アフガン系アメリカ人で国連外交官の息子として、ニューヨークに生まれ、多くの国で生活しながらピアニストとして成長。 自ら曲を作って演奏し、2012年に出したアルバム 「 愛のエコーズ" 」 はグラミー賞に輝いています。 彼の曲は、安らぎの音楽として、多くのフアンに親しまれています。

ゆっくりと体を休め、目をつぶりお聞きください。

よい週末をお過ごしください。 (^ ^

・ Trust Unspoken
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2013-05-09(Thu)
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(写真:国会中継 安倍首相)

昨今、憲法問題、尖閣問題、日韓歴史問題などなど、内憂外患の日本となってきております。 そんな中で、最近、わたしが憂慮してることがあり、すこし話しておきたいと思います。

そのひとつが、靖国神社についてであります。

靖国は神道の神社でありますが、他の神社と違い特殊な存在であります。 それは、軍隊の兵士として戦士した人を祀っているからであります。 明治維新から第二次世界大戦に至る戦死者であります。 自衛隊員は軍人ではありませんから、靖国神社には祀られていません。 戦争で犠牲になった民間人も、基本的に祀っていないのです。
もともと、靖国神社は、東京招魂社として兵士の御霊を鎮魂するために設けられ、軍が管轄していたもので、明治12年になって明治天皇の命名により、国の管轄下に置かれました。 第二次世界大戦後には政教分離がなされ、靖国神社は国の管轄から離れ、一宗教法人となり、現在に至っています。

最近、個人としてでしょうが、大挙して閣僚や政治家が参拝して、韓国や中国が激しく抗議しておりますが、背景には第二次世界大戦を主導した、責任者(軍人でない人が含まれる)が祀られていることによります。 戦後、昭和天皇も靖国神社に参拝しておりましたが、A級戦犯が合祀されてからは参拝をやめられております。 安部首相は今回参拝はしておりませんが、閣僚の参拝を容認し 「 国のために尊い命を落とした英霊に尊崇の念を表するのは当たり前だ 」 と、発言しております。
この発言に、わたしが日本人でも、 ” それはおかしいんじゃない ” と思うのに、韓国や中国が騒がないはずはありません。 ” 国のため ” と中国で戦争をし、韓国を併合した侵略行為を日本のためと明言しています。 さらに、それを行った軍人や政治家を ” 尊崇の念 ” と賛美して崇めてしまっているのです。 これは、小泉首相が、鎮魂と不戦の誓いで参拝したということと、大きく意を異にする内容です。 そもそも、個人がどのような思いで、どこに参拝しようと自由ですが、国会の場で、しかも、一国の最高権力者としてそのような発言をしたのですから、この発言は公式な政府の見解となったのです。 静かに個人で参拝する事より深刻です。

どうして、こうも幼児的なのでしょう。

わたしは、創価の思想的背景を持っていますから、信教の自由と政教分離は断じて守らなければいけないと思っています。 
その意味で、国の神道崇拝の道を模索するような意図には敏感にならざるをえません。 国教化するとは思いませんが、神社を国や自治体の行事に積極的に取り入れるようになることを危惧しています。 一方的に選択の余地のないような状況を作り出すことには反対です。 また、戦前回帰のような国体政治には断固として反対します。 今の神社には、守護する神は立去って居ません。 代わりに悪鬼が住みついている場所だというのが、創価の主張であり、神社を国の鎮護とするようなことをすれば、間違いなく、日本は第二次世界大戦のような災禍を招くことになる、と、主張するものです。
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No title * by じろう
よーく分かります私も同じ考えでした。
国会中継など見ますと、そうも言ってられない事実があるようです。
調べてみましたが中立的に書かれていました。
一度、お調べになって見て下さい。
60代の方たちと討論しても私のような考えを持つ者がいないので、視野を広くし調べた次第です。
否定してるわけではないので。

No title * by 夕焼け
じろうさん、こんばんは。

> そうも言ってられない事実があるようです。

とは? 情報提供をお願いします。(検索キーワード等)

No title * by 河越武蔵守頼重
安倍さん、変ですよ。
今日になって、トーンダウン。
だったら、最初から変な事言わなきゃ良いのです。
維新やみんなの党が唆すからこんな事に成る。
アメリカさんにまで、極右人間として名指し批判される始末。
日本を、如何しようと考えてるのでしょうか?
総理夫人も、人種差別主義者やネット右翼・国粋主義者に
韓国の御芝居見に行った事をフェイスブックで批判されてました。
いつから、こんな堂々と国粋主義が罷り通る様に成ったのか?
変な国、日本は。
戦前の日本と変わりない。
夫人も、非国民に成るのですかね?
意味が解りませんよ、日本の現状が。

No title * by 夕焼け
河越武蔵守頼重さん、おひさしぶりです。

そうですね、デモでヘイトスピーチが叫ばれたりして、
嘆かわしいものです。
2ch 化していますね。

安倍さんは、言葉足らずにならないよう、思慮深く発言しないと、鵜の目鷹の目で狙っている、マスコミや中韓のいい餌食になってしまうでしょう。 「主権回復の日」の式典も、いただけないですね。 安倍さんの失策です。 名前の付け方が悪い。 沖縄の気持ちが頭からすっぽりと抜けていたのでしょね。 与党の一員として公明党にも責任があります。

No title * by 河越武蔵守頼重
そう、あの式典は頂けない。
陛下が、最後退出する時の動揺した御顔
御覧になられましたか?
何の為に、御言葉を発しなかったのか。
陛下は、あそこに行くこと自体良く思ってない節があります。
反対意見の有る式典に行く事自体
陛下は行きたがらなかったと聞きます。
あの陛下が退出される時に一部の参列議員が
「天皇陛下万歳」と三唱されたので
陛下が困惑した顔為さってました。
陛下の大御心を理解出来ないでしょう彼等は。

No title * by 夕焼け
わたしは式典のTV中継を見ませんでした。
そうでしたか。
まさに、天皇利用ですね。

2013-05-08(Wed)
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今日は御本尊について語りたいと思います。

御本尊について、日蓮大聖人の御書には 『 末法に入つて法華経を持つ男女の・すがたより外には宝塔なきなり、若し然れば貴賤上下をえらばず南無妙法蓮華経と・となうるものは我が身宝塔にして我が身又多宝如来なり、妙法蓮華経より外に宝塔なきなり、法華経の題目・宝塔なり宝塔又南無妙法蓮華経なり。
今阿仏上人の一身は地水火風空の五大なり、此の五大は題目の五字なり、然れば阿仏房さながら宝塔・宝塔さながら阿仏房・此れより外の才覚無益なり、聞・信・戒・定・進・捨・慚の七宝を以てかざりたる宝塔なり、多宝如来の宝塔を供養し給うかとおもへば・さにては候はず我が身を供養し給う我が身又三身即一の本覚の如来なり、かく信じ給いて南無妙法蓮華経と唱え給へ、ここさながら宝塔の住処なり、経に云く「法華経を説くこと有らん処は我が此の宝塔其の前に涌現す」とはこれなり、あまりに・ありがたく候へば宝塔をかきあらはし・まいらせ候ぞ、子にあらずんば・ゆづる事なかれ信心強盛の者に非ずんば見する事なかれ、出世の本懐とはこれなり。
 』( 阿仏房御書 1304P )とあります。
また、他の御書には 『 此の御本尊全く余所に求る事なかれ・只我れ等衆生の法華経を持ちて南無妙法蓮華経と唱うる胸中の肉団におはしますなり、是を九識心王真如の都とは申すなり、十界具足とは十界一界もかけず一界にあるなり、之に依つて曼陀羅とは申すなり、曼陀羅と云うは天竺の名なり此には輪円具足とも功徳聚とも名くるなり、此の御本尊も只信心の二字にをさまれり以信得入とは是なり。 』( 日女御前御返事 1224P )とあります。
これらは、御本尊について書かれた、とても重要な御書であります。

誤解を恐れずに語ってゆけば、日蓮大聖人は、わたしたちが御本尊に唱題するとき、その身は本覚の如来であり、南無妙法蓮華経の当体なんだ、と仰られています。 これは、わたしたちが、御本尊に南無妙法蓮華経と唱題し、広宣流布に生き抜いていくならば、御本仏とまったく変わらない仏である、という意味なのです。 そして、日蓮大聖人は、そう信じて南無妙法蓮華経と唱えていきなさい、と、強く仰られています。 

毎日、御本尊に向かい、書かれてある一字一字の意味を探っていくと、日蓮大聖人の出生の本懐は御本尊に尽きる、と、つくづく思います。 すべてが御本尊に説かれているのです。
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2013-05-07(Tue)
この歌は、インドネシアの日本語を学ぶ学生たちの劇団が、日本に留学するインドネシア人留学生の旅立ちを描いたミュージカルのために作ったものです。 公演の準備で歌を録音収録するその日、東日本大震災が起こりました。 日本の惨状を見るにつけ、被災地を励まそうと、劇団の人たちが呼びかけて、歌詞に手を加え、インドネシア全域から集った500人の大学生と歌ったものです。

わたしは、最近このことを知り、インドネシアの青年たちの励ましの姿に胸打たれ、感動いたました。 みなさんありがとう。


・ 桜よ ~大好きな日本へ~
                   作詞 甲斐 切清子
                   作曲 ヌルファドゥリ
                      ・プラタマ

桜が心に残るのは 人肌に似ている 
桃色のせいだと みんな知っている

桜の命が愛しいのは わずかで散り落ちる 
はかなさのせいだと みんな知っている

桜を誰かと見たいのは この花のやさしさを
分かちたいせいだと みんな知っている

桜よ 咲き誇れ 青空を背にして咲き誇れ
桜よ 咲き誇れ 星空に浮かんで咲き誇れ

みんなで笑える 歌える 抱きあえる 生きていける
この花が咲くたびに 重ねる想い出

何かを 失う寂しさ あきらめる悲しさ
でも春は来る 来年も その先も ずっと先も

桜よ 咲き誇れ 日本の真ん中で咲き誇れ
日本よ 咲き誇れ 世界の真ん中で咲き誇れ
私よ 咲き誇れ この道の真ん中で咲き誇れ

桜よ 桜よ 桜よ
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2013-05-06(Mon)
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大白蓮華5月号に掲載されている、池田SGI会長の御書講義 「 四条金吾殿御返事(梵音声御書) 」 のなかで、 『 此の法華経の一字の功徳は釈迦・多宝・十方の諸仏の御功徳を一字におさめ給う、たとへば如意宝珠の如し 』 の御文について、池田SGI会長は次のように講義されておりました。


* この広大無辺な妙法の功徳を大聖人は 「 如意宝珠 」 に讐えられています。 如意宝珠とは、無量の宝を意のままに取り出すことができる珠のことです。

この 「 如意宝珠 」 について、かつて戸田先生が語ってくださった指導が忘れられません。 それは昭和30年(1955年)7月の杉並支部総会でのことです。
先生はまず、 「 如意宝珠とは、心のままに宝を出す珠のことをいうのです。 家がほしいと思えば家ができ、金がほしいと思えば金ができ、なにひとつとして心のままにならぬものはないという珠を、無上宝珠というのです。 」 と、私たちに分かりやすく教えてくださいました。 そして凛然と語られました。 「 御本尊様は、しからば、なにごとを求めても得られるか。 はっきりと私は申しあげます。 いかなる願いも、かなわないことはないのです。 」

叶わない願いなど断じてない! 恩師の烈々たる宣言でした。 私たちも、この大確信で心して進んでまいりたい。 妙法を信じ抜き、題目を唱え抜き、果敢に実践し抜いていく限り、絶対に行き詰まりはありません。 信心があれば、私たちの胸中に如意宝珠の御本尊が厳然と輝きわたっているからです。

< 勝利の経典「脚書」に学ぶ 52>より


戸田先生の指導は御本尊に対する絶対の確信に貫かれております。 ひとつの迷いも逡巡もありません。 このような確信で御本尊と対峙するのでなければ、本当の御本尊の力を引き出すことは出来ないでしょう。 このような確信を、日々の生活という道場で鍛えあげていかなければ、と、思います。
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2013-05-04(Sat)
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(写真:2013年5月3日付聖教新聞  4月27日東京新宿区内)

5月3日の聖教新聞に掲載された、池田SGI会長と奥様の写真です。
池田先生のお顔は変わりありませんが、お体はすこし痩せられたように感じます。 写真を拝見していて、思わず “ 先生。 いつまでもお元気で! ”  と、心のなかで語りかけていました。

思えば、第3代会長に就任されてから53年間、どれだけの人が池田先生に励まされ、勇気と希望を抱いて蘇生したことか。 今までの人生の中で、これほど人間性に溢れ、厳しくも慈愛に満ちた人を、わたしは知らない。 池田先生の振る舞い、語られる言葉に、感動し、尊敬の念を抱かずにはおられません。

わたしは、代々の会長の信念と行動、そしてなによりも、その人間性を範としていきたい。
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2013-05-02(Thu)
長い間休稿していましたが、再開させていただきます。

PCのオペレーションソフト交換中のトラブルやデーターの整理に手間取ったり、そこへ仕事・学会活動等の多忙が重なり休稿が続いておりました。  休稿中に訪れていただいた方には大変申しわけありませんでした。 また、コメントをいただきながら、返事ができずにいたことをお詫び申し上げます。
m(_ _)m

ゴールデンウイークを機会に少しづつ投稿いたします。 (^ ^
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No title * by あべひ
少々心配しておりました。
あまり無理をなさらないでください。

No title * by 夕焼け
あべひさん、こんばんわ。

ご心配おかけして申しわけありません。
ありがとうございます。

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