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2011-11-30(Wed)
わたしは、このビデオを見て、涙が溢れてきました。



皆さんには、たあいのないものに映るかもしれませんが、昭和30年代後半、草創の息吹が残る時代を見てきただけに、どうしても、嬉しくて泣けてくるのです。 ここに映る人々と当時の同志の姿が重なるのです。 みんな、尊い庶民の姿です。

あの人も、この人も、世間にばかにされながも健気な姿で懸命に宿業と格闘し、広宣流布に生きてきました。 その功徳が今、世界に花を咲かせようとしているのです。 この映像を見て、なによりも ” 時が来た ” との感慨に、心が揺さぶられるのです。

牧口先生。 戸田先生。 池田先生。 
ここまで、連れてきてくださり、本当にありがとうございます。
この大道を、過てず、しっかりと歩み、未来に必ず繋いでまいります。

m(__)m


アルゼンチンの同志が歌っているこの歌詞は、SGI池田会長が、戸田第二代会長と出会う前、共に、生きる指標を模索し、文学や哲学を学び合っていた友に、キリスト教に入ると告げられ、それに答えるように 「 自分は体が弱く生活も苦しいが、社会のために貢献できる人生を 」 と語ったときの情景を、詩に託してノートに記したものであります。 結核に冒されながらも、明日に向かって希望を抱いて友と語った、池田青年19歳の戦後間もないころでした。

・ 森ヶ崎海岸
                    作詞  山本 伸一
                    作曲  本田 隆美

        岸辺に友と 森ヶ崎
        磯の香(か)高く 波かえし
        十九の青春 道まよい
        哲学語り 時はすぐ
        友は悩めり 貧しけれ
        基督(キリスト)の道 われ行くと
        瞳きびしく 月映(は)えて
        つよき鼓動に 波寄せり

        崩れし土手に 草深く
        いかなる虫か 知らねども
        今宵は詩歌を つくらんと
        楽(がく) 平安の 念(おも)いあり
        されども友は 黙しけん
        いかに生きなば わがいのち
        深園の月に 飛びゆかん
        涙を拭い 悲歎あり

        友の孤愁に われもまた
        無限の願望 人生を
        苦しみ開くと 誓いしに
        友は微笑み 約しけん
        友の求むる 遠き世に
        
        たがうも吾れは 己(おの)が道
        長歌(ちょうか)の舞台 涯(はて)しなく
        白髪(しらがみ)までも 月語る
        君に幸あれ わが友よ
        つぎに会う日は いつの日か
        無言のうちの 離別旅(わかれたび)
        銀波ゆれゆく 森ヶ崎
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2011-11-29(Tue)
何度も何度も言われてきたことですが、仏法対話は成果(入信決定)に功徳があるのではありません。

わたしは、多くの創価の同志がそうであるように、仏法対話の成果が挙がらないからと、同志を責めたり、粗末にしたことは一度もありません。 わたしは、むしろ仏法対話しても、なかなか成果の上がらない人を励まし続けてきました。 この心は、とても大事な創価の心であり、代々の会長の心でもあります。  今日の聖教新聞の新・人間革命(共戦15)にも、そのことが語られています。


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(聖教新聞2011年11月19日付 新・人間革命 共戦 15)

* それぞれが、家に帰れば、経済苦や家族の病苦、家庭不和などの問題をかかえていた。 しかし、 ” 広宣流布のためには、何も惜しむまい ” ” この闘争で自身の生命を磨き、宿業を断ち切ろう ” と、はやる心で駆けつけた健気な同志たちであった。 ところが、つてを頼りに訪問し、仏法の話をしても、聞く耳をもたぬ人ばかりであった。 盛んだった意気は消沈した。 丘の上から街の明かりを眺めながら、 ” この街には、こんなにたくさんの人が暮らしているのに、一人も折伏することができないのか…… ” と、悔し涙を流す人もいた。
 そんな、同志に、勇気の光を注ぎ、闘魂を燃え上がらせたのが、開拓指導の責任者である伸一であった。 弘教が実らぬと嘆く人には、こう諄々と訴えるのであった。

「 折伏、すなわち成仏の種子を下ろす下種には、 ” 聞法下種 ” と ” 発心下種 ” とがあります。 ” 聞法下種 ” とは、仏法を説き聞かすことです。 ” 発心下種 ” とは、その結果として信心を発し、御本尊を受持することです。 たとえ、相手が、すぐに信心しなくとも、仏法を語れば、心田に仏種を植えたんですから、いつか、必ず信心します。 ゆえに、この ” 聞法下種 ” こそが折伏の根本なんです 」

<新・人間革命 共戦 15>より


広宣流布の戦いですから、一人でも多くの人を入信に導かなければなりません。 しかし、数にこだわり、内実をおろそかにする戦いは下の下の戦いです。 一人一人が宿命転換し功徳を受け、人間革命して、社会に家庭に模範となるような運動で無ければ広宣流布とは言えません。  なによりも、懸命に唱題し、仏法対話を重ねることが、功徳になるのであり、宿命転換・人間革命の戦いとなるです。 懸命に唱題し、仏法対話を重ねれば、必ず入信する人が現れます。 勇気をもって、忍耐し続けていけば、福運も付き、人間革命してゆきますから、必ず実を結ぶ時がくるのです。 その反対に、目先の成果に価値をおいていくならば、必ず信心が停滞していきます。 幹部で、成果主義の人もいますが、そんな人は大概はラッパ吹き幹部で、指導力もなく、率先もしない、言うだけの人です。 いずれ学会を批判して退転していくような人です。 退転していく幹部は、大概が自分がやってきたことを、創価を出てから批判する、マッチポンプのような人が多いのです。 51年間、創価の組織にいて、そう実感しています。

日蓮大聖人は 「 日蓮一人はじめは南無妙法蓮華経と唱へしが、二人・三人・百人と次第に唱へつたふるなり、未来も又しかるべし、是あに地涌の義に非ずや、剰へ広宣流布の時は日本一同に南無妙法蓮華経と唱へん事は大地を的とするなるべし 」 と仰っています。 広宣流布は間違いなく出来るのです。 私たちが心配しなければいけないのは、次に続く 「 ともかくも法華経に名をたて身をまかせ給うべし 」 の言葉ではないでしょうか。
Category : 創 価 Comment : (2) |

No title * by トッシー
夕焼けさんこんばんは☆

折伏したい気持ちが、ますます上がりました^^

忍耐強く唱題して、勇気をもって行動していきたいと思います。

No title * by 夕焼け
トッシーさん おはようございます。

仕事も信心も頑張ってくださいね。 (^^

2011-11-28(Mon)
禅宗では、釈迦が瞑想に入って悟ったように、禅法を修すれば、仏の悟りを得ることが出来るというのです。 そのため釈迦の説いた経典は成仏に無用であり、菩薩の修行も必要ないとして、見性成仏・直指人心(人の心が直ちに仏性を見ることができる)を説き、悟り=仏であり、即心即仏であると主張しています。 しかし日蓮大聖人は、 『 涅槃経に云く 「 願つて心の師と作つて心を師とせざれ 」 云云、愚癡無懺の心を以て即心即仏と立つ豈未得謂得・未証謂証の人に非ずや。  』 と、きびしく破折しております。 禅宗は、釈迦が菩提樹の下において悟ったときの禅法だけを真似て、無我の境地を目指しているのでしょうが、無上菩提(仏)に至ることはけっしてありません。 悟るのは自身の過去世において積んだ境涯、あるいは三毒にまみれた心に相応したものでしかありません。 悟りといっても色々とあるのです。 たとえ悟ったところで天界までがやっとであります。 声聞・縁覚に至らないのは、教説を聞こうとする耳を塞ぎ、実相を如実に見つめる目を閉じているからで、菩薩に至らないのは、禅に執着して利他の修行を軽んじるからであります。 このように、三聖の悟りにすら至らないのに、どうして仏の悟りに至るでしょうか。 釈迦の教説・法華経は成仏に無用として、法華経で成仏の記別を受けた迦葉にも師敵対しますから、悟るといっても、それは驕慢の悟り、天魔に魅入られた悟りでしかないのです。

瞑想そのものは、インド古来からあり、バラモン教に多くの苦行を伴う瞑想法がみられます。 釈迦も心を定める方法として採用し、小乗禅として発展しました。 しかし、過去世に釈迦と共に修行してきた上根上機・有縁の人は、正直捨方便の法華経において成仏しており、禅定だけの修行などはしておりません。 禅定は戒定慧の中の四禅定や六波羅蜜の一つなのです。 禅定により天上界に至るのはとても難しく、仮に禅定で欲界の惑を離れて色界に至ったとしても、それは天上界の悟りであります。 凡愚の心では欲界の主である天魔に捕まり、惑わされるのがおちです。 禅定は、天台も大乗禅として止観の修行にも取り入れていますが、天台の止観は、法華経を捨てて、ただ観を正ととるような禅宗とはまったく違うものです。 日蓮大聖人は 『 若し達磨の禅観に依るといわば教禅は未顕真実妄語方便の禅観なり法華経妙禅の時には正直捨方便と捨てらるる禅なり、祖師達磨禅は教外別伝の天魔禅なり、共に是れ無得道妄語の禅なり仍て之を用ゆ可からず、 』 と、また 『 故に知んぬ法華経を捨てて但だ観を正とするの輩は大謗法大邪見天魔の所為なることを、其の故は天台の一心三観とは法華経に依つて三昧開発するを己心証得の止観とは云う故なり。 』 と強く指弾しております。

釈迦が仏の因を積んだのは、過去世の法華経の受持と、その菩薩行にあることは、釈迦自身が法華経で明確に語っていますから、偏頗な修行を修しただけで仏と成ることは不可能であり、兎株に執着するならば、いずれ悪見を抱いて無間地獄の業を積むことになるでしょう。 日蓮大聖人は 『 禅宗は理性の仏を尊んで己れ仏に均しと思ひ増上慢に堕つ定めて是れ阿鼻の罪人なり、 』 と、きびしく指摘しております。 いくら人に仏性があるといっても、ただ心を無我にすれば体現できる、というものではありません。 体現するためには生命の領域での変革が必要となってくるのであります。 それは、外界との全人間的な行為関係の往復を抜きにして、達成することは困難であります。 人の生命は縁に触れなければ現れません。 所縁は現実の世界からもたらされるのです。 禅だけで得る悟りより、現実の葛藤と苦闘の日々から、勝利して得られる悟りのほうが、ずっと価値があり、優れています。 三昧というのはそのことを言うのであります。 瞑想は心身を休める方法、内省・思索の道具として使うのは良いでしょうが、釈迦が説いた成仏(悟り)の真髄を退け、仏種を断じてしまう禅宗のような教えに従えば、かえって法華誹謗の罪人となり、命終して直ちに、無間地獄の業に焼かれることになります。 栄西・道元の教えを速やかに打ち捨て、本因の教主日蓮大聖人の仏法に、なかんずく、創価の信心に帰依することを強く勧めます。
Category : 仏 教 Comment : (0) |
2011-11-25(Fri)
高校生の頃、ラジオの深夜放送からよく流れてきた音楽です。
蛍雪の、夜のしじまに流れる旋律がとても胸に響きました。

よい週末をお過ごしください。 (^^

・ シバの女王
Category : 音 楽 Comment : (2) |

No title * by 速水長三郎
わぁ~この曲好きです。
良い曲ですよね~(-^〇^-)

No title * by 夕焼け
速水長三郎さん こんにちわ。

いいですよね。

齢のせいなんでしょが、最近は、うるさい音楽ばかりで、
こうゆう曲を聴くとホッとします。 (^^

2011-11-24(Thu)
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SGI池田会長は折々の会合で御書をひもとき、次のように語られています。


【 本文 】 教行証御書 (P1282) 
『 日蓮が弟子等は臆病にては叶うべからず 』

【 通解 】 
『 日蓮の弟子達は、臆病であってはならない 』

【 指導 】
* グチも嘆きも恐れない、晴れやかな、強気の信心、勇気の一念。 そこにこそ、妙法の偉大な功力は湧現する。  強くなければ、真の功徳は味わえない。 私も、あらゆる障害に一歩も退かず、正法を守り、学会を守った。 ゆえに御本尊から、偉大な功徳を頂戴した。 ありがたいかぎりである。
 
< 御書とその心 >より


信心するうえで、勇気はとても大事です。 この勇気がある、ないで大きく違ってきます。 現実を見つめる勇気、一歩をふみだす勇気、困難に立ち向かう勇気、真実を語る勇気・・・・・・。 この勇気は「 南無妙法蓮華経は師子吼の如し 」と、御本尊に強く強く、祈りきることから生まれます。 飛行機が音速を超えるとき、すごい衝撃波が生まれるように、勇気の一念で突破するとき、すごい力が湧いてきます。
Category : 御 書 Comment : (11) |

No title * by 速水長三郎
夕焼けさん、はじめまして!

先生の指導は有り難いですね。
先生や学会を疑うのは愚の骨頂。
毎日、疑う人達に懇々と説いてます。

No title * by 夕焼け
速水長三郎さん ようこそ。

毎日、懇々と、ありがとうございます。 (^^

池田先生の心は戸田先生の心です。
戸田先生の心は牧口先生の心です。
この心は生死一大事の血脈でありますから、
日蓮大聖人のお心でもあります。
本当に有り難いと思います。

No title * by SHIn
初めまして。長さんのブログにも書き込みしてます!先生の指導は力強い!明後日の総神奈川創価青年大会、先生&奥様のご出席を勝ち取る気概で縁する人々に御守り御本尊を見せ題目を説き広めております!力あらば一文一句なりとも語らせ給うべしの御聖訓の通り学会の中核たる創価班員として実践して参ります!同級生の同志が今大会の演出責任者なので楽しみです☆

No title * by 速水長三郎
私のブログ見て頂ければ解りますが
今、混乱してますのでお許しを。

ブログリンク有難う御座います!
此方も、リンクさせて頂きますね!

私のブログ、内容は薄いし
記事も二、三行位しか書きませんが
宜しく御願い致します。(゜゜)(。。)ペコリ

No title * by 夕焼け
SHIn さん ようこそ。

青年大会。 大成功を期待しています。
創価の精神を受け継ぎ、理想の創価を自分達の手で作っていってください。 広宣流布のために必要な運動や会合や組織のあり方・内容は、旧態然とせず、工夫しながら、良いものをつくりあげてください。 まったく自由です。 池田先生もそうしてきました。 弟子もそうあるべきです。 
題目をあげきり、今こそ、忘れえぬ思い出を作ってください。

No title * by 夕焼け
速水長三郎さん こんにちわ。

リンク、恐縮です。 ありがとうございます。

気楽にやるのが一番です。
これからも、マイペースでお願いします。 (^^

No title * by SHIn
夕焼けさん真心の大 激励ありがとうございます!頑張ります!

No title * by トッシー
夕焼けさんこんばんは★

今日、神奈川青年大会に参加させて頂きました^^

題目の祈りのおかげか、仕事も半日で終わらせる事ができて、ギリギリ間に合いました。

演者の方の一生懸命頑張ってる姿に感動して思わず涙がでちゃいました^^;

勇気の一念で折伏頑張ります!

No title * by 夕焼け
トッシー さん おはようございます。 (^^

トッシー さんも仕事と信心に一生懸命頑張ってるようですね。
仏はじっと見ています。
友人を思う一念で、真心こめて語ってください。
そこに、功徳が生まれてきます。

頑張ってください。

No title * by SHIn
創価青年大会!大成功!大盛況!出演者の信心の演舞!魂の県歌&人間革命の合唱!師弟誓願3つの誓い!私も勝利の御報告に父親が記入した入会希望カード&頂いた真っ白な睡蓮の御写真と共に参加致しました!先生のメッセージ&伝言で幾重にも“万歳!”と讃えて下さり2030年に向け新たなスタートを切る事ができました!

2011-11-23(Wed)
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(写真:SGIグラフ)


今日は、創価の信心をされていない人にぜひ見てほしくて、UPしました。 すこし前のものですが、創価の運動の一端を知っていただければ幸いです。

・ アメリカ創価学会 ビクトリー・オーバー・バイオレンス 1



・ アメリカ創価学会 ビクトリー・オーバー・バイオレンス 2


『 アメリカSGIメンバーは、青年を中心に 「 平和の文化の建設 」 展や「 ビクトリー・オーバー・バイオレンス(VOV=暴力に打ち勝つ) 」 運動を展開し、全米に生命尊厳と人間革命の哲学の潮流を起こしました。 VOV教材を使った 「 非暴力教育 」 は、地域の公立校でも採用されました。
試練があればあるほど、生き生きと活力を漲らせ、一人一人が新たな可能性を開きながら、雄々しき挑戦の連帯を広げていく。 私は、そこにアメリカの偉大な精神を感じます。 そうした気風を心から尊敬し、愛する一人です。 』 とSGI池田会長は、青年達の熱と誠意の草の根運動にさらなる期待を寄せています。

アメリカSGI頑張れ! (^O^/
Category : SGI Comment : (0) |
2011-11-22(Tue)
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ソクラテスは教育のあり方について 「 人間は奴隷のようにして学ぶべきではない、また無理に教えたところで心にのこらない 」 と語っていたそうです。

現代の教育のありかたを考えさせられる言葉ですが、わたしは、信仰にとっても考えさせられる言葉だと思いました。 信仰者は、求道者といわれるように、純粋に自発的であるべきだと思いますが、ややもすると、奴隷のような状況に陥る場合があります。 指導する側からすれば、修行中だからと済ませてしまうこともありますが、そうであってはならないと思います。 信仰は権利であって義務ではありません。 このような状況は信仰する側の問題よりも、信仰を指導する側に多くの問題があります。 指導が必要でも教授は必要ありませんし、対話は不可欠でも指示はいりません。 信仰の組織では指導者の資質がとても重要となります。

初代牧口会長は創価教育学について、「 人間に物質を創造する力はない、創造し得るものは価値のみである。 世に価値ある人格とは、この創造力を意味する。 この人格価値を高めるのが教育の目的で、この目的達成の手段を闡明にするのが教育学の目的である。 」 また、 「 教育の目的は、人生の目的と同じで、人間の幸福こそが教育の目的である。 」 そして、 「 教育は知識の切り売りや注入ではない。 自分の力で学ぶことを会得させること、知識の宝庫を開くカギを与えることだ。 」 と仰っています。 ここで言ってる ” 教育 ” を ” 信仰 ” に、 ” 知識 ” を ” 功徳 ” あるいは ” 成仏 ” に置き換えてみてください。 どうですか、信仰に充分通じる内容です。 とくに最後の言葉は重要ではないでしょうか。

SGI池田会長は、信仰者については 「 組織の奴隷になるな 」 と指導され、求道と自発の信仰の重要性を訴えております。 そして 「 仏法は人間性だ 」 と仰り、自己の振舞いにこそ仏法があり、妙法を根幹とした人間革命を成し遂げて、思いやり深く、暖かい、激励の指導者となるよう願っています。

Category : 信 心 Comment : (0) |
2011-11-21(Mon)
禅宗は、西暦520年頃にインドから中国に渡ってきた、迦葉から28代目(?)にあたるとされる、達磨を祖師としています。 その後、禅宗5祖のあと神秀の北宗禅と慧能の南宗禅に対立して別れ、南宗禅からは五家七派と呼ばれる流派が生まれています。 このうちの臨済宗と曹洞宗がよく栄え、日本には奈良時代から断片的に入ってきていましたが、本格的には栄西が臨済宗を、道元が曹洞宗を鎌倉時代に中国から伝えております。 一方、北宗禅は行表から最澄(伝教)に伝授されましたが、宗派として日本には定着していません。 日蓮大聖人の時代の鎌倉では、能忍と中国僧の蘭渓が北条氏の加護のもと臨済宗を広めていました。 日蓮大聖人は、教外別伝・不立文字を掲げて、釈迦の教説、法華経を否定する禅宗について、涅槃経の 「 願わくは諸の衆生、悉く皆出世の文字を受持せよ 」 、 「 若し仏の所説に順わざる者有らば当に知るべしこの人は是れ魔の眷属なり 」 を挙げて ” 禅宗は天魔の所為 ” と鋭く批判の矛先を向けられたのでした。

禅宗の起源は、大梵天王問仏決疑経にあるとされていますが、そこには、釈迦が大衆に黙念として華をひねって示し、それを見た迦葉のみがその意を悟り破顔微笑したところ、釈迦が 「 吾に正法眼蔵・涅槃妙心・実相無相・微妙の法門有り、文字を立てず、教外に別伝し、摩訶迦葉に付属す 」 と言ったと書かれてあります。 禅宗ではこの経は秘密の経で、インドから秘密に伝えられたと主張していますが、いつの時代、誰によって伝えられたのかも判らず、訳者も不明な、なんとも不思議な経で、西暦67年頃から800年頃までに、中国に伝来して訳された大小の経典を収録してある、貞元録・開元禄にも見当たらない為、偽経とまで言われています。 達磨はこの経を知っていたのでしょうか、怪しいものです。
このことを責められると禅宗では、すかさず取り繕うように涅槃経の二を挙げて、この決疑経の正統性を主張します。 が、日蓮大聖人は同じく涅槃経の三および十の文により、涅槃経の二の文の迦葉に付属されたのは小乗経だと論破しております。 そもそも、教外別伝・不立文字といい、経典を意味なしとしておきながら、根拠となる経典を作ったり、経典を持ち出して正当化するなど、一貫性が無く、矛盾を隠そうと、その場だけの繕いをするため、自語相違と言われてしまうのです。 そこには、釈迦の威光を笠に、自分を飾ろうとする卑しい心が見えてきます。
 
達磨は中国に渡り楞伽経(大乗経)の一字不説の文に依って布教したため、当初は楞伽宗と呼ばれていたといいます。 第二祖の慧可は楞伽経四巻を渡され達磨から相伝されているというのですから、禅宗が教外別伝・不立文字と言うには、はなはだ支離滅裂なところがあります。 さらに、付法蔵伝には、壇弥羅王に諸僧と共に獅子尊者が首を切られて皆殺しにされ、迦葉(初代)から獅子尊者(24代)で付属が途絶えたと記されているのに、禅宗では間に3代入れて達磨を28代目と主張していますが、日蓮大聖人は 『 二十八祖を立つる事・甚以て僻見なり禅の僻事是より興るなるべし、今慧能が壇経に二十八祖を立つる事は達磨を高祖と定むる時師子と達磨との年紀遥かなる間・三人の禅師を私に作り入れて天竺より来れる付法蔵・系乱れずと云うて人に重んぜさせん為の僻事なり 』 と喝破されています。 依経も付属も根幹となる部分に、矛盾といいかげんさと繕いが見られるのは、まさに  ” 天魔の所為 ” と言えます。 天魔に魅入られた禅宗の教えを速やかに打ち捨て、本因の教主日蓮大聖人の仏法に、なかんずく、創価の信心に帰依することを強く勧めます。
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2011-11-18(Fri)
今から81年前の昭和5年11月18日、牧口常三郎の著書 「 創価教育学体系 」 が発刊されました。 牧口先生と戸田先生の師弟の思いが結実した日です。 そして、この日をもって創価学会の創立の日としました。 13年後の昭和18年7月6日、日蓮大聖人の血脈を守らんとして、国家の弾圧により師弟は逮捕されます。 過酷な取調べと、劣悪な環境の中で昭和19年11月18日に師は獄死し、翌20年7月3日に弟子は衰弱しながらも生きて出獄しました。 創価学会の原点は、この師弟の契りと仏意仏勅を果たさんとする生死の姿にあります。
 
この歌の詩は、戸田先生が獄中で詠まれたものです。 昭和20年11月18日の師の1周忌で 「 広宣流布は、誰がやらなくとも、この戸田が必ずいたします 」 と挨拶で誓い、その帰り道、三高寮歌の曲にのせ一人歌われたといいます。 今日は、創価学会創立の晴れやかな日でありますが、師弟の誓い、後継の誓いの日でもあります。

・ 同志の歌


                   作詞 戸田 城聖
                   原曲 三高寮歌

         我いま仏の 旨をうけ
         妙法流布の 大願を
         高くかかげて 独り立つ
         味方は少なし 敵多し

         誰をか頼りに 闘わん
         丈夫の心 猛けれど
         広き戦野は 風叫ぶ
         捨つるは己が 命のみ

         捨つる命は 惜しまねど
         旗持つ若人 何処にか
         富士の高嶺を 知らざるか
         競うて来たれ 速やかに
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2011-11-17(Thu)
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SGI池田会長は折々の会合で御書をひもとき、次のように語られています。


【 本文 】 四条金吾殿御返事 (P1192) 
『 心こそ大切なれ 』

【 通解 】 
『 信心こそ大切である 』

【 指導 】
* 信心の世界では、 " 誠実 " と " 信義 " の心の人こそ、妙法のリズムにつつまれ、功徳も早く、いや増していくものである。
信心では 「 心 」 「 一念 」の姿勢がもっとも大事となる。 功徳が出る、出ない、ということも、また、生命力が豊かになる、ならない、そして宿命が打開できる、できないということも、だれのせいでもない。 すべては、自分自身の 「 心 」 いかんであり、 「 一念 」 の姿勢によることを忘れてはならない。

< 御書とその心 >より

池田先生は、別な機会に、この 「 心 」 とは、日蓮大聖人のこ遺命である広宣流布に向かいゆく 「 信心 」 であるとも仰っています。 広宣流布に生き抜く心こそ信心の原点といえます。
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2011-11-16(Wed)
今日で、東日本大震災から250日が経ちました。 いまだに多くの問題を抱え、時が過ぎようとしています。 今日の聖教新聞に 「 民衆の絆を強く 」 と題されて、創価の震災に取り組む当時の様子と今の取組みが紹介されていました。 一般では報道されませんので、信心されていない方は知りようがないですから、一つの情報として、記事の一部分をそのまま紹介いたします。


3月11日午後2時46分、東日本大震災が発生。

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直ちに学会本部と仙台の東北文化会館はじめ被災地に 「 災害対策本部 」 が設置され、全国規模で迅速に対応に当たった。 被災地の各会館は一時避難所として被災者を受け入れ、支援物資の調達と供給ルートを確立。最終的に東北を中心に42会館が一時避難所として開放され、会員であるなしを問わず、約5000人の避難者を受け入れた。

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交通も通信も寸断され、孤立する被災地で多くの学会員が人命救助、安否確認、被災者支援に不眠不休で動いた。 自らも被災し、疲れ果て、大切な人の行方が分からない苦悩をかかえながら、「 もっと大変な人のために 」 と救援に尽くした。

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学会の災害対策本部が送った支援物資は、簡易トイレ約6万点、衣類約2万4000点、寝呉約4700点、生活用品約18万3000点、飲料・食料品約29万6000点、薬品類約4万600点、その他の備品類約3万3400点と、合計で約64万点におよんだ。 各地からのボランティアの延べ出動人数は3カ月余で2万人を超えた。

<聖教新聞 平成23年11月16日付>より抜粋


6月には 「 復興支援センター 」 を開設して、長期化する復興の支援を、人、物、医療、生活と多岐に渡る支援を支えています。 潮出版社から 「 東日本大震災―創価学会はどう動いたか 」 という本が出ています。 人間ドラマを交え、災害時、その後のことが詳しく書いてありますので一読をお勧めいたします。
創価は、いままでも多くの災害で、いち早く全国からまごころの救援・支援にあたってきました。 そしてその重要な救済の拠点となってきたのが、全国の会館です。 地域の人達の重要な防災処点として真っ先に開放されます。 救援のための活動拠点にもなり、炊き出し、物資の輸送、ボランティアの派遣、など様々に活用され利用します。 どうか、災害の時には近くの会館を遠慮なく利用してください。
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2011-11-15(Tue)

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(サンケイ新聞 平成23年11月15日付)



今日、一般紙に、松本サリン事件(1994/06/27)の被害者である河野義行さんの取材記事が載っていました。

皆さんもご存知かと思いますが、河野さんは事件当初に犯人として疑われ、地下鉄サリン事件(1995/03/20)が起きるまでの間、 ” 犯人視 ” するマスコミ報道が相次いで、世間からひどいことをさんざんと言われました。 被害者の遺族からは 「 殺してやりたい 」 「 お前がサリンで死ね 」 という手紙が何通も届いたそうです。 河野さんは被害者でありながら、被疑者にされた経験をとおして、加害者に対して 「 恨んで、恨んで、・・・・・・。 死刑が執行されて晴れ晴れするかと言えば、そんなことは絶対無い。 恨みを持ち続けながら生きていくことは不幸だ 」 と思うようになったそうです。 サリンの被害者となった奥さんは14年間の介護のあと、3年前に亡くなられて、今、河野さんは鹿児島に移り住み、静かに暮らしています。 その心境を 「 私にとってのオウム事件は、3年前に妻が亡くなったとき、すべてが終わったのです。 いま少し離れたところで人生をリセットしたい。  最後に笑って終われるように。 」 と語っています。

わたしはこの記事を読んで、 ” すごいなぁこの人は、苦しみ抜いた後に正しい道を掴んだんだなぁ。 ” と感心しました。 と同時に、このような姿勢がとても大事だと思ったのです。

こう思ったとき、だいぶ前に、 「 ガンジー 」 という映画で観たある場面を思い出しました。 インドは独立に向けて、ガンジーを指導者として国民的な運動を起こしていましたが、その中で、イスラームとヒンズー教徒の確執が始まり、互いに虐殺を繰り返すようになっていく事件が起こります。 宗教的な反目が底流にあるのでしょうが、独立への思惑の違いが引き金となっていたのです。 イスラーム地域のヒンズー教徒が殺され、仕返しでヒンズー地域のイスラーム教徒も殺され、地域を逃げていく者も、行交う途中で殺しあうという悲惨な事件です。 恨みに囚われて、やられてはやり返すという連鎖が続きます。 女も子供もありません。 そこでガンジーはやめさせるために断食に入ります。 なかなか収束せず死にそうになったとき、その姿と思いを受けて、殺し合いが少しずつ収まり始めます。 そのとき、ある男たちが刀を手にしながらガンジーに近づき、会話する場面があります。 その内の一人の男は自分の息子を殺され、その恨みにまかせて、異教徒を殺しますが、怒りは収まらず、さらに見知らぬ異教徒を殺していました。  断食をするガンジーに、怒りを押し殺しながら 「 俺は地獄ゆきだが、あんたは死なせたくない 」 と言ってパンを差し出します。 するとガンジーはそれを受け取らずに、 「 地獄に行かないで済む方法がある。 孤児となった子供を見つけだしなさい。 そして、自分の子供として、殺された息子のように育てなさい。 ただし、異教徒の子供、異教徒として育てなければいけない。 」 と言って見つめます。 しばらく男は目を見開いて、苦るしそうな困惑の色を浮かべますが、われにかえったように、寝ているガンジーの足元にひざまづき泣き出します。

9・11、イラク、アフガン、人の苦しみ、不幸な出来事が、恨みにつながることは必然ですが、恨みや仇がもたらす結果は、あらたな恨みと苦しみ、不幸を生んでいるのも確かです。 人類はこのようなことを、もう終わらさなければいけません。
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2011-11-14(Mon)
【要 文】

『 法華経の大海の智慧の水を受けたる根源の師を忘れて余へ心をうつさば必ず輪廻生死のわざはいなるべし、但し師なりとも誤ある者をば捨つべし又捨てざる義も有るべし世間・仏法の道理によるべきなり、末世の僧等は仏法の道理をば・しらずして我慢に著して師をいやしみ檀那をへつらふなり、但正直にして少欲知足たらん僧こそ真実の僧なるべけれ、 』

『 涅槃経に云く 「 若し善比丘あつて法を壊る者を見て置いて呵責し駈遣し挙処せずんば当に知るべし是の人は仏法の中の怨なり、若し能く駈遣し呵責し挙処せんは是れ我が弟子真の声聞なり 」 云云、此の文の中に見壊法者の見と置不呵責の置とを能く能く心腑に染む可きなり、法華経の敵を見ながら置いてせめずんば師檀ともに無間地獄は疑いなかるべし、南岳大師の云く 「 諸の悪人と倶に地獄に堕ちん 」 云云、謗法を責めずして成仏を願はば火の中に水を求め水の中に火を尋ぬるが如くなるべしはかなし・はかなし、何に法華経を信じ給うとも謗法あらば必ず地獄にをつべし、うるし千ばいに蟹の足一つ入れたらんが如し、毒気深入・失本心故は是なり、 』

『 此法門を日蓮申す故に忠言耳に逆う道理なるが故に流罪せられ命にも及びしなり、然どもいまだこりず候法華経は種の如く仏はうへての如く衆生は田の如くなり、 』
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2011-11-11(Fri)
一日の仕事、お疲れ様でした。 翼を下ろしてゆっくりとくつろいでください。
今日は、ゆったりとした音楽を紹介いたします。

よい週末をお過ごしください。 (^^

・ Mr. Lonely
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2011-11-10(Thu)
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SGI池田会長は折々の会合で御書をひもとき、次のように語られています。


【 本文 】 三三蔵祈雨事 (P1472) 
『 すりはむどくは三箇年に十四字を暗にせざりしかども仏に成りぬ提婆は六万蔵を暗にして無間に堕ちぬ・是れ偏に末代の今の世を表するなり、敢て人の上と思し食すべからず 』

【 通解 】 
『 修利槃特は三年かかっても、十四文字すら暗唱できなかったけれども、仏になった。 提婆達多は六万蔵を暗記したけれども、無間地獄に堕ちた。 このことは、ひとえに末法の今の世のことを表しているのである。 決して他人のことと思ってはなりません』

【 指導 】
* 信仰者としての偉さは、どこにあるのか。 経歴や肩書き、才覚などでは決して判断できない。 皆の礎となって、仏子のために黙々と頑張っている、その 「 信心 」 と 「 人間性 」 を見逃してはならない。 その人こそ、だれよりも尊き 「 成仏の人 」 である。 仏になる方々である。

< 御書とその心 >より


わたしは、たぶん、いや間違いなく、修利槃特のように記憶力の弱い人間です。 確かな知識も少ないし、博学でもありませんから、御本尊に対する 「 信心 」 と、修行者としての 「 人間性 」 を、ただただ磨いていきたいと思います。 
かつて池田先生は、 「 皆さん方は、どうか、自分自身が花を咲かせようという気持ちでなくして、全世界に妙法という平和の種を蒔いて、その尊い一生を終わってください。 私もそうします 」 と言われましたが、わたしは、そのような生き方に最高の敬意と尊敬の念を抱くと同時に、そのような精神で戦う地湧の陣列に連なりたいと願うばかりです。
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No title * by ぴーこ
はじめまして!
最近になってこちらのブログを知り、拝見してます^^♪
とてもわかりやすくて、勉強になります!!
私は先日、学生部最後の学祭を終えました。
たくさんの方に仏法対話できました。
「妙法という平和の種」をまく事はとても尊く、自他共に幸福な事なのですね!

勝手に元気もらいました!笑
ありがとうございました(^O^)/


No title * by 夕焼け
ぴーこ さん おはようございます。
学祭、成功のようですね。 (^^)

ブログを見ていただいて、うれしいです。
これからもよろしくお願いします。

2011-11-09(Wed)
今日は、 「 フェア・ゲーム 」 という映画を観てきました。
「 ミッション:8ミニッツ 」 と、どちらにしようか、だいぶ迷ったのですが、2つとも観ると決めて、先にこの映画を観ることにしました。 (^^

監督はダグ・リーマンというニューヨーク州生まれのアメリカ人で、2002年にマット・デイモン 主演の 「 ボーン・アイデンティティー 」 をヒットさせて、メジャーの仲間入りをした監督です。 主演はナオミ・ワッツとショーン・ペンが夫婦役で務めています。 ショーン・ペンが渋くていいですね。 わたしは 「  I am Sam アイ・アム・サム 」 ・ 「  ミスティック・リバー 」 がとても印象に残っていて、実力のあるいい俳優だと思っています。 内容は、2003年3月のイラク戦争開戦前の実際に起こった出来事が発端となって、事件を巡って展開する社会の動きと夫婦の葛藤が描かれており、政府の不正をただす社会派作品となってます。 「 fair game 」 とは俗語として攻撃や嘲笑するかっこうの標的という意味だそうです。

この映画を見終わって、頭に繰り返し浮かぶのは 「 なぜ、アメリカは、戦争に突き進んだんだろう 」 という思いでした。 一般的には、石油利権からだとか、ブッシュJの復讐心からとか言われていますが、とても納得のいく理由だとは思えません。 あのブッシュJの無表情な顔や戦争ありきの進み方は、もっと別なことが隠されているような気がします。 いずれにせよ、この作品はイラク戦争を改めて考えさせられる映画です。 映画の後で、本屋に寄ってイラク戦争に関した本をいろいろと探しましたが、意外と少なく、それでも何冊かありましたので、図書館で借りて読もうと思います。

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(写真:YouTube フェア・ゲーム)

・ フェア・ゲーム
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2011-11-08(Tue)
この御書は、建治2年(1276年)8月、身延において、下総国(現在の千葉県北部)の曽谷殿に与えられた、日蓮大聖人55歳のときの御手紙です。

【要 文】

『 夫れ法華経第一方便品に云く 「 諸仏の智慧は甚深無量なり 」 云云、釈に云く 「 境淵無辺なる故に甚深と云い智水測り難き故に無量と云う 」 と、抑此の経釈の心は仏になる道は豈境智の二法にあらずや、されば境と云うは万法の体を云い智と云うは自体顕照の姿を云うなり、而るに境の淵ほとりなく・ふかき時は智慧の水ながるる事つつがなし、此の境智合しぬれば即身成仏するなり、 』

『 此の境智の二法は何物ぞ但南無妙法蓮華経の五字なり、此の五字を地涌の大士を召し出して結要付属せしめ給う是を本化付属の法門とは云うなり。 』

『 然るに上行菩薩等・末法の始の五百年に出生して此の境智の二法たる五字を弘めさせ給うべしと見えたり経文赫赫たり明明たり誰か是を論ぜん、日蓮は其の人にも非ず又御使にもあらざれども先序分にあらあら弘め候なり、既に上行菩薩・釈迦如来より妙法の智水を受けて末代悪世の枯槁の衆生に流れかよはし給う是れ智慧の義なり、釈尊より上行菩薩へ譲り与へ給う然るに日蓮又日本国にして此の法門を弘む、又是には総別の二義あり総別の二義少しも相そむけば成仏思もよらず輪廻生死のもといたらん、 』
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2011-11-07(Mon)

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(写真:SGIグラフ)



世界の創価の同志は、 ” 先生と共に ” ” 先生の心で ” を合言葉に目覚しい発展を見せてくれました。 多くの友が、既成の宗教に見られない、躍動感に満ちたSGIの同志の姿に、希望を見出し、蘇生を誓って、起ち上がってきております。 なぜか? それは日蓮大聖人の哲理に目を見開くような感動を覚える人も居ますが、多くは、確かな自己の変革と、廻りの状況の転換に、疑いようも無い確信を抱くからです。 単なる道徳や修養の域を超え、いちるの奇跡や偶然を許さない、事実と普遍性をそこに見出し、それを肌で感じているからです。 それは、日本の創価の歴史に刻まれた何百万という人のあらゆる信仰体験とまったく変わらないものなのです。 
わたしは、信心をされてない方に、今までの宗教観で創価を捉えるのは、大いなる過ちであることを知っていただきたいのです。  創価の信心の本質は ” 棚からぼた餅 ”や ” おすがり ” あるいは、 ” 盲目 ” や ” 服従 ” とはまったく違うものなのです。 また夢想的な現実逃避の心理でも、自己に閉じこもる厭世の態度とも違うのです。 それどころか、そのことを厳しく戒め、全人間的な成長の鍛えと、正しい眼を開く知性の学びと、励ましの人間性の発揚と、勇んで努力していく実践を、身をもって示してくれているのが、創価三代にわたる会長なのです。

わたしは小さいころから、既成仏教の陰々鬱々とした雰囲気が嫌いでたまりませんでした。 生命力が奪われていくような何かを感じていました。 ところが、創価は違っていました。 清々しく、明るく、暖かな雰囲気が満ちていて生命力がありました。 同志はまじめで心のやさしい人達でした。 誠実な生き方に価値を置き、宿業(苦難)と戦う勇気を与えてくれる励ましがありました。 南無妙法蓮華経には現実の状況を切り開く確かな力があり、心と体の障害は消え去り、自身の生命が浄化され、力を得ていく驚きがありました。 日蓮仏法には人間と生命を捉える透徹した哲学があり、深遠な仏法との出会いに感動がありました。 創価には自己を律しゆく厳しき精神と心熱き思いやりがあり、人間を磨く決意が生まれ、社会変革の意識と行動を薫発する思想があり、不条理な現実に声をあげました。 他の人の幸せのために心をつくすこと、苦労することが、自分の幸せになると教えられ、無認識や悪意の言葉に耐えながら、友の幸せを願いました。 厳しく指摘しなければならいときも友を思い、くじけそうになる心を奮い立たせて、前に進みました。 そして、多くの友の中から、一人また一人と創価の陣列に並ぶ姿を目にして、わたしは、信心する前と信心した後では、人がどれほど変わるのか、格段の違いがあることを知りました。 信心で困難を克服した友の姿は、わたしの確信を深めるのに充分すぎるほどでした。

このようなことは、人により様々でしょうが、信心してみないと判らないことがたくさんあります。 ” 幸せを探している人が、いちばん幸せだって ” という言葉がありますが、努力しても、うまくいかない現実の世界にあって、創価には、この言葉の理想の姿があるような気がします。
 
池田SGI会長は、小説 「 新・人間革命 」 のなかで次のように語っております。


* 『 法華経には、「 現世安穏、後生善処 」とあります。 しかし、広宣流布の道には、さまざまな難が競い起こってきます。 また、人生は、宿命との戦いともいえます。 現世安穏というのは、なんの波風もない、順風満帆の人生を生きるということではありません。 怒濤のように諸難や試練があっても、勇敢に、一歩も引かずに戦い、悠々とそれを乗り越えていける境涯をいいます。 何があろうが、堂々と、人生に勝利していける姿が、現世安穏ということなんです。 途中は、いかに波瀾万丈でも、それを勝ち越え、晩年に、しみじみと、わが人生は現世安穏なりと、実感していくことが大事です。 そのためには、どんなことがあっても、一生涯、学会から、御本尊から離れず、題目を唱え抜いて、勇んで、広宣流布に生き抜いていくことです。 大聖人は、「 南無妙法蓮華経と唱うるより外の遊楽なきなり 」 と仰せです。 たとえ、どんなに苦しい時も、御本尊への信を奮い起こし、 " 絶対に負けてなるものか! " と、唱題し抜いていくんです。 そうすれば、苦難に立ち向かう勇気がわきます。 生命が躍動し、歓喜が込み上げてきます。 そこから、すべての状況が開かれていくんです。 』


創価の先輩は、この指導のように生き抜いて、みごとにその境涯を掴んでいます。 この信心は仏の生命の泉を掘り起し、汲み上げながら、崩れざる人間を確立することにあります。 したがって、宿業を消し、福運をつけ、人間を高めている過程そのものが、幸せを実感できる種であり、仏の振舞いと同じ修行なのですから、信心する人が、もうすでに、いちばん幸せな人なのです。
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2011-11-04(Fri)
今日は、10年ぶりに日本でコンサートを開いた、八神純子さんの歌を紹介します。 彼女は、現在、ロサンゼルスに在住。 東日本大震災をきっかけに被災地でライブを行うようになり、被災地での音楽の力を感じ、本格的な音楽活動を再開。 来年1月には15年ぶりにアルバムもリリースするそうです。

よい週末をお過ごしください。 (^^

・ Mr.ブルー ~私の地球~
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2011-11-03(Thu)
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(写真:Wikipedia PD Raffaello Santi)


池田先生はよく会合で、日蓮大聖人の言葉と同時に人類の英知ともいえる、世界の碩学や哲人の言葉を引用され、その生き方や信念を通して信心の指導をされています。 これは、仏法を世間に展開するためなのですが、一方で、各国の文化や伝統を活かしながら世界広布を進めていくための楔を打っているのだと、わたしは思っています。  ご自身で 「 戸田大学の卒業生 」 と言われているように、若き日に多くの哲学・思想を学んできたことを礎として、みごとに仏法を現代に展開されています。 各国大学での講演、国際機関への提言、政治家・文化人・科学者・医学者との対談の結実は、その証左であります。  日蓮大聖人は、 「 法華経はしか(然)らず・やがて世間の法が仏法の全体と釈せられて候 」 と仰り、世間の様々な理(ことわり)が、いずれ仏法そのものであることを、理解するときが来ると示唆されております。 これを別な視点で見れば、世間の様々な理(ことわり)の中に仏法が内包されているということです。 諸法実相ですから当然のことですよね。

何故こんなことを言うのかと申しますと、今日読んだ一般紙の、あるコラムの中で、ソクラテスの言葉を目にして仏法と同じだなと感じたからです。 
それは、ソクラテスの主著 「 国家 」 の中で語られた対話形式の一部分の内容で、ソクラテスは 「 不正の人を害し、正しい人の利益となるのが正義だね? 」 と論敵の主張を確認したあとに、 「 たとえ敵であろうと誰であろうと、人を害するのは正しい人ではなく、その反対の不正の人がすることだ 」 と証明し、論敵を沈黙させるくだりです。  ネットで徘徊するアンチに聞かせてやりたい内容で、  「 不正の人を害する 」 のが正義だとばかりに、笑いものにし、バカにし、蔑み、罵倒するのが、たいがいのアンチです。 相手がどうなろうと構わないという心です。 とても醜い姿です。 正義などありません。 ソクラテスの言うとおりです。 
このソクラテスの言葉は、人の仏性を認め、その人に礼拝していく不軽菩薩の精神と同じもので、正義の行動というものが、どういうことなのかを再認識させてくれるものです。
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2011-11-02(Wed)
今日はいい天気です。 気温も穏やかで気持ちがいいので、皇居の方に足を伸ばしてみました。 神保町から向かうと、舗道が広くて、整備されているのでとても歩きやすいです。
平川門に着くと、懐かしいビルが見えてきました。 大学4年のとき、夏・冬・春と休みのアルバイトでお世話になりました。

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最初はデリバリーといって、コンピューターのデーターを運ぶ運び屋でした。 当時は、まだ記憶ディスクが無い頃でしたから、パンチカードをボストンバックに入れて、会社の連絡バスに乗って運んでいたのです。 ところが、始めてからすぐに、今度はその受付をやるように言われて、デスクワークとなりました。 1日4回の出入りのチェック。 いやー楽でした。 その間なにやっててもいいよと言われてましたので、静かで快適なコンピュータールームの受付で、遠慮なく勉強させていただきました。 それまでは、短期で資金を貯めるために、地質調査で山の中をダイナマイトや機材を担いだり、縦穴に入ってスコップでサンプリングしたりとか、今考えると危険なアルバイトをやっていたのですが、卒業を控え時間が欲しかったので、ほんと助かりました。 バイト代も当時で月12万円。 わたしが大学卒業して、就職したときの初任給とそう変わりありませんから、ほんと信心の功徳でしたね。 ここぞというときに守られました。

門のほうへ歩いていると、次から次へと市民ランナーが横を走っていきます。 やはり、皇居はランナーのメッカですね。 皆さん、爽やかにに走っていました。

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わたし? もう無理です。
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2011-11-02(Wed)
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街を歩いていると、ビルから鳥の鳴き声が聞こえてきました。 最初はBGMかなと思ったのですが、あまりに騒がしいので、へんだなぁと思ってみあげると、なんと、ビルの日除けの桟に雀の群れが止まっているではありませんか。
 
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うまい具合のとこ見つけたなぁ。  (^^
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2011-11-01(Tue)
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人には心がありますが、その心模様はとても繊細であり、またダイナミックなものです。 自在に心を羽ばたかせているかと思えば、コントロールするのにも手を焼き、心に押しつぶされるそうになる時があります。 心には自分で意識している部分と意識していない部分があります。 人間の自律神経や交感神経のように、意識の及ばないところで、体をコントロールしていることを考えていただくと解りやすいかもしれません。 この意識していない部分は、心や体に投影されながらも、自分ではコントロールしがたい心の領域です。 このことは、深層心理学やルドルフ・シュタイナーに代表される人智学の研究でも明らかにされてきています。
 
仏法では、この心の深層部を包み込む、さらなる領域があると捉えています。 ” 心と体を受容し薫発する領域 ” ともいうべきこの領域は、人の日常に意識せず入り込んできて、人の行動を決定づけています。 意識に背反するような行動や心の暴走はここを淵源としているのです。 人は良心と理性で、感情や欲望を押さえつけられると考えていますが、釈迦はそうじゃないと警告しています。 ではこの ” 心と体を受容し薫発する領域 ” とはどのようなものなのでしょうか。 実は、釈迦は法華経およびその開経である無量義経で、それを説いていて、天台大師は緻細にそれを紐解いて ” 一念三千 ” と明らかにしました。 さらに日蓮大聖人はそれを ” 妙法蓮華経 ” と喝破されています。 創価の第2代戸田会長は獄中で端坐唱題しながら ” 生命 ” のことなのだと悟達するに至ります。 

この ” 生命 ” は、人の心の母であり、心の大地ともいうべきものです。
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No title * by トッシー
夕焼けさんこんばんは。

頭の悪い僕には難しく、5回程読みました^^;
心も奥が深いですね。とてもおもしろいです。

そういえば、今日yahooニュースで、1年で数千個の星を生み出す(モンスター銀河)の10倍以上明るい(超モンスター銀河)が日本のチームが発見されたそうで、日本のヤマタノオロチから(オロチ)と名づけられたそうです。

上の壮大な木の写真もオロチのようですね^^

No title * by 夕焼け
トッシーさん おはようございます。

>頭の悪い僕には難しく、5回程読みました^^;

いえいえ、実はこの記事は、3つに分けたほど最初は長文でした。
それを、むりやり1つにしたので、文の構成が悪くなっています。
話が飛んでいるでしょう。 ごめんなさいね。
すこし直しました。(^^;

写真はハワイのいわゆる”日立の木”の中です。
あの枝と同じくらい、見えない地中には根が張ってるんですよ。

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