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2015-06-30(Tue)
創価の第二代会長である、戸田先生は、どのようにして広宣流布を成し遂げるのか、そのことについて語っていますが、少なくとも信心している人の中から、社会のあらゆる分野で活躍する人材が、輩出されてこなければ広宣流布はできないと仰っています。 その人材というのは、実力と実績を備え、人類社会に貢献する逸材を意味しているのですが、戸田先生の時代に、そのことを理解する人は少なく、その少ない中でも、実現するために実際に行動した人は池田先生しかいませんでした。

池田先生は第三代会長に就任してから、まず高等部(1964年6月)を、そして中等部(1965年1月)さらには少年部(1965年9月)と次々と結成されて、妙法を持(たも)った未来の多様な人材群を育成するために、全魂を込めて、信心の楔を打ち込んできました。 そして、今、世界広宣流布の新時代を迎え、その鳳雛は鳳凰となって羽ばたき始めています。
ある人は社長となり、ある人は医者となり、またある人は外交官となり、そして、ジャーナリスト、弁護士、経営コンサルタント、建築家、都市計画家、地球環境研究者、物理学者、科学者、教育者、芸術家、芸能人、音楽家、スポーツ選手、料理人、レストランオーナー、パテシェ、タンカーの船長、国際線機長などなど、あらゆる分野で、有為な人材が活躍しているのを目にするようになりました。 いずれは、世界中の地域に創価の連帯が拡がって、その中からノーベル賞を受賞するような人も出てくるにちがいありません。

広宣流布がすすむと、その中から人材が生まれ、人類の幸福と社会の平和に貢献するようになります。 「 立正安国 」というのはそうゆう原理にほかなりません。 広宣流布という運動が人材を生み出し、人類の宿命転換を成し遂げ、苦脳の娑婆世界を常楽我浄の寂光土へと変えていくのです。 広宣流布というのは、単に信心する人が増えるということではないといえます。 日常という戦場の中で仏道修行に挑みながら、宿業・境涯を変え功徳・福運を積み、妙法を持(たも)った智勇兼備の慈悲の人となって、陸続と社会に躍り出てゆき、人類の幸福を築いていくことであります。 人類の幸福と平和な社会がなければ、広宣流布の実はないのです。

今はあまり聞きませんが、わたしが学生部のころはこれを” 総体革命 ”と言っていました。 わたしも、理想に燃えて情熱を傾けた思い出があり、それは今でも懐かしく、思い出されるたびに胸が熱くなります。 いよいよ、その時が近づいてきているんだな、と、学生部結成記念日に思います。
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2015-05-06(Wed)
第二代会長の戸田先生は「 学会精神というと、なにかめんどうなことのように思うだろうが、それは、ただ” 日蓮大聖人様の時代に還れ ”というだけです。 日蓮大聖人様のお心を心として、この御本尊様を、みんなに受け持たせたいというだけなのです。 」と仰っていました。 

戸田先生が仰るように、創価の精神は、この信心の血脈にあります。 逆に言えば、日蓮大聖人の心を心とする信心が無くなれば、創価の創価たる所以は無くなるということであります。 歴史を見ると、今の天台宗は、名前は天台宗でも心は真言宗になりさがり、日蓮正宗は、名前は日蓮正宗でも心は外道になりさがってしまっています。 創価は、歴代の会長の心を心として、広宣流布に生き抜いていかなければなりません。 創価家族の麗しい団結で、一人一人が幸せになりながら、宿業に苦しんでいる人々に、この信心を教えてまいりましょう。 戸田先生が詠まれた和歌「 妙法の広布の旅は遠けれど 共にはげまし 共々にゆかなむ 」とあるように。


※ 2015/05/11 改訂
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* by 夕焼け.
Mo.379さん、こんばんわ。

そうですね、羨んでもどうしょうもないことですね。

わたしも若いころ、劣等感という針で、自分で自分の心を突いて、苦しい思いをしていましたが、劣等感がなければ人は向上してゆけません。 向上心と信心があれば、必ず道は開けます。

しかし、そう簡単にその人のようになれるでしょうか。 また、そうなる必要がほんとうにあるのでしょうか。 人には個性、持ち味というものがありますから、それを大事にし、魅力として磨いていくことのほうが良いのではないでしょうか。


2015-03-10(Tue)
御義口伝の「 第六此人不久当詣道場の事 」には、次のようにあります。

『 此の品の時最上第一の相伝あり、釈尊八箇年の法華経を八字に留めて末代の衆生に譲り給うなり八字とは当起遠迎当如敬仏の文なり、此の文までにて経は終るなり当の字は未来なり当起遠迎とは必ず仏の如くに法華経の行者を敬う可しと云う経文なり、 』

わたしたち創価の同志は、お互いにこのような気持ちで遇することが、最も大事であります。 創価の組織では、役職や世間的地位や男女に関係なくそうであってほしいものであります。 法華経の宝塔品には、多宝如来が半座を分けて釈迦仏を迎え入れ、二仏並座する様子が説かれていますが、このように互いに尊敬し、大事にしあっていく姿が創価の姿なのです。 広宣流布大誓堂にある八本の柱も、その意義を込めて八本となっています。

そうはいっても、組織には、様々な人間がいますから、表向きにはそのように振舞っても、心の中までそのようにはいかないかもしれません。 しかし、それが末法の修行であり、境涯を高めていくために必要な、心のせめぎ合いとなるのであります。 不軽菩薩は、相手が法華経の行者でなくとも、このように修行して、自らの心に勝ち、仏と成ったのであります。
仏法対話をして相手から悪口をさんざん言われ、それによって、過去の罪業を消すことができるといわれますが、それは、創価という組織内においても同じ原理で、人間関係のなかに自らの宿業が出てきます。 そして、それを解決するのは、やはり信心であります。 信心しかありません。 信心でそれを乗り越えていかないと人間革命はできません。 境涯は変わってゆきません。

世間だろうと、創価という世界であろうと、どこにいても、この原理は不変です。

わたしは、いままで、たくさんの創価の先輩、隣近所の創価のおばさん・おじさんに、親でもしないような面倒をみてきてもらいました。 信心を学ばせていただきました。 皆、いい人ばかりです。 感謝の念を禁じえません。 創価という世界は、同志の絆というものは、砂漠の中にあるオアシスのようなものです。 このような世界を、世界中に創り上げていくのが、わたしたちの使命であり、変わらぬ運動ではないでしょうか。
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* by 王者の剣
はじめまして。
王者の剣と申します。
いつもいい記事をありがとうございます。

「当起遠迎当如敬仏」私も大事にしている言葉です。
地区という場所、地域という場所こそが自分を映し出す鏡ですね。
まさに浄玻璃の鏡ですね。

そこで輝き、信頼を得ることが、境涯革命であり、広宣流布だと思います。

その人のことは、その地区に行って聞いてみればすぐにわかります。ネットでは曖昧にできても、地域では嘘は通用しません。そこに責任と本当の戦いがあると思います。

仏法のことをよく御存じの方からお話を聞くことは楽しいことです。これからも楽しみに拝見させていただきます。

私も陽水や拓郎世代です。今も彼らの歌は色あせませんね。私は「紙飛行機」が好きです。

* by 夕焼け.
王者の剣さん、ようこそ。

「 浄玻璃の鏡 」たしかにそのようにも言えますね。 仰るとおりです。

身近なところでの、人間関係に勝利することが、大事ですよね。 家庭、職場、地域に、妙法の華を咲かせていくことができる人こそ、本物だと思います。

これからも、お越しください。

「 紙飛行機 」ですか、ロックですね。(^^

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* by 夕焼け.
No.375さん、こんばんわ。

ようこそ。(^^

このブログを始めて、そろそろ4年が経とうとしています。
色々と書いてきましたが、そこに流れる想いというのは、永遠の生命観にたって人生というものを考え、いかに生きていくべきなのか、知ってほしいということにあります。 時間は掛かりますが、少しずつ過去の記事も読んでみてください。

それはそれとして、わたしもそのような思いを経験していますから、よくわかります。 それは、信心をしていくうちに、必ず克服できます。 そのような痛みを受けることで、過去の悪業を消しているのですから、大丈夫ですよ。 ”よし、これで一つ消えた”と思って、御本尊に感謝の題目をあげていってください。 そして、そのような状況から逃げることなく、化他の信心を続けていくことが大事です。 落ち込むこともあるでしょうが、そのたびに、題目をあげていけば、知らぬ間に、その人を大きく包み込むことができるような境涯になっているでしょう。 そして、そんなことが気にならないようになります。 かえって、人の心の微妙な動きに気遣うことのできる人になっているでしょう。 信心をして、そのような人材になるために、そのような気質をもって生まれてきたのです。

物事にはなんでも理由があります。 いまは、落ちこんでもいいんです。 その悪業が切れれば、自然と落ちこまなくなります。 わたしは、そうでした。

境涯革命(成仏)するための信心ですから、手ごたえのある人生のほうが、いいんです。 なにごともなく、のほほんとした人生では、本当の喜び、幸福というものを味わうことはできません。

2015-01-05(Mon)
第二代戸田会長が、ある寺院の落慶法要で、法華講と講の一つである創価学会の違いについて次のように話されたことがあります。 


* 「 古い御信者(法華講やその他の講)と違うところはですね。 古い信者方は、“ いつか広宣流布はできるだろう ”と、こう思っているのと、創価学会は、“ 広宣流布をする ”ていうのと、それは、ちょっと違うんですね。 それだけの相違なのです。
古い御信者は、いつかできるだろうと呑気にしていますけども、我々は、すぐやらんきゃならんと思うから忙しいだけです。 」 (抜粋)


この差は、まったくもって大きいですね。
この差が、今の邪宗門を生んだ遠因といえるでしょう。
心が腐ってしまうのは目に見えています。
 “ 広宣流布をする ”、“ 今すぐやらんきゃならん ”という思いは、そのまま日連大聖人の心ではないでしょうか。 久遠の誓願に生きる創価だからこそ、仏意仏勅の団体となったのです。

「 時を待つべきのみ 」と大聖人は仰っていますが、勘違いするのも甚だしいといえます。
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2014-12-26(Fri)
創価の会則が11月7日に改訂され、世間では色々と言われているようですが、わたしなりの考えを示しておこうと思います。

新しい会則では「 一閻浮提総与・三大秘法の大御本尊を信受し 」というところを「 根本の法である南無妙法蓮華経を具現された三大秘法を信じ 」と変えて、「 御本尊に自行化他の題目を唱え 」を加え、「 一閻浮提広宣流布」を「世界広宣流布 」と置き換えています。 

これを受けて、邪宗門の輩が三大秘法の否定だと喧伝するむきもあるようですが、そんなことは断じてありません。 この改訂された文言をよく考えてくだされば判ることであります。
わたしが思うに、この改訂の星は「 信受 」 という言葉を「 信じ 」としたところだと思います。 一閻浮提総与の御本尊を権威の象徴として利用し、信徒を屈服させようとする邪宗門に、はっきりと「 NO 」を突きつけたと言えるでしょう。 

一閻浮提総与の御本尊は、三大秘法総在の御本尊と言われておりますが、わたくしどもが戴く御本尊もそれは全く同じであります。 大法弘通慈折広宣流布の暁に、一閻浮提総与の御本尊に、世界中の人々が一堂に南無妙法蓮華経と唱えるとき、それがそのまま、事の三大秘法となり、そこに、そのまま御本尊が現出することになるのです。 御本尊の相貌に当てていえば、その時の一閻浮提総与の御本尊が多宝如来にあたり、南無妙法蓮華経と唱える世界中の人々とその三世間が釈迦如来並びに余の三千にあたり、日蓮大聖人の心を心として唱えられるところの題目が南無妙法蓮華経日蓮にあたります。当然、 「 大梵天王・帝釈等も来下して踏み給う 」ところとなるでしょう。 本門の事の本尊と題目と戒壇は、遺命である広宣流布の潮流の中にしか顕れないのであります。 

一閻浮提総与の御本尊は、日蓮大聖人がこのことを託し遺された御本尊でありますから、意味のある御本尊ではありますが、他の御本尊を否定するためにある御本尊ではないのです。 ましてや、密教のような開眼のための御本尊などでも決してありません。 番人ボケした宗門は、このことがわからないため、一閻浮提総与の御本尊にしがみついて、偉ぶっているうちに邪宗門に落ち、大石寺を魔殿にしてしまったのです。 現在の大石寺の奉安殿が、いかにも伏魔殿というようなデザインになっているのには” なるほどな ”と感じます。

※ 2015/01/05 改訂
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2014-03-05(Wed)
アーノルド・トインビー博士との対談で、世界中の識者・政治家・思想家・芸術家・科学者らとの対話を託されたSGI池田会長は、文明間・文化間・民族間・宗教間に横たわる溝に橋を架けるように対話を重ねてきました。 あれから42年、一人との出会いの中で生まれた約束を、これほどまでに切実な思いで誠実に向き合って努力する姿に、わたしは尊敬の念を抱かずにはいられない。


・ 第3話 対話で開く平和の大道
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* by 風鈴
初めまして。東京の男子部の風鈴(ふうりん)と申します。

私は現在阿弥陀如来と南無阿弥陀仏が大好きな
人を折伏しています。なにかいい記事がないかなと
探していましたら、夕焼け様の2011-08-11(Thu) の記事が
非常に素晴らしかったので、その知人に内容を伝え
させていただきました・・・・

もう何度も折伏してる方ですが夕焼けさんの
記事で彼の心に響いてくれるかなぁと
思っております(^O^)

ありがとうございました

* by 夕焼け.
風鈴さん ようこそ。

素晴らしい。
折伏は真の友情の証です。

人間生命の根幹に仏の生命の覚醒を促すのが折伏であり、
それは自身の仏の生命の薫発にもつながっています。
折伏の真髄は、唱題にあり、友を想い題目をあげぬいてください。

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* by 夕焼け.
No.320さん、大変でしたね。

今日の聖教新聞の新・人間革命に総てがあります。
わたしが、それ以上付け加えることはありません。

信心は” 心こそ大切なれ ”であります。
その一点を踏み外せば、功徳はありません。
難を受けきって、どうか宿業を転換してください。

勝利のカギは、やはり題目と折伏にしかありません。
いやでも、辛くても、一歩を踏み出すことが” 億劫の心労を尽くす ”にあたります。

2014-03-04(Tue)
まず会うこと、そこからしか対話は始まらない。

仏法を語る事も大事だが、
顔と顔を会わせ、話せることから始めれば、
それが、心と心を結んでゆくきっかけとなる。


・ 第2話 対話と行動の軌跡
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2014-03-03(Mon)
民族である前にあるのものは人間、
その人間の振る舞いを説ききったものが仏法にほかならない。

不軽菩薩の心を持てるかどうか、
人間の本質を見つめる哲学がなければ、
人間は禽獣と変わらないものになってしまう。


・ 第1話 そこに人間がいる
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2014-02-27(Thu)
世界広宣流布の時代とは何か、わたしは、それを地球市民としての自覚と連帯を、民衆レベルで世界中に築いていく時代、と考えたい。 それは、第二代戸田会長の” 地球民族主義 ”という信念を、人々の心に灯していくことにほかなりません。

先ほど、国連本部で行われた「 世界市民と国連の未来 」というシンポジウムで紹介された、SGI池田会長のメッセージには次のようにあります。


* 明年、国連は創設70年の佳節を迎えます。 その創設の歴史的な意義に思いをはせる時、胸に浮かんでくるのが、私の師である創価学会の戸田城聖第2代会長が述べていた「 国連は、20世紀の人類の英知の結晶である。 この世界の希望の砦を、次の世紀へ断じて守り、断じて育てていかねばならない 」との言葉であります。
第2次世界大戦中、日本の軍部権力と対峙したために投獄された戸田会長が、出獄を果たしたのは、サンフランシスコで国連憲章が採択された1週間後のことでした。 その憲章の前文には“ 一生のうちに二度まで言語に絶する悲哀を人類に与えた戦争の惨害から将来の世代を救う ”との崇高な目的が謳われていますが、戸田会長は、戦争をはじめ人類が直面する問題を根本的に解決するには、一人一人の民衆の内なる力を引き出し、国境を越えた連帯を強めて行動することが基盤になると考え、「 地球民族主義 」を提唱し、民衆の連帯の中心軸は国連以外にないと訴えたのであります。

< 国連本部でのシンポジウムへのメッセージ > より


国の為政者たちが、いまだに、「 他の人々の犠牲の上に自分たちの幸福や繁栄を追い求めて 」反目しあっている間に、わたしたちは、世界広宣流布という大潮流のなかで、世界の市民同士の内なる連帯を築き上げ、国と国を分かつ国境線を、地域と地域を多様な文化で彩っていくパッチワークのようなものにしてしまいたい。
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2014-02-26(Wed)
対話を通じて、何かが生まれる。
人というのは、そうゆう相対的な中で、人格を育んで成長していけるのではないでしょうか。 そのとき、相互の差異や違いが、より成長を薫発しゆく触媒となります。
わたしたちが、毎日、御本尊と対話している行為は、その究極の原理と言えます。


・ 第3話 対話の喜び
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2014-02-25(Tue)
どんなに、会話を繰り返そうとも、こころが無ければ通じあえない。 相手と向き合い、相手のこころを受け止め、理解しようとするこころだ。 相手に誠実な、嘘のない、真剣なこころだ。


・ 第2話 対話のこころ
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2014-02-24(Mon)
今週から、SOKAnetの動画サイトから、
SGI池田会長の、対話の旅をテーマとした動画を紹介したいと思います。

池田SGI会長は、何もかも脱ぎ捨てた、一個の人間としての対話によって、人と人の心を紡いでゆくことに力を注いできました。 そして、その誠実な姿勢と行動は、多くの人々の胸襟を開き、互いの友情を育んできました。


・ 第1話 先入観を超えて
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2014-01-31(Fri)
第二代会長就任式 
(写真:SGIグラフ 第二代戸田会長就任式 昭和26年5月3日 常泉寺 )

1月も終わり、2月を迎えます。

創価では伝統の2月闘争といって、仏法対話の季節となります。 信心されていない方たちには、ちょっと面倒かもしれませんが、創価の友人たちの言葉に、どうか耳を傾けてください。

ところで、創価では” 2月闘争 ”と、この時期になると盛んに言われるようになりますが、わたしにはピンと来ないところが、実はあります。 それは、わたしが信心を始めるようになってから、社会人になるまでの、中等部、高等部、学生部、男子部と、ねんがらねんじゅう2月闘争だったような気がするからであります。
宴会の席で歌われる” 酒飲みの歌 ”というのがありまして、月ごとに酒を飲む口実があるわけですが、それと同じくらいに、毎月毎日が仏法対話の日々でありました。 まぁ、特別に強調するまでもないくらいに、仏法対話は創価での日常だったのであります。

2月闘争の原点である、昭和27年(1952年)2月の若き日の池田先生が指揮した鎌田支部の躍進は、そのまま脈々と受け継がれ、現在に至る創価の未曾有の発展と、世界広宣流布の流れを生んできたわけでありますが、経文にも「 毎自作是念 」とあるように、間断なく仏法対話の流れを進めていくことが、創価の真の伝統であります。

とはいっても、歴史の重みというか、意義と言いますか、やはり心が燃えますね。

 (^^)/
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* by 夕焼け.
No,316さん、ありがとうございます。

写真は「 常泉寺 」です。

2014-01-16(Thu)
昨年11月の「 広宣流布大誓堂 」の落慶に際して贈られた、SGI池田会長のメッセージに次のような言葉があります。


* 「 広宣流布の大願 」と「 仏界の生命 」とは一体です。 だからこそ――この誓いに生き抜く時、人は最も尊く、最も強く、最も大きくなれる。 この誓いを貫く時、仏の勇気、仏の智慧、仏の慈悲が限りなく湧き出でてくる。 この誓いに徹し切る時、どんな悩みも変毒為薬し、宿命をも使命へと転じていける。

< 2013年11月19日付聖教新聞 >より


三大秘法の真髄がここにあります。 仏の道を歩むところにしか、成仏はないのであります。 仏の願いはなんだったでしょう。 仏の誓いはなんだったでしょう。 仏の宝とはなんだったでしょう。 御本尊と共に対話し、御本尊と共々に生きてゆくのが創価の精神であります。
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2014-01-07(Tue)
昨日の聖教新聞、「 太陽の励まし 池田名誉会長と誓いの同志 58 」の中で、「 世界広布の火 」のことが紹介されていました。

この” 火 ”は、日蓮大聖人御生誕の前年、承久三年(1221年)に、岐阜県明宝村の千葉家の囲炉裏で灯されて以来、煌々と燃え続けてきた” 千葉家いろり火 ”から採火され、岐阜県の婦人部の方が千葉家当主から譲り受け、当時の村長の一筆を添えて、平成4年(1992年)4月26日の中部総会に参加するため、名古屋を来訪していたSGI池田会長のもとに届けられたものであります。

千葉家のいろり火

翌年(1993年)、東京・信濃町で行われた新年勤行会の席上で紹介されて、点火式が行われ、「 創価永遠の火 」と命名されました。 それ以来、学会本部・師弟会館の御宝前に供えられていたのですが、「 世界広布の火 」と新たに命名されて戸田記念国際会館に移された後、先頃完成した創価総本部に納められました。

世界広布の火 
 
日蓮大聖人と時を同じくして生まれ、793年間ものあいだ燃え続けてきた” 火 ”が、今、創価総本部に納められたというのは、とても不思議な巡りあわせであり、意義深いものを感じます。
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* by 河越武蔵守
歴史、尊い歴史を感じますね。
連祖大聖人様の、御在世時の火が燈されてる。
素晴らしいですねぇ。

* by 夕焼け.
武蔵守さま、おはようございます。

大聖人時代から残っているものは、この” 火 ”以外にもあるでしょうが、このように変わらず生き続けてきたものは少ないでしょう。
すばらしい!のひとことです。

2013-12-26(Thu)
おお 仏法即社会の英雄たちよ!
心ない悪口罵詈など
朗らかに はね返して
宿命を使命に転じてきた
偉大な幸福博士の母たちよ!
猶多怨嫉の難があるほど
負けじ魂を燃え上がらせて
激戦に挑み勝ちゆく
尊き勇敢な青年たちよ!

この同志こそ 私の無二の宝である。
この後継こそ 私の最上の誇りである。

おお わが愛する同志よ!
いかなる卑劣な陰謀にも
庶民の勇者たちは
微動だにしなかった。
我らは勝った!
勝ち抜いてきた!
憤激(ふんげき)に身を震わせ
破邪顕正の宝剣を掲げ
苦難を共にしてくれた
真の同志に感謝したい。


< 輝き光れ! 我らの五月三日 >より


” この同志こそ ”とは、
御書に『 日蓮が一門となりとをし給うべし、日蓮と同意ならば地涌の菩薩たらんか 』とあるとおりであります。
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2013-12-25(Wed)
苦労知らずの甘ったれなど
私は眼中にない。
陰の陰で
祈りに祈り
動きに動き
誰が誉めなくとも
ただ冥の照覧を信じて

道なき道を開拓していく
わが真実の同志のために
わが誠実な同志のために
私は生き抜くのだ。

あの遠く離れた佐渡の
千日尼への御返事には
「 御面(おんかお)を見てはなにかせん
心こそ大切に候へ 」と
仰せになられている。

たとえ会えずとも
我ら創価家族の心と心は
いつもいつも
一緒であり一体である。
来る日も来る日も
広宣流布の最前線に立つ
誰よりも健気な
強く明るい友の顔(かんばせ)が
私と妻の心から
離れることはない。

「 此の法門を申すには
必ず魔 出来(しゅったい)すべし
魔競はずは
正法と知るべからず 」
我らは
競い起こる三障四魔にも
怯まず勝ち切ってきた。


< 輝き光れ! 我らの五月三日 >より


” 陰の陰で 祈りに祈り 動きに動き ”と、
信心の真髄は、ここにあり、誰が見ていなくとも、日蓮大聖人は、御本尊は御存じであります。
功徳は厳然であります。

” 私は生き抜くのだ。 ”とは、
まさに、小説「 走れメロス 」のごとくであり、
「 永遠の都 」のようであります。
人は、信じる者のため、信じる道を生き抜いて、死んでゆければ、これほどの満足はありません。

” たとえ会えずとも ”
このことを、どうか確信していただきたい。
感応妙で、いつも一緒であります。
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2013-12-24(Tue)
今日から、12月22日付聖教新聞に載った、
世界桂冠詩人であるSGI池田会長の詩を3回に分けて紹介いたします。

世界に平和を!
民衆に幸福を!
人間に勝利を!
この根本の誓願と原理を
「 立正安国 」といい
「 広宣流布 」という。
仏意仏勅の創価学会は
そのために生まれたのだ。

『 地上から
「 悲惨 」の二字を無くしたい 』
この師の悲願のままに
苦悩にあえぐ民衆がいる限り
創価学会は断じて戦い続ける。
母子の悲嘆の涙が消えるまで
創価の師弟は前進を止めない。
そして絶対勝利するのだ。

艱難は一切 覚悟の上である。
「 いまに一日片時も
こころやすき事なし
此の法華経の題目を弘めんと
思うばかりなり 」
この御心を受け継ぐのが
三代の師弟であるからだ。

ゆえに私は
誰よりも悩む!
誰よりも苦しむ!
そして誰よりも
無冠の庶民の味方として
一番苦労している友を
渾身の力で励ますのだ!

厳寒の冬には
寒風に一人立つ友を思い
熱暑の夏には
額に汗する友の健闘を祈った。
脚光を浴びる舞台を見れば
人知れぬ裏方の尊き苦闘に
南無し感謝を捧げた。


< 輝き光れ! 我らの5月3日 >より


” 創価の師弟は前進を止めない。 ”というのは、
いちおうは三代の師弟ではありますが、一重深く探れば、わたしたちと池田先生の師弟であり、そこには、師弟の契りと報恩の真髄が詠われています。

” 誰よりも悩む! 誰よりも苦しむ! ”とは、
なんと、偉大な煩悩でしょう。 薄っぺらな聖人を気取った坊主など、思いもよらないことであります。
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2013-11-14(Thu)
現在、連載中の「 新・人間革命 」に、創価小学校の設立の経緯が描かれていますが、その中で、伸一(池田SGI会長)が小学校校舎の起工式を迎えて、深い感慨の中、先師である初代牧口会長に心の中で語りかける場面があります。


* “ 牧口先生! 先生は、国家のための人間をつくろうという教育の在り方に抗して、子ども自身の幸福を実現するために、創価教育を掲げて立たれました。 今、その創価一貫教育の学舎が、この小学校の建設をもって、完成を迎えます。
どうか、新世紀を、五十年先、百年先をご覧ください! 人生の価値を創造する人間主義教育の成果として、数多の創価教育同窓生が燦然と輝き、世界の各界に乱舞していることは間違いありません ”
 伸一は、先師・牧口常三郎と、まみえることはなかった。 しかし、彼の胸中には、恩師・戸田城聖と共に、常に牧口がいた。 戸田を通して牧口を知り、戸田の先師への誓いを、わが誓いとしてきた。 誓願の継承こそが、師弟の生命にほかならない。

< 若芽 18 >より


弟子は師の奴隷ではない。
ましてや師の権威に隷属する立場でもない。
弟子は師の誓願を自らの誓願として継承しゆく存在であり、師と弟子という関係ではあるが、深いところでは同志なのであります。 そのことを、創価の人間はよく知っていますが、信心していない人には、なかなか理解できないことのようです。

総本部落慶入仏式
(写真:2013年10月6日付け聖教新聞 総本部落慶入仏式)

創価の総本部が完成しました。
名づけられた名称が「 広宣流布大誓堂 」であります。
” 聖堂 ”で無く” 誓堂 ”。
創価らしい名称ではないでしょうか。
法華経に説かれた虚空会では、釈迦は末法の広宣流布を誓った地涌の菩薩にすべてを付属しています。 ” 生死一大事血脈 ”というのは、師の誓願を誓願とする弟子の姿の中にあり、創価の祈りの場所は、久遠元初から変わらず続く、誓いの場所なのであります。
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2013-11-06(Wed)
中等部研修会
(写真:聖教グラフ 中等部研修会にて 昭和51年7月 神奈川)

昨日の聖教新聞に「 生命の光 母の歌 」と題されて、オーストリアの声楽家・サイフェルト博士と池田SGI会長との対話が掲載されていました。 
そのなかで、池田SGI会長は次のように話されています。


* 心のこもった声は命を軽やかにし、生きる力を与えます。 日蓮大聖人は、「 梵音声と申すは仏の第一の相なり 」と綴られています。 仏が持つ、人々を救いゆく数々の勝れた特徴の中で「 声 」が最も大切な性質であると説かれているのです。
 それは、何か特別な「 声 」ではありません。 自分の身近な人、縁する人を、心から励ましていく。 言葉巧みな言い回しなど必要ありません。 真心を伝えていくことです。 たとえ病気等で声が出せなくても、振る舞いで、自らの姿で人を励ますことはできます。 誰にでも、その人にしか幸せにできない人が必ずいるのです。

<第2章 声の力、文化の力>より


人は世界中で、どんなに多くの人がいようとも、その人は、たった一人しかいない。 一人しかいないけれども、他の人なしではその存在の意味は見いだせないし、生きてゆくことすらむずかしい。
一人は尊い存在ではあるけれど、他の人との関係性において生まれてくる尊厳性であり、価値といえるのではないだろうか。 潜在的に人は人を支えていく存在なのだといえるでしょう。 

他の人の何気ない思いやりの一言や、誠実な姿が、苦境にあるとき、どれだけありがたいことか。 勇気が湧き、闇に希望の灯が燈ります。 創価の連帯と拡大は、この有形無形の励ましと祈りから生まれていることを、わたしは知っています。 世界の人々が、この陣列に続々と加わってきているのは、この人間としての魂の共鳴からであります。

真の幸せは、他の人が幸せになることで生まれます。
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2013-11-05(Tue)
日常の風景


先月の10月28日にインド創価池田女子大学で第10回卒業式が執り行われました。 そのときの池田SGI会長夫婦のメッセージのなかには次のような言葉がありました。


* 仏典には「 人のために灯をともせば、自分の前も明るくなる 」と説かれます。 人に尽くす勇気の行動こそが、自他共の未来を燦然と輝かすのであります。 

* 朝の来ない夜はない。
  闇が深ければ深いほど暁は近い。
 「 創価 」とは、希望がないところにも希望を創り出していく、不屈の太陽の異名です。


利他の祈りと行動は仏の姿であり、それに連なることで、人は自らを尊厳たらしめ、金剛不壊の境涯と環境を創りゆくことができるのであります。 勇気ある行動こそ創価の魂であります。
創価の信心は究極の希望となるものです。 不可能を可能としゆくのがこの信心です。
妙法とは尽きることのない蘇生の力のことであり、法華経には「 如来秘密 神通之力 」 と説かれており、妙法の当体とは御本尊のことでありますが、南無妙法蓮華経と唱え、人に信心を語りゆく我らのことでもあります。
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2013-08-26(Mon)
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(写真:SGIグラフ 家庭訪問 昭和54年8月 長野)

昨日の聖教新聞に、池田先生の次のような言葉が載っていました。


* 信心の世界は、どこまでも温かく、 思いやりのある、真剣で、まじめな世界である。
悩んでいる人を温かく励まし、希望を送る。 真面目な人を、決して裏切らない、純粋な心の世界である。  純真こそ、信心の基本である。 真剣こそ、力である。 大誠実こそ、信頼の絆となる。

* 人生の苦難と戦い、理想に生き抜く友のために、一生懸命に尽くしていく。 人の苦労の痛みがわかる。 温かで人情味のある世界が、創価学会である。 この一点を、リーダーは忘れてはならない。 人は、組織や立場についてくるのではない。 人柄、人格、人間性についてくるのである。

< 名誉会長と共に 今日も広布へ 33 > より


日蓮大聖人は 『 教主釈尊の出世の本懐は人の振舞にて候けるぞ、 』 と仰っています。 法と言っても、その偉大さは、現実の人できまります。 創価の師弟の凄さは、この豊かな人間性の継承にあります。 これを失えば、創価の創価たるゆえんが無くなります。 この人間共和の拡大こそが、広宣流布そのものなのであります。
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2013-08-25(Sun)
今日の聖教新聞に次のような詩が載っていました。


< わが友に贈る >

* 仏法は 「 桜梅桃李 」 。
 〝 自分らしく 〟 進もう!
 人と比べるのではない。
 真っすぐな信心に
 最高の力と個性が輝く!


創価のことを、ファシズムや全体主義になぞらえ、金太郎飴のような人間を育成していると、思っている人は少なくありません。 欲に言う知識人に、このような人が多いのには、がっかりします。

仏法は、ファシズムや全体主義と相克にあるものであり、個の確立を目指し、何物にも侵されることのない、真の自由を心に打ち立てることを目指しています。 金太郎飴のような仏や菩薩はおりません。 経典を覗けば、実に個性に溢れ、それぞれの特質や特徴を持つ仏や菩薩で溢れています。

創価の信仰は、パーソナリテイーを最大に発揮させてくれるものなのです。
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2013-06-27(Thu)
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SGI池田会長の著作に「 君が世界を変えていく 」という本があります。 世界の少年少女に向け、平和への心を語りかけたものですが、その中の一文を紹介いたします。


*「 苦しんでいる人を、ほうっておけない 」
その焼けるような思いが、釈尊の心であった。
また、イエス・キリストの心であったし、マホメットの心であったと私は信じる。
苦しむ人のもとに駆けつけ、希望の手を差しのべる人であった。
宗祖のその < 人間愛の原点 > に返ろう!
そして、憎しみの熱風に荒らされた地球を、慈愛の大河と大河で潤していこう!

安斎伸先生と、私は、何度も何度も、そうゆうことを語り合った。

<宗教は平和のためにある>より


安斎先生とは、上智大学の名誉教授で、バチカン聖庁の信徒評議会評議員をやられた方です。 池田先生と親交を重ねてこられ、かつて、某新聞で、池田先生の叙勲にたいする誹謗中傷の投稿コラムに対し、厳しい反論の投稿を寄せられた、というエピソードをおもちです。

創価(SGI)は国連の宗教NGO委員会に参加し、副議長、議長を務めたことがあります。 国連加盟国、国連部局機関、NGOが参加する 「 平和のための宗教間協力3者フォーラム 」 が発足したときには、NGO側の代表を務めるなど、国際的な宗教間対話の活動を積極的推進してきました。 それは、この一文に込められた想いが背景にあるからなのですが、信心されていない方は意外に思うかもしれませんね。

このことだけでなく、創価の普通の姿を知れば、意外なことはまだまだあります。 (^^
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2013-06-26(Wed)
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(写真:SGIグラフ  南アフリカ ダーバン 2013年4月)

創価の凄さは、信心した人の信仰体験の多さと感動的な内容にあると、つくづく思います。 

聖教新聞、大白蓮華、各種会合や座談会には、必ずといっていいほど、新しい体験談が次から次へと紹介されています。 身近な人や海外に住む人にいたるまで、苦難を克服した実証を目のあたりにすると、日蓮大聖人の仏法の正しさを改めて実感させられます。 

わたしは、信心したばかりのころに、初信の功徳を体験し、信仰に確信をもつようになったのですが、その後、清算しなければいけない宿業が出てきたり、福運を積むため、境涯を高め、人間として成長するために、様々な苦境や労苦に見まわれはじめると、確信も褪せ、逡巡したり、引き下がったり、落ち込んだりするようになることがありました。 しかし、多くの同志のすばらしい体験談にふれることで、初信を取戻し、唱題し、仏法対話に汗を流すことで、さらなる実証を掴んできました。

日蓮大聖人は、御書のなかで、『 仏法をこころみるに道理と証文とにはすぎず、又道理証文よりも現証にはすぎず 』と仰っていますが、” 本当にそうだなぁ ” と思います。 仏教の浅深・善悪・正邪は、釈迦の残した経典やその論理的内容によって判定することは当然として、 ” 人々を実際に救ったのか ” という視点から見ていくことが大切であります。 その点で、日蓮大聖人の仏法、なかんずく創価の信心には、ほかでは真似のできないほどの ” 現証 ”があり、質・量ともに、創価にはどんな宗教も敵わない。
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2013-05-04(Sat)
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(写真:2013年5月3日付聖教新聞  4月27日東京新宿区内)

5月3日の聖教新聞に掲載された、池田SGI会長と奥様の写真です。
池田先生のお顔は変わりありませんが、お体はすこし痩せられたように感じます。 写真を拝見していて、思わず “ 先生。 いつまでもお元気で! ”  と、心のなかで語りかけていました。

思えば、第3代会長に就任されてから53年間、どれだけの人が池田先生に励まされ、勇気と希望を抱いて蘇生したことか。 今までの人生の中で、これほど人間性に溢れ、厳しくも慈愛に満ちた人を、わたしは知らない。 池田先生の振る舞い、語られる言葉に、感動し、尊敬の念を抱かずにはおられません。

わたしは、代々の会長の信念と行動、そしてなによりも、その人間性を範としていきたい。
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2012-11-08(Thu)
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今月号の 「 大白蓮華 」 の巻頭言で、池田SGI会長は、御書の 「 立正安国論 」 の主人と客人の対話の妙を捉えて、薫り高い蘭の花のある部屋に入ると、その人まで香しく看過されるとの 「 蘭室の友 」 の故事を引き、 「 よき友との交流によって、正しき哲学と貢献の行動に目覚めることができる 」 として、 「 心の垣根をつくらず、胸襟を開いて、気さくに対話をしていくことが、どれほど大切か 」 と訴えておられました。
また、 『 どの人の生命にも、必ず仏性が内在している。 その仏性に、妙法を唱える 「 地涌の菩薩 」 の勇気と誠実の声が響かないわけがない。 師・戸田城聖先生は言われた。 「 誰もが悩み多き衆生ではないか。 かりに反発しても、命の奥底では、仏法を求めている。 話をした以上、妙法と永遠の縁を結んだのだから、相手は必ず変わっていくんだよ 」 この確信の対話で、尊き多宝の友は広布の原野を開拓してきたのだ 』 と述べておられます。

” 気さくに対話していく ” ことが、なかなかできないのが現状ですが、仏法対話とはそのようにして、友の心に種を植えていくことなのです。 気張らず、気負わず、気にせず、対話を縦横に広げていくことが大事なのであります。
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2012-10-04(Thu)
* 人生の師匠と仰ぐ戸田城聖先生の弟子として、いかなる苦難も恐れずに、前へ前へ突き進んできました。 何が起ころうとも、民衆の幸福のため、正義の勝利のため、世界の平和のため、断固として新たな価値を創造していくことが、「 創価 」 の魂だからであります。

< 聖教新聞 >より


この言葉は、昨日、創価学園の記念集会で、創立者である池田先生が、東京と関西に集った小・中・高の学園生に贈ったメッセージのなかにあったものです。 ” 幸福・勝利・平和 ” は ” 民衆・正義・世界 ” のためにあると訴えておられます。 そして、それを断固として創造していくのが ” 創価の魂 ” であると仰っておられます。 ” 何がおころうとも ” です。

創価は青年を原動力として、いままでの広宣流布の歴史を作ってきました。 これからもそうであります。 その青年の多くは、最初に個人的な様々な動機から信心を始めています。 しかし、 ” 創価の魂 ” に触れるにつれて、哲学を学び、正義に目覚め、理想に沸き立って、人間革命の闘士へと変貌していったのです。

個人的な祈りも大事ではあるけれども、その功徳は小さなものでしかありません。 隣人のため、社会のため、広宣流布のためにという、仏と同じ祈りで行動することが、とても大切なのです。
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2012-09-24(Mon)
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今年も、財務の季節が近づいてきました。 (^ ^
わたしは、毎年参加しています。
金額ですか? それは秘密です。 (^ ^;

少なくとも、明日から食べていけないような金額ではありません。 広宣流布のためには、生きていかなければなりません。 生きて唱題し、仏法を語っていくことが大事ですから、そんなことをすれば、仏法を破壊するようなものです。 ” 財 ” の供養よりも ” 法 ” の供養のほうが幾千億万倍も優れているのです。

そもそも金額の云々などナンセンスなことです。 一輪の花のように、健気で美しい気持ちで財務をしたいものです。 参加できることに感謝することがとても大切なことではないでしょうか。 日蓮大聖人は心からのご供養を大切にされていました、足袋一つにも、コンブ一束にも、必ず感謝の言葉を添え、日蓮の命をつなぐものであり、父母に代わって、あるいは釈迦が身に入って守ってくれているようだと、最大限に賛嘆されて、来世にはこの恩を必ず報じます、と、お手紙に書かれています。 人に真心が通じるのと同じように、心から出るご供養は、御本仏の賛嘆するところであり、福徳を積むものとなるでしょう。 ならば、諸天も、その人を力の限り守りぬいていくことは間違いありません。

何度でも言いたいのですが、唱題し、仏法を語って、日蓮大聖人の遺言である広宣流布を実現するために、身も心も汗を流すことが肝要であります。 それ以上のご供養はないし、功徳はないとするのが、創価の精神であります。
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No title * by SHIn
今、経済苦で僅かばかりの金額を本部に収めておりますが法供養という事を聞いて安心しました(^O^)

No title * by 夕焼け
SHInさん こんばんわ。

広宣流布のために働く、行住坐臥の総てが供養になっていきます。
やることなすこと福運になっていくのですから、これは、凄いことですよ。 (^^
苦労しないで多くするより、苦労して僅かしかできないことのほうが価値があります。 苦労した分、福運となるのです。 しかし、絶対に無理してはダメですよ。 僅かでいいのです。 日蓮大聖人に健気な信心だと褒められるような信心と生活をしていきましょう。

2012-09-03(Mon)
わが聖教新聞には、さまざまに、信心を喚起し、涵養する記事が載っています。  さらに、最近では、ニュースや文化欄、健康欄も充実してきており、普通紙がなくてもいいほどに多彩な内容となっています。 わたくしの記事の大半は、この聖教新聞から引用させていただき、活用した内容になっております。 毎日の新聞紙面を構成し、記事を作成している方たちにはとても感謝しております。 ありがとうございます。

というより、毎日ごくろうさまです、というべきでしょうか。 ブログを始めてから、記事を書くことの難しさを知り、毎日届く紙面を目にすると、記者達の果敢な敢闘の姿が思い浮かぶようになりました。 この新聞を届けてくださる無冠の友といい、新聞を支える多くの方々が、広宣流布に実質的な貢献をされていることは疑いようもありません。 ほうとうにごくろうさまです、ありがとうございます。

・ 聖教新聞社
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