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2015-09-12(Sat)
温泉で休養している間に、栃木・茨城・宮城の水害、今朝の直下型地震など、大変なことがおきていました。
今後、温暖化による台風・豪雨・竜巻の多発や規模の増大、地殻の変動やマグマの活発化が、間違いなく起こってくるでしょう。
今、目にしていることは、未来に起こるサインだと思って、備えを怠らないようにしましょう。

スマトラ沖地震の津波を、東日本大震災の備えとして生かすことができなかった過ちを、再びおかしてはなりません。 

おりしも、東京では「 東京防災 」という小冊子とハザードマップが送られてきていました。 送られてきて、後で読もうと本棚に入れてしまいましたが、今回のようなことがあると、さっそく出してきて読み始めました。
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2015-08-15(Sat)
今日は70年前に、日本が降伏した日であります。

この戦争で、多くの犠牲者が出ました。 それは、日本人だけではなく、アジアの諸国をはじめとして、欧米の軍人・民間人・大人も子供も悲惨な思いを味わい犠牲となりました。 この犠牲は無くてもよかったはずのものではなかったか、今もって残念でなりません。
よく” この人たちの尊い犠牲があったからこそ、今の平和がある  ”という声を聞きますが、確かに日本人以外の人達が言うのはもっともなことでしょうが、日本人が言うのは、どこか、わたしは違和感を覚えます。 日本人の犠牲を無にしたくない気持ちは、とてもよく分かるのですが、この言葉は、日本の起こした戦争を美化してしまうもので” それは違うだろう ”と言いたくなります。 戦争中に大本営がガダルカナルの玉砕を「 転進 」と言って国民をごまかしていましたが、それと同じようなものです。

日本人の犠牲者は、誤った国の指導者に犠牲を強いられたといえます。 
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2015-08-11(Tue)
今回の安保関連法案の中で、唯一の新法が国際平和支援法であります。 他の法案は既にある法を改正したもので、しかも、個別的自衛権を補完し、限定的な集団的自衛権を規定したものでありますから、巷に言う、憲法に違反するようなものではありませんが、この法案は自衛権を越えた活動を許しており、少なからず問題のある法案です。 憲法9条に違反する可能性を秘めており、運用を間違うと、戦争行為を仕掛ける側の当事者となってしまう危険があります。 

この法案の名目が国際平和支援となっておりますが、PKOが戦後処理の活動であるのに対して、この法案が許している活動は実力行使あるいは武力を行使しているときの支援であります。 一応は国連の決議による強制行動なのですが、憲法の精神に反するために参加できないとして、消極的な形をとって支援をしていこうというものであります。 かつて、日本は湾岸戦争(第一次イラク戦争)に2兆円を超える資金を提供しましたが、しないほうが良かったと思うほどに国際社会の評価は惨めなものでした。 それがトラウマとなって作られたのが、この法案ではないでしょうか。 その危険性を思うと、空理空論のような議論ではなく、この法案の中身をもっと審議していくべきであります。 

公明党が、この法案の活動には国会の承認が必要だとしたことは、一応の評価はできますが、条文の一々についてもっと言葉を添える必要があったように思えます。 この法律の第2条3項には「 現に戦闘行為が行われている現場では実施しない 」とありますが、わたしは、それに紛争地域・国を加え、「 現に戦闘行為が行われている現場、あるいは紛争地域・国では実施しない 」とすべきであったと思います。 PKOは戦後処理、治安維持、復興が目的でありますから、いたしかたないとしても、強制行動の支援では、もっと離れたところで行うべきであります。
また、武力行使と一体とみなされる行為の定義がされていないところも心配で、自衛権の範囲から離れた活動でありますから、もっと厳格に扱うべきであり、細則で具体的に定義しておく必要があると思います。 少なくとも、この法律において、弾薬の提供は含まないとするべきであり、安保関連法案の中で問題を残している部分だと思います。
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管理人のみ閲覧できます * by -

* by 夕焼け.
No.411さん、こんばんわ。

そうですか、責任重大ですね。 (^^
しっかり探求して、これからも書いていきます。

2015-08-04(Tue)
集団的自衛権を誤解している人や、自分勝手に解釈しているひとがとても多いように思います。 とくに、集団的自衛権と集団的攻撃権(強制行動)をないまぜにして、集団的自衛権は反対だと言っている場合がほとんどのような気がします。

集団的自衛権を行使するためには、いくつかの大事な条件があります。 まず、相手国の攻撃が差し迫ったものであり他に選択の余地や時間がないという、いわゆる「 必要性 」と、そして、選択された措置が自衛措置としての限度内のものでなければならないという「 均衡性 」 があります。 この二つは、個別的自衛権を行使する場合にも必要であり、集団的自衛権では、さらに、攻撃された旨の表明があり、援助の要請がなければなりません。 この四つが揃わなければ、集団的自衛権は正当性を失います。 所謂、誤想防衛や過剰防衛となったり、頼まれもしていないのに集団的自衛権を使えば、国際司法裁判所で犯罪として扱われることになるでしょう。 ただ、四つが揃っていても、必ずしも集団的自衛権を行使しなければならいというわけではなく、第三国の裁量となります。 

ここで、国際情勢において、日本の状況について触れておかなければなりません。 いまや、地球はグローバル化して、世界中で日本人が生活しております。 また、日本の資源はほとんどが輸入に頼っています。 そのような中、紛争地域は拡大してきており、遠い国で起こっていること、と看過出来ないことも現実には起こっております。 11年前にも、ペルシャ湾で日本のタンカーが自爆テロに遭遇し、寸でのところでそれを防いだのが多国籍軍であり、そのために3人の兵士が犠牲となっています。 日本は他の国の若者の命の犠牲によって守られている、という事実をあまり知りません。 日本がやらなければいけないことを、日本だけがソッポを向き続ければ、やがて、手痛いしっぺ返しを被ることになるでしょう。 少なくとも、個別的自衛権の範囲と行動を今回の法案で、他国に犠牲を強いるようにならないよう、考えていかなければならないと思います。

集団的自衛権の行使で、アフガン戦争や第一次イラク戦争に自衛隊が行くことはできません。 そもそも、国連の強制行動による戦争ですから、集団的自衛権を行使するには遅すぎます。 また、強制行動を行ってる軍隊を守ることは集団的自衛権とは違います。 ましてや、第二次イラク戦争は強制行動にも当らないため、まさに、憲法9条にある「 国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。 」という条項に当てはまります。 しかし今、安保関連法案に反対して憲法違反だと叫んでいる人たちは、これらの戦争に自衛隊が行けるようになると言っているように聞こえます。 はなはだ、いい加減というしかありません。 それは、戦中戦前のプロパガンダと同じ根を持っています。
今回の安保関連法案は集団的自衛権の行使と騒いでいますが、法案の内容は、ごく限定的な限られた範囲であり、他国に行って武力行使するようなことは許されていません。 前にも言いましたが、正しく認識して評価を加えることが大切であり、集団的自衛権が憲法に違反すると決めつけて、肝心の安保関連法案や集団的自衛権の議論を深めないでいることにわたしは不安を感じます。 

わたしの個人的な見解は、集団的自衛権は憲法に違反しないと思っています。 集団的自衛権はあくまで緊急避難の行為であり、個別的自衛権と同じ自然権です。 平和に過ごしている他の国の艦船や航空機や国民を助けることは、傍にいて、他に方法が無い場合には人道上も許されることであり、要請が必要とはなりますが、それが軍隊であろうと差別はありません。 もともと戦争反対の側が、集団的自衛権を拡大解釈しているなど、おかしな話であります。 そのことをみても、今の大多数の反対論には賛成できません。
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* by ちよ
分かりやすくて 助かります

2015-07-30(Thu)
憲法9条にはたしかに、自衛権について規定がありません。 しかし、規定がされていないから自衛権を憲法が認めていないとなると、憲法を基にしている刑法や民法の正当防衛も正当性を失うばかりか、憲法違反となってしまいます。 ではなぜ、自衛権に言及しなかったのか。 それは、前文にあるように、憲法が侵略あるいは武力攻撃してくる国は国際社会に無いという前提に立っているからであります。
軍隊を持たないということ、持たなくてよい国際社会を築くことは理想であり、目指すべき目標ではありますが、今の現実の世界秩序において、国の自衛権は相対的に存在しており、そのための模索が、日米安全保障政策であり、自衛隊であり、安保法制であったりしてきたのです。 日本が無防備の時代に韓国による竹島の占拠や漁師の拿捕慮因から始まり、朝鮮戦争、東西冷戦、北朝鮮の核兵器開発、中国の海軍増強と領海侵犯などが誘因となって、憲法の精神からは遠ざかってしまうことになりましたが、まだまだ現実は厳しいといえるのかもしれません。 

自衛権というのは、本来、個別的自衛権のことをいっていたのですが、国連憲章によって、集団的自衛権の概念が示され、加盟国には加盟国の自衛権を担保する権利が付与されるようになりました。  日本も国連に加盟しているため、国際社会の認識としては、集団的自衛権の要件に沿って行使することが認められています。 しかし、日本は、憲法の精神と9条があり、他国のために武力を行使する集団的自衛権は、必要最小限度の自衛の範囲を超えるとされて、その権利はあっても行使することはできないとの政府見解が出されてきました。 集団的自衛権の行使は、憲法をなし崩し的に意味のないものにしかねない、との危惧があったからです。 たしかに、戦争放棄を誓う憲法にあって、能動的な武力行使はそぐわないと感じるのが普通であります。
一般的な生活においても、自己の防御は論ずるまでもなく本能的なものですが、他の人が危険に遭遇していたり、危害が加えられたりして居る場合には、どうすればよいか迷い、躊躇するはずです。 それは、助けるためには、自己犠牲や場合によっては実力行使が必要となってくるからであります。 このようなときには、状況が許されるならば、消防や警察に通報すれば対処できますが、緊急性があるときには、自分が対処することを迫られてきます。 
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2015-07-28(Tue)
安保関連法案について語るまえに、その批判の主たるものが「 憲法違反 」であるということについて考えてみたいと思います。

日本国憲法の前文には「 日本国民は、恒久の平和を念願し、人間相互の関係を支配する崇高な理想を深く自覚するのであつて、平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した。 」と書かれ、第二章戦争の放棄のところでは、第9条1項に「 日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。 」また2項では「 前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。 」とあります。

いつもこの条文で争われるのは、自衛のための戦争あるいは武力行使が許されるのか、ということであります。 現在では、侵略による自国防衛のためならば認められるという解釈で自衛隊の合憲性を担保していますが、かつては、自衛の為でも許されないと解釈し、米軍の駐留や自衛隊の存在自体を違憲だとする勢力が、政府の安全保障政策を激しく攻撃し争っていました。
特に9条2項は” 交戦権の放棄 ”を掲げており、そのまま読み取れば、他国と戦争をすることの放棄であり、戦うための軍隊を持たないということになります。 つまり、自衛であろうと攻撃のためであろうと、戦争をしないために軍隊を持たないと解釈することもできます。 この憲法の原案を作ったアメリカは、なにしろ日本の再軍備は許さない、という思想でありましたから、このような条文になったのだと思います。 
わたしは、前文の「 平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した。 」ということから、諸国家の性善説を信じ軍隊を持たない、というのが当時の日本に求められた態度であり、その理想を達成することが憲法の精神であり、日本国民の希求するところであると思っています。

それならば、安保関連法案など論ずるまでもなく「 憲法違反 」ではないか、と思われるでしようが、それが、そうでもないのです。 2項は1項の目的を達成させるための手段として規定されているもので、1項以外の目的に軍隊を持つことを禁じてはいないのです。 しかし、やはり解釈に争いがあったのが、「 国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する 」とい条文の” 国際紛争 ”の部分であり、今では、自国の自決権や生存権を否定するような侵略行為を受けた場合は、争うことのない違法な事態であることから、この国際紛争にはあたらないとして、領土・領海に不法に侵入し武力攻撃を仕掛けられた場合には、国民の生命や財産を守るために必要最小限度の軍を持って抵抗することは、憲法9条に違反しないとみなすようになりました。

社会党が自民党と組んで村山内閣を発足させたときに、自衛隊は違憲ではないとしたことから、長きにわたった政治的な自衛隊の違憲争いは終焉しました。 あれだけ争った挙句、自分たちが憲法だと言わんばかりに、解釈変更した人間が、こんどは安保関連法案を違憲だと騒いでいるのですから、推して知るべしではないでしょうか。
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2015-07-21(Tue)
安保法制が衆議院を通過し、参議院で審議されることになりました。 いままでは、法案の中身がなかなか見えてきていませんでしたが、やっと新聞でその中身が報道されましたが、遅きに失したという感があります。

法文なので、見慣れない人には読みにくいかもしれませんが、ぜひ読んでみてください。

・ 内閣官房 平和安全法制等の整備について

この法案は、十の法律の改正案と一つの新しい法律案を、まとめて安全保障関連法案と総括的に言っているもので、一つの法律ではありません。 それは閣議決定で限定した集団的自衛権の発動を容認したことから、それにともなう関連法の改正と国際貢献に資する法律の新設が目的です。

< 改正案 >

・ 自衛隊法
・ 国連平和維持活動(PKO)協力法
・ 重要影響事態法(周辺事態法改正)
・ 船舶検査活動法
・ 武力攻撃事態法
・ 米軍行動円滑化法
・ 特定公共施設利用法
・ 外国軍海上輸送規制法
・ 捕虜取扱法
・ 国家安全保障会議設置法

< 新設法案 >

・ 国際平和支援法

わたしは、これらを一読して、一部分の問題点はあるものの、公明党のはたした役割がとても重要であったことが分かり、公明党を評価しています。 今後、改正の部分は改正前と比較して、新規法案は、その一々について、わたしなりの考えを示しておきたいと思います。 しかし、その前に、総括的にこの法案を巡る報道といわゆる知識人と言われる方たちの発言について述べておかなけらばならないと感じました。

なぜ、そう感じたのかというと、この問題において、あまりにも情緒的な発言と、法案そのものの吟味が為されていないことに、危険性を覚えたからで、立場は反対のようでも、戦中戦前に事実を隠しながら盲目的なナショナリズムに走った報道と知識人の時代に迎合した従順さと同じ根を持っていると思ったからです。 報道は意見を出してもかまわないのですが、事実を覆って恣意的な情報操作をしてはならいのが鉄則です。 ところが、今の報道機関はそうではないようです。 法案の中身を国民に知らせる義務があるはずなのに、一紙も一局もいままで報道していません。 マニフェストの検証もせず、民主党政権の誕生を仕組んだときの報道と全く同じであります。 自分たちの考えが優先して、知る権利を阻害しているのが今の報道機関であり、民衆を扇動する魔力に魅入られているとしかおもえないような姿勢です。 これはとても危惧すべきことです。 

民衆は賢くなければいけない、そうでなければ、一部の権力者に利用されるだけであり、一握りの報道機関の人間の思うつぼであります。 ” 認識せずして、評価することなかれ ” という先哲の言葉があるように、誤認識で評価することはとても危険であります。
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2015-06-02(Tue)
最近、東京では比較的おおきな地震が続いています。 しかも、あまり知られていないところで起こっている様な気がします。

30日に起こった小笠原諸島を震源とする地震では、多くのビルやマンションでエレベーターが止まりました。 わたしなども20階から階段で降りて帰宅しました。 日本は複数のプレートの上にあり、日本列島の形成も、そのプレートが動いて、押し合い圧し合いしている結果であります。 したがって、地震が起きるのが当然といえば当然なのでありますが、それでも、甚大な被害に結びつくような、大きな地震は起きてほしくありません。

だいぶ前に、「 日本沈没 」という映画を見ましたが、そのときにはそんなことは起きないし、SFの世界のことだと思っていました。 しかし、よく調べると、その可能性がまったくないとはいえないようなのであります。 その可能性とは、まず地球の地軸の移動があり、その影響で太平洋プレート・フイリピン海プレート・ユーラシアプレート・北米プレートの動きが変わることです。 とくに太平洋プレートが動きを止めると日本列島の半分は沈み込んでいきます。 映画のように短時間では起こらないでしょうが、やがて日本列島はほとんどが水没してしまうと推測されています。 そのときには、日本だけではなく世界中の景色が一変するでしょう。 地質学者の見解では、過去に地球の地軸の移動は複数回あったそうです。

少し怖い話になりましたが、日本沈没はともかく、海洋プレートの動きが活発化し、いつ大きな地震が起こっても不思議ではありません。 温暖化や太陽フレアの増大で地球マグマの膨張とも絡み合い、日本列島は活動期に入ったと思います。 とくに、火山活動や大地震と津波には充分の備えをしたいものであります。 諸天の守りも大事ですが、先々の用心があってのことですから、防災の意識と備えを、しっかり持っておきましょう。

・ 公明党 防災DVD

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2015-05-26(Tue)
今日から、国会で安保関連法制の議論が始まりました。
大事なことなので、議論の内容をしっかりと掴み、法律の中身を見極めていきたいと思っています。

そこで、総論的な考えを少し述べておきたいと思います。

日本は日清戦争以来、50年余り戦争の当事者となっていました。 その戦争の発端は様々でありますが、一貫して、日本の脅威への防衛が、潜在的にあったことを忘れてはいけないと思います。 まだまだ、武力が国の支配力を決めていた時代に 「 攻撃は最大の防御なり 」 という兵法が政治を突き動かしていったのです。 つまり、” やられる前にやってまえ ”という論理です。

今回の安保法制は、集団的自衛権に基ずく自衛隊の活動法の整備にあるわけでありますが、やはり、過去の日本の戦争を思うと、また歴史を繰り返すのではないか、という疑念が浮かび上がってきます。 野党の主張もそのことを踏まえて言っていると思います。 しかし、そもそも集団的自衛権が、過去の戦争の機会を生んでいったものと同じなのでしょうか。 どうも野党の主張も眉唾のように聞こえてきます。 それは、過去の戦争のように紛争相手国に軍を進め、攻撃されては反撃を繰り返し、相手国内で戦線を拡大していったものを、集団的自衛権の行使とは言わないからです。 専守防衛は個別的自衛権だけでなく、集団的自衛権にも義務づけられています。 野党もコケおろすだけではなく、政権党のつもりで真剣に考えて議論してほしいものです。
前にも書きましたが、集団的自衛権というのは緊急避難行動に限られるのです。 攻撃を受けて防衛し、その後、体制を整えて反撃に転じ、攻撃してきた軍や、さらにその領土に攻撃を加えることは、集団的攻撃権というものに入ります。 国連の議決を経て国連軍が反撃のために、侵略軍や侵略国を攻撃するのも、この集団的攻撃権になりますから、自衛隊が参加することは許されません。 また、たとえ、公海上でも防衛や支援活動は紛争終了まで許されません。 たぶん、今回の法制では、この点に注目し、抜け道ができないように、監視しなければならない項目だと思っています。

それでも、義和団事件のようなことが起こったらどうするのかということになりますが、 義和団事件の時には、日本人居留民( 軍や公使館関係家族は除く )はいなかったのですが、今後、実際に邦人も含め多数が逃げられずに攻撃をされている場合には、やっかいなこととなります。 心情的には自衛隊に救出を許してもいいのでは、とも思いますが、義和団事件が日清戦争の結果から生まれ、日露戦争の遠因となったことを考えると、よほどの厳格さがないかぎり、自衛隊の派遣は戦争への道を開く危険があります。 このことから、安保法制の重要な部分には、攻撃してきた相手国には派遣できない、という一文が必要だと思います。 集団的攻撃権がない限り、攻撃してきた相手国での集団的自衛権は、制限されなければなりません。
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2015-04-06(Mon)
イスラム教過激派のテロが止みません。

テロには理由があるのでしょうが、テロは人種差別と本質的に変わりがない、とわたしは思っています。 
人種が、民族、宗教、であろうと同じです。 卑劣で身勝手な殺人は、けっして許されるものではありません。 人間の尊厳を踏みにじる忌むべき行為であり、地獄の門を開ける雷(いかづち)でしかありません。

同じ民族だから、同じ宗教だから、あいつは悪い人間だ、という価値観がそこにはみてとれます。 これは、テロだけではなく、国家の間にもあり、いまだにそこから抜け出せないでいます。 テロリストは、人という感覚が欠落し、物を壊すように平然と人を殺します。 自分たちの同胞が虐げられ殺されて、憤りを覚えるというのに、同胞をそのようにした人間と同じことをして平然としていられるのは、どこか狂っています。 

このようなテロを、被害者の側の国や民族や宗教にも問題があるとして弁護する風潮を、わたしは許容しません。 それは、人種差別のように人種の優劣や容姿によって弁護しようとするのと変わりがないからです。 殺された人は、彼らの同胞を虐げ殺した人なのでしょうか、またそのようなことを是とする人なのでしょうか、いいえ違います。 暴力は即効的で、人を隷属させる効果的な手段となりますが、暴力によって人を支配し続けることはできません。 それは、歴史が雄弁に語っています。
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2015-03-20(Fri)
今日は、地下鉄サリン事件から20年であります。
今でも、後遺症に苦しむ人がいることに、その凶行のむごたらしさを知る思いでいます。

世間では、宗教の恐ろしさを強調していますが、わたしたちは、間違った宗教の恐ろしさを、何度も、何度も、訴えてきました。 人間の不幸の原因は誤った思想・宗教にあり、宗教に無知であればあるほど、その危険にさらされるという警鐘を、改めて鳴らしたいと思います。 

話しは変わりますが、
この日の事件の夜に、那須の叔母から、突然電話がありました。

叔母は、長崎で被爆をして以来、戦後まもなく修道女となって、那須の修道院で暮らしていました。 叔母が修道院から出たのは、1度きりで、外部との接触は親兄弟親族ぐらいで、隔絶された世界で生きてきました。 そのころ、わたしたち家族は、年に1度、たいがい夏に修道院を訪れて、面会し食事をすることが許されていました。 また、手紙のやりとりも年に数回許されていました。 しかし、電話がかかってきたのはこのときが初めてで、こっちがびっくりし、叔母になにかあったのかと一瞬心配したほどでした。
叔母は、神父から事件のことを知らされ、「 霞が関 」「 丸ノ内線 」 という言葉を耳にして、わたしが通勤に使っていたことを覚えていたらしく、わたしのことが心配になり、特別に許可をもらってかけてきたのでした。 叔母は、姉(母)が死んでから、わたしたち家族を気にかけていて、会いに行くたびに、修道女になっていなければ、あなたたちの傍にいてあげられるのに、と話していましたから、ニュースを耳にして、いてもたってもいられなかったようです。 電話で話す声は、直に聞いていた声とちがうため、最初はとまどいましたが、そのうち、叔母だとわかってからは、その日は直接打ち合わせ場所に行ったこと、地下鉄を使った時間がずれていたこと、などを説明し、無事であることや、家族も元気でいることなどをしばらく話していました。 その電話で、叔母はほっとしたようで、「 神に守られましたね、感謝します、感謝します 」と何度も言い、そのときの叔母の優しい声を今でも思い出します。

わたしは、その晩、諸天(神)に感謝の題目を送りました。

この事件のあった日は、亡くなった叔母の事を思い出します。


関 連 → 恨みを持ち続けながら生きていくことは不幸だ
    → No More Nagasaki
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2015-03-11(Wed)
青空をキャンパスに
( 写真:Photo by 倉治 )


3.11
今日はあまりにも重く、辛い思いを抱えた人々に、
題目を送りたいと思います。

死んだ人も苦しかったに違いありませんが、生き残った人はその苦しみを背負いながら、さらに辛い思いで生きてきたにちがいありません。 どうか、その思いを引きづりながらでも、明日の希望に生きていっていただきたい。 そして、少しずつ、生き残った意味、喜びを掴んでいってほしいと思います。
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2015-03-03(Tue)
義和団事件
( 写真:PD 1900年 北京 紫禁城前 )

義和団事件を題材に描いた「 北京の55日 」という映画があります。 1963年に公開された映画ですから、わたしが12歳の頃の作品です。 監督は「 理由なき反抗 」のニコラス・ケイ、主演はチャールトン・ヘストン、主演女優はエヴァ・・ガードナー、といったアメリカ大作映画全盛の時代のおなじみの人たちであります。 さらに、この映画には、故・伊丹十三さんが日本公使館の駐在武官役として出演しており、前から一度は観てみたいと思っていました。
そこで、最近、レンタルビデオを借りて観てみることにしました。 伊丹十三さんは主役ではないので、出る場面はとても少ないのですが、チャールトン・ヘストンやデヴィッド・ニーヴンに交じって、違和感無く、堂々と演技していたのには驚かされました、さすがです。 わたしは、エッセイストとしての、また、映画監督としての伊丹さんしか知りませんでしたから、貴重なものを見させていただきました。 ところで、映画の内容はというと、やはり同年に日本で公開された「 史上最大の作戦 」や「アラビアのロレンス 」と比べると、やはり見劣るような気がいたします。 もう少し史実に近づいて、丹念に描いてゆけばよかったのではないでしょうか。

わたしはこの映画を見ていて、この義和団事件の日本の派兵が、今、議論されようとしている集団的自衛権を考えるうえで、恰好の材料となるのではないかと思いました。 与党内で公明党は、集団的自衛権といっても、ごく限定的な集団的自衛権を模索しており、自民党は、限定的な集団的自衛権とはいっていても、一般的な集団的自衛権に限りなく近づけようとしています。 このようなときに、歴史を振り返り、同じ道をたどることがないように、しっかりと議論しなければなりません。

1900年に起こった義和団事件は、日本の近代史の中でも、欧米の帝国主義列強に仲間入りをするエポックとなる事件で、その後の日露戦争・日韓併合・対独宣戦布告・満州事変・日中戦争・太平洋戦争へと流れてゆきます。 侵略戦争が明確となった日中戦争の遠因となる出来事の始まりであるといわれています。 義和団事件への派兵の名目は、日本公使館と欧米の公使館員とその居留人の保護でありました。 映画にも描かれているように救援のためであり、けっして侵略とは言えない自衛の派兵といわれました。 事実、事件の初端から清国の暗躍があり、清国が八か国に宣戦布告をするに至っています。 国際的には典型的な集団的自衛権の行使といってもよいでしょう。 しかし、自国あるいは同盟国を侵略されて、自国あるいは同盟国を自衛する集団的自衛権とは明らかに違います。 このような海外派兵を、今回の限定的な集団的自衛権で許すべきなのでしょうか? 自民党は、” 日本の周辺事態 ”を取って、” 場所に制約されない ”と目論んでいますが、紛争の相手国(攻撃してきた国の領土)への派兵の道が開かれてしまう危険があり、現行憲法下では許されてはいけないことであります。

過去の歴史は、理由はともあれ、自衛の名目で派兵し、にっちもさっちもいかない情勢と事件の対応に右往左往するうちに、恨みと報復の感情に突き動かされて、戦争へと突き進んでゆきました。 時代は変わり帝国主義は鳴りを潜めていますが、報復の連鎖のなかで、逆戻りしていこうとしています。 日本は憲法の精神を後退させるのではなく、世界にその精神を伝えてゆかなければんらないのではないでしょうか。 ただし、日本に紛争を仕掛け、支配しようとする帝国主義を跳ね返すだけの力は持たなければなりません。 それは武力というのではなく、国際的な圧力を形成する信頼関係を構築する必要があり、平和国家としての地位を揺るがすような、戦争をする” 普通の国 ”であってはならないと思います。
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2015-02-02(Mon)
後藤さん殺害のニュースが日本中を駆け巡ていたとき、NHKで「 イスラム国 」を取り上げた特集番組があり、イスラム国が台頭してくる足がかりとなった、シリアでの様子を伝えていました。

イスラム国は石油油田を手に入れるときに、その地域の部族たちの協力を得ていましたが。 そのとき、協力しなかった複数の部族を虐殺しており、女・子供のみさかいもなく2000人余りが殺されています。 生き残った部族の一人は「 彼らはイスラム教徒なんかではない、宗教を利用しているだけだ。 」と言いはなっていました。

いままでの一連の報道をみると、わたしもそう思います。

イスラムを利用したファシズムと言ってよいでしょう。 暴力と恐怖を使うやり方はナチスと同じですから、ナチズムと言うほうがいいかもしれません。

前にも記事にしましたが、イスラム教は神の代理人(預言者)による宗教のため、このようなことになりやすいのです。 特にマホメットは武力に拠って勢力を拡大してきましたから、このような連中に免罪符を与える結果となってしまっています。 しかし、彼らは同じイスラムのスンニ派部族を虐殺してはばからないところを見ると、他化自在天という魔が身に入ったイスラム教徒のナリスマシかもしれません。

そうであるあらば、彼らは必ずアッラーの怒りをかうことになるでしょう。
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2015-01-22(Thu)
一般的に、ナリスマシというと、本人でもないのに本人と偽って振舞うことを言いいますが、ネットの世界では本人というだけでなく様々なナリスマシが存在します。
もともと匿名性があるため、ブログや掲示板やSNSでは、はびこりやすいといえます。 このナリスマシは、善意より悪意のほうが圧倒的に多く、ほとんどで、本人あるいはその属するコミュニティを毀損するためにおこなわれます。  よって、ナリスマシにはろくな人間はいません。 だいたいナリスマシの言うことなど信用するほうもするほうなのですが、案外見分けるのが難しいこともあり信用してしまうようであります。

創価もナリスマシによく狙われますが、ついこの間も、箱根駅伝での○○おばさんなる人のツイートが話題となっていました。
ナリスマシには様々なタイプがあり、ヒンシュクを買うような言辞を垂れ流す者や、内部告発を装う者、作り話をでっちあげる者、嘆いて愚痴る者、リベラルを気取りながら結局はなじる者、・・・等々、本人やその属するコミュニティの人がそれをナリスマシだと気付く場合でも、それ以外の人には案外判りづらく、イメージを損なうには充分な効果を発揮します。 いずれにせよ、創価になりすます日顕宗の檀徒は、タチが悪く、そのモラルの低さには辟易します。

一方で、ナリスマシではないのに、そう受け止められてしまう人もいます。
ネットでは、文字だけのやりとりとなり、互いの顔も見えず、言葉のイントネーションも伝わりにくいために、良くも悪くも誤解を生んでしまうのだと思います。 発信する側の文章の表現力により、受取り側が言葉を弱めたり、あるいは強めて受取る場合もあって、思わぬ嫌疑が降りかかるともかぎりません。 そうならないためには、ソーシャルネットでは、後向きな発言や内輪話しは注意深く言葉を選んで行ったほうがよいと思います。  たとえば、人通りの多い所で、バスを待つ娘に拡声器で「 ナプキン忘れたわよ 」と呼びかけるようなことは止めたほうがいいに決まっています。

ところで、この話は、創価には、いい人ばかりが居るという前提での話でありまして、創価の中にもおかしいのや、我の強いのや、性格の悪いのや、うさんくさいのも間々居ますから、ナリスマシでなくてもナリスマシと思ってしまうかもしれません。 (^^
ネット上でなく、信心する気もないのに入信してくるナリスマシもいますから、やっかいであります。
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2014-05-28(Wed)
現在、日本の自衛隊は、憲法9条の主旨から専守防衛任務に限定された行動しかとれません。 攻撃されない限り軍事行動(武器使用)が許されていません。  たとえば、外国の軍隊が日本の領空・領土・領海に侵入しても、武力によって強制排除することはできないのです。 極端に言えば、武器の威嚇だけで使用がなければ、クリミアのような事態になったときでも自衛隊は対処できないのです。 いわゆる、「 警備行動 」しかとれず、相手の攻撃がなければ「 防衛出動 」はできません。 外国の軍隊が侵入してきても、尖閣諸島で中国の公船に対して海上保安庁がとっている対処とまったく同じようなことしかできません。

この、攻撃を受けずに領土・領海・領空へ侵入される事態のことをグレーゾーンと言っております。  警察や海上保安庁には逮捕・拘束する命令はできますが、外国の軍隊を相手に実行することは不可能であります。 そこで、このような事態にたいして自衛隊にも警察行動による実力行使を可能にしてもよいのではという議論が出てきています。
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2014-05-27(Tue)
集団的自衛権に関する報道が目立ってきました。

ところで、集団的自衛権とは何なのでしょう。  これは国連憲章51条に出てくる概念で、「 他国に対して武力攻撃がなされた場合に、自国が直接に攻撃されていなくても、実力を以って阻止・排除する権利 」だとされています。 この集団的自衛権は国連加盟国のどの国も持っている権利だとされています。 

ここで大事なことは、「 自衛権 」とあるように、最初に急迫違法の侵害があり、他に国を防衛する手段がなく、緊急避難に必要な限度にとどめた実力行使でなければならないということです。 集団的自衛権は、侵害された国の領土・領海・領空、あるいは自国の領土・領海・領空における侵害された国の艦船・航空機・国民を守ることにおいてのみ発動できるものであり、加えて公海上・公空上での権利が担保されているだけであります。 集団的自衛権を認めた国連憲章では、事象が発生してから国連安保理における処置がなされる間の時限的な権利と規定されています。 
日本は憲法で、「 国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。 」として、集団的自衛権の権利はあっても行使ができないとしてきました。

今の日米安保条約では、アメリカは日本が武力で侵害されたときに、共同で防衛する義務を負っていますが、アメリカが武力で侵害されたときに、日本は共同で防衛する義務は規定されていません。  日本は、相互安全保障条約を結んだ国にのみ、この集団的自衛権の行使をする義務が生じてきますが、アメリカとは条約を結んでいません。 この相互安全保障条約を結んでいたとすれば、ベトナムやアフガンやイラクに日本は自衛隊を参戦させていたでしょう。
日米安保条約は、もともと日本の防衛に特化されたものなのです。 それをあたかも相互安全保障であるかのように論理を展開して、集団的自衛権の行使を容認しようとするのは、なにか意図があるように思われます。 憲法9条と日米安保条約はセットになっているもので、集団的自衛権の行使容認は、日米安保条約を新たな相互安全保障条約に変質させようとするもので、憲法9条を空文化させかねないものです。

本来は、集団的自衛権の行使には憲法改正が必要であり、日本の領土・領海・領空以外でアメリカを守りたいなら日米相互安全保障条約が必要です。
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2014-05-26(Mon)
野中元官房長官が、創価学会広報室の集団的自衛権に関する談話について、 23日のTBS番組収録で、 「 政教分離と言いながら、特に憲法について発言したのは非常に問題だ 」 と批判した。

わたしは、この報道に接して 「 いまだにこのような認識しかないのか 」 と、あきれてしまった。 宗教団体が政治的な発言をし見解を明確にしてゆくことは、微塵も政教分離原則に触れるものではありません。 それよりも、宗教団体の政治的発言を封殺しようとする発言こそ問題であります。 どうして、こうも幼稚なのでしょう。
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2013-08-19(Mon)
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この時期は、戦争のことを考えさせられる時期ですが、最近は、日本の被害の悲惨さだけが取り上げられているような気がしてなりません。 軍国主義の犠牲になったのは確かに、国民であったかもしれませんが、日本が引き起こした戦争で、苦しみと絶望の淵に立たされていった、中国や韓国、そして東南アジア諸国の人々の事を忘れてならないと思います。 沖縄・長崎・広島・大空襲の事を語り継いでいくことも大事ですが、日本が先の大戦で、他国に何をしてきたのか、もっと証言を掘り起し、語り継いでいくことがさらに大事なことではないかと思います。

わたしが、小学生のころに発刊された、その当時の少年マガジンや少年サンデーには、戦艦や戦闘機の絵や写真がよく掲載されていて、そのカッコよさに目が奪われていました。 戦記物では、国のために散って行った若者の姿が描かれ、愛国の高揚感をかきたてられていました。 ちばてつや さんの「 紫電改のタカ 」を夢中で読み、ヒロインの悲劇的な最後に涙して、戦争に負けた悔しさを感じていました。

戦争の犠牲者が美化されていくことは、とても危険なことです。 その意味で、軍人の犠牲者を、ことさらに政治家が尊崇の念を払っていくことには違和感を覚えます。 本来なら、兵士への謝罪であり、鎮魂であり、不戦の誓いでなければならないはずです。 また、靖国でなければならないという意図には、軍国主義の系譜を感じます。 神道で鎮護国家を祈れば、かならず災いを招き、亡国の歴史を生み出してゆくことになるでしょう。
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2013-07-24(Wed)
今日のニュースで、民主党の元代表であり、総理大臣経験者でもある、鳩山氏と管氏の処分が取りざたされていました。

鳩山氏は党籍がないのに、どんな処分となるのでしょう。 氏は処分されても、たぶんケセラセラの感じではないでしょうか。 処分はあまり意味のあることとは思えません。
一方、管氏は今日の党役員会で処分に不満を示した、と報道されていましたが、厚顔無恥な言動は氏の十八番(おはこ)ですから。 執行部の面々の苦りきった顔が目に浮かぶようです。 処分がどうなるか知りませんが、あいかわらずの民主党の混乱する姿に、ますます嫌気がさす人が増えるに違いありません。

創価を弾圧する人間・組織の行き着くところは自滅です。 誰がなすべくもなく、徐々に自分で自分を追いこんでいくことになるでしょう。
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2013-07-22(Mon)
2013参議院選挙は終わった。 (^^

勝敗に各陣営は悲喜こもごもだが、本当の勝負はこの先にあること忘れないでほしい。 国民の幸せと社会の繁栄、そして国の平和を如何にして築いてゆくのか、という勝負が待っている。

公明党も、一人一人の民衆に寄り添い、声にならない声おも拾い上げ、社会の不条理や矛盾と闘っていってほしい。 政治ですべては解決できないが、政治のプロ集団として、知識を深め、知恵を絞って、解決の道を開拓してゆかなければならない。
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No title * by 河越武蔵守頼重
大勝利、真におめでとうございます!
暫し、一休みしましょうか。

No title * by yuyakeci
頼重 さま、ご苦労様でした。

喜びで、疲れも心地よく感じられますが、英気を養って、また、前進してまいりましょう。 (^^

本当におめでとうございます。

2013-07-20(Sat)
今日は、公明党を応援する各界の方々のビデオメッセージを紹介いたします。 

* 夜回り先生(水谷 修)応援コメント
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*  『日本再建』マスコミが報道しない有識者のコメント
  村井宮城県知事
  森田  実 氏( 政治評論家 )
  大石 久和 氏( 京都大学特命教授 )
  石川  好 氏( 作家 )

― 2012年衆議院選挙のときの応援 ―
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( 夕焼け yuyakeci@excite.co.jp )
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2013-07-18(Thu)
今日は、政策ビデオを紹介しますが、短い時間にどれだけ伝えられるのか、チャレンジしています。 今後のネット選挙では、とても有効なアイテムとなるでしょう。
もっと詳しい内容は 「 参議院選挙2013 重点政策 」 にありますので、そちらもご覧ください。


< 防災・減災対策 >
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< 消費税 >
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< 憲法改正 >
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( 夕焼け yuyakeci@excite.co.jp )
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2013-07-17(Wed)
今回の国政選挙では、ネットの利用が解禁となりました。

だいたいの政党がYoutubeに専用チャンネルを持っていますが、公明党の専用チャンネル「 公明党 ウェブTV 」は他党の一歩先を行く内容となっています。 党の精神を表現したものや政策を3分前後にまとめたものなど、おもしろい取り組みです。 そのほかにも選挙遊説や候補のアピールなど他党と同じような内容もありますので、ぜひ投票の前に見ていただいて、公明党を知っていただきたい。

今日は 党の精神を表現している3つのタイトルを紹介いたします。


< 公明党がいる安心 >
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< 小さな声を、聴く力 >
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< 生活者を、もっと国会へ >
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( 夕焼け yuyakeci@excite.co.jp )
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2013-07-16(Tue)
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(写真:Youtube afpbbnews)

今月の12日に、マララさんが国連本部を訪れて演説をしました。 翌日、その様子をYuotubeで見させてもらいましたが、元気そうで、安心しました。

ほんとうに助かってよかった。

暴力に屈せずに、女性や子供たちの教育の必要性を訴えてきた彼女を讃え、国連がマララさんが生まれた7月12日を選んで、 「 マララデー 」 と定めました。
演説のなかで、彼女は事件にふれて次のように話しております。


「 2012年10月9日、タリバンは私の額の左側を銃で撃ちました。私の友人も撃たれました。彼らは銃弾で私たちを黙らせようと考えたのです。 でも失敗しました。 私たちが沈黙したそのとき、数えきれないほどの声が上がったのです。 テロリストたちは私たちの目的を変更させ、志を阻止しようと考えたのでしょう。 しかし、私の人生で変わったものは何一つありません。 次のものを除いて、です。 私の中で弱さ、恐怖、絶望が死にました。 強さ、力、そして勇気が生まれたのです。
私はこれまでと変わらず 「 マララ 」 のままです。 そして、私の志もまったく変わりません。私の希望も、夢もまったく変わっていないのです。 」

(出典:The Huffington Post japan)


彼女は、撃たれたときに恐怖を味わったかもしれませんが、ずっと恐怖を抱えていたのはタリバンのほうだったにちがいありません。 彼女の声に怯え、黙らせようとしたのでしょう。 日蓮大聖人の言葉に 「 身をば随えられたてまつるやうなりとも心をば随えられたてまつるべからず 」 とありますが、人の身体は束縛できたとしても、心を従わせることはできません。 また、一人を黙らせても、それを見た一人が声を上げ、さらに一人が、次々とこだまの様に広がってゆきます。 暴力への信仰の行きつく先は、かならず破滅です。

命を狙われたにもかかわらず、彼女はタリバンを憎んでいないと言っています。 すごい人ですね。 すばらしい女性です。 これから、多くの少年少女の心に、勇気と希望を注いでいく存在となるでしょう。 今回の演説内容を知って、そのように強く感じました。 人は年齢、性別、人種、宗教に関係なく、魂の芯ともいえる境涯によって、その偉大さが決まるのだと改めて思います。
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2013-05-11(Sat)
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(清朝前期の勢力範囲図)

中国の最近の動きを見ていると、危ういなぁという印象を持っています。

軍の近代化と軍拡を貪欲なまでに追及していますが、その姿は、かつての日本を見る思いがいたします。 自らの主張は戦争をしてでも追及していく、という意図が背後に見てとれます。 国内のナショナリズムと軍の力が暴走しないことを祈るばかりであります。

先週、人民日報に沖縄の帰属について、日本の領有は認められないという論説が載ったそうですが、尖閣問題でシビレをきらしているのでしょうか。 前から、軍の高官や、外務省の高官が、同じような発言をしていたのは知っていましたから、いまさら驚くに値しないのですが、中国政府が意図をもって掲載したことは明らかで、これはまったくの失態、つまずきといえるものです。 これで、中国は自らの首を絞めてしまう危険があります。 国際社会は中国の野望に確かな不信感を抱くにちがいありません.

日本は第二次世界大戦で降伏し、占領統治下に置かれ、サンフランシスコ講和条約の締結で、沖縄の領有を失いました。 論説では日本が武力で奪い取ったのだから、今の日本に沖縄の主権は認められないと主張していますが、この時点で日本は一旦領有権を失っていることを、まったく無視し決めつけています。 武力で併合した後に手放しているのですから、今の沖縄の領有は武力で奪い取ったものではありません。 当時の日本政府がアメリカと交渉し、沖縄の「本土復帰」へと結実したもので、平和的に領有権を得たものです。 この功績で、その時の首相であった、佐藤栄作氏にノーベル平和賞が贈られましたが、これは、その証明ともいえるものです。 復帰した当時は、政治的にほとんどの沖縄人がその復帰を望み喜んでいましたが、その後の東西冷戦やベトナム・中東の戦争などによって、現実は大変厳しいものになってしまいました。
この沖縄の復帰運動が行われていたとき、中国は、沖縄は日本に返還されるべきだと主張していたのですから、今の中国は、自語相違もなははだしいといえるでしょう。 手前勝手と言われても致し方がないものです。

ところで、わたしは、沖縄の大多数の人が望めばという前提が必要ですが、沖縄の独立には賛成です。 その時には基地のない、平和な独立した国を作ってほしいと思います。 しかし独立するまでの道のりには、解決しなければならない、難しい問題があります。 経済基盤の確立、国籍と居住権の問題、社会保障の継続、通貨の変更、選挙権の問題、防衛の問題、中国外交、・・・・・・などなど、そう簡単なことでありません。 チベット方式で中国に支配される可能性もありますから、じっくりと準備・研究し、国際的な支持を得ていくことが大事だと思います。

そうはいっても、沖縄は同じ日本でいてほしい、という思いもあります。
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No title * by 河越武蔵守頼重
彼等の思想の根底に
中華帝国思想が根強いのですよね。
だから、沖縄を平気で我々の領土とか言う始末。
沖縄の人が、怒らないのが理解出来ない。
中国は、周辺国とも領土問題で争ってる。
人種差別は、いけないのは解ってますが
如何しても、中国人と朝鮮の人々を好きに成れません。

ま、同志は別格ですが・・・

如何しても、受け入れが出来ないのも事実です。

No title * by 夕焼け
河越武蔵守頼重さん、おはようございます。

今の中国は、清朝時代の繁栄を夢見て、領土にせよ、経済にせよ、軍事力にせよ、失ったものを追い求めているように思えます。 今後も、経済の繁栄→軍備の増強→領土の奪還へと突き進んでいくでしょう。 その過程で、資源の確保に必要な、あらゆる施策・行動を実行するはずです。 共産主義は一党独裁ですから、封建社会と体制構造は同じで、帝国主義に陥るのはとても簡単です。 ” 中華の復興 ” が中国の夢なのでしょうが、それが ” 帝国の復興 ” だとすれば、時代錯誤もはなはだしいといえます。

No title * by うるとらまん
沖縄独立論は少数意見ながらいますね。
それは、本土の方々への不信感からきていることです。
4月28日は自主独立した日として安倍総理はお祝いていましたが沖縄から見れば親から切り離され憲法も司法もない屈辱の時代への幕開けの日です。
私の組織にはアメリカ人の同志で構成されるマーシー本部があります。
普段は人を殺す練習している彼らが真剣に題目を唱え学会活動に励んでいます。
そんな彼らに敵意を抱く同志はいません。
信頼関係が大事だと思います。

No title * by 夕焼け
今回の式典は、とても残念です。 
わたしは、沖縄の人達の気持ちを思うと、言葉がでません。

創価では、国の違い、人種の違いなどを超えた気持ちでつながることができます。 このような世界を、どんどん拡げてゆきたいですね。 人と人が、相手の幸せを願うような世の中になれば、戦争もなくなるはずです。

2013-05-09(Thu)
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(写真:国会中継 安倍首相)

昨今、憲法問題、尖閣問題、日韓歴史問題などなど、内憂外患の日本となってきております。 そんな中で、最近、わたしが憂慮してることがあり、すこし話しておきたいと思います。

そのひとつが、靖国神社についてであります。

靖国は神道の神社でありますが、他の神社と違い特殊な存在であります。 それは、軍隊の兵士として戦士した人を祀っているからであります。 明治維新から第二次世界大戦に至る戦死者であります。 自衛隊員は軍人ではありませんから、靖国神社には祀られていません。 戦争で犠牲になった民間人も、基本的に祀っていないのです。
もともと、靖国神社は、東京招魂社として兵士の御霊を鎮魂するために設けられ、軍が管轄していたもので、明治12年になって明治天皇の命名により、国の管轄下に置かれました。 第二次世界大戦後には政教分離がなされ、靖国神社は国の管轄から離れ、一宗教法人となり、現在に至っています。

最近、個人としてでしょうが、大挙して閣僚や政治家が参拝して、韓国や中国が激しく抗議しておりますが、背景には第二次世界大戦を主導した、責任者(軍人でない人が含まれる)が祀られていることによります。 戦後、昭和天皇も靖国神社に参拝しておりましたが、A級戦犯が合祀されてからは参拝をやめられております。 安部首相は今回参拝はしておりませんが、閣僚の参拝を容認し 「 国のために尊い命を落とした英霊に尊崇の念を表するのは当たり前だ 」 と、発言しております。
この発言に、わたしが日本人でも、 ” それはおかしいんじゃない ” と思うのに、韓国や中国が騒がないはずはありません。 ” 国のため ” と中国で戦争をし、韓国を併合した侵略行為を日本のためと明言しています。 さらに、それを行った軍人や政治家を ” 尊崇の念 ” と賛美して崇めてしまっているのです。 これは、小泉首相が、鎮魂と不戦の誓いで参拝したということと、大きく意を異にする内容です。 そもそも、個人がどのような思いで、どこに参拝しようと自由ですが、国会の場で、しかも、一国の最高権力者としてそのような発言をしたのですから、この発言は公式な政府の見解となったのです。 静かに個人で参拝する事より深刻です。

どうして、こうも幼児的なのでしょう。

わたしは、創価の思想的背景を持っていますから、信教の自由と政教分離は断じて守らなければいけないと思っています。 
その意味で、国の神道崇拝の道を模索するような意図には敏感にならざるをえません。 国教化するとは思いませんが、神社を国や自治体の行事に積極的に取り入れるようになることを危惧しています。 一方的に選択の余地のないような状況を作り出すことには反対です。 また、戦前回帰のような国体政治には断固として反対します。 今の神社には、守護する神は立去って居ません。 代わりに悪鬼が住みついている場所だというのが、創価の主張であり、神社を国の鎮護とするようなことをすれば、間違いなく、日本は第二次世界大戦のような災禍を招くことになる、と、主張するものです。
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No title * by じろう
よーく分かります私も同じ考えでした。
国会中継など見ますと、そうも言ってられない事実があるようです。
調べてみましたが中立的に書かれていました。
一度、お調べになって見て下さい。
60代の方たちと討論しても私のような考えを持つ者がいないので、視野を広くし調べた次第です。
否定してるわけではないので。

No title * by 夕焼け
じろうさん、こんばんは。

> そうも言ってられない事実があるようです。

とは? 情報提供をお願いします。(検索キーワード等)

No title * by 河越武蔵守頼重
安倍さん、変ですよ。
今日になって、トーンダウン。
だったら、最初から変な事言わなきゃ良いのです。
維新やみんなの党が唆すからこんな事に成る。
アメリカさんにまで、極右人間として名指し批判される始末。
日本を、如何しようと考えてるのでしょうか?
総理夫人も、人種差別主義者やネット右翼・国粋主義者に
韓国の御芝居見に行った事をフェイスブックで批判されてました。
いつから、こんな堂々と国粋主義が罷り通る様に成ったのか?
変な国、日本は。
戦前の日本と変わりない。
夫人も、非国民に成るのですかね?
意味が解りませんよ、日本の現状が。

No title * by 夕焼け
河越武蔵守頼重さん、おひさしぶりです。

そうですね、デモでヘイトスピーチが叫ばれたりして、
嘆かわしいものです。
2ch 化していますね。

安倍さんは、言葉足らずにならないよう、思慮深く発言しないと、鵜の目鷹の目で狙っている、マスコミや中韓のいい餌食になってしまうでしょう。 「主権回復の日」の式典も、いただけないですね。 安倍さんの失策です。 名前の付け方が悪い。 沖縄の気持ちが頭からすっぽりと抜けていたのでしょね。 与党の一員として公明党にも責任があります。

No title * by 河越武蔵守頼重
そう、あの式典は頂けない。
陛下が、最後退出する時の動揺した御顔
御覧になられましたか?
何の為に、御言葉を発しなかったのか。
陛下は、あそこに行くこと自体良く思ってない節があります。
反対意見の有る式典に行く事自体
陛下は行きたがらなかったと聞きます。
あの陛下が退出される時に一部の参列議員が
「天皇陛下万歳」と三唱されたので
陛下が困惑した顔為さってました。
陛下の大御心を理解出来ないでしょう彼等は。

No title * by 夕焼け
わたしは式典のTV中継を見ませんでした。
そうでしたか。
まさに、天皇利用ですね。

2013-05-07(Tue)
この歌は、インドネシアの日本語を学ぶ学生たちの劇団が、日本に留学するインドネシア人留学生の旅立ちを描いたミュージカルのために作ったものです。 公演の準備で歌を録音収録するその日、東日本大震災が起こりました。 日本の惨状を見るにつけ、被災地を励まそうと、劇団の人たちが呼びかけて、歌詞に手を加え、インドネシア全域から集った500人の大学生と歌ったものです。

わたしは、最近このことを知り、インドネシアの青年たちの励ましの姿に胸打たれ、感動いたました。 みなさんありがとう。


・ 桜よ ~大好きな日本へ~
                   作詞 甲斐 切清子
                   作曲 ヌルファドゥリ
                      ・プラタマ

桜が心に残るのは 人肌に似ている 
桃色のせいだと みんな知っている

桜の命が愛しいのは わずかで散り落ちる 
はかなさのせいだと みんな知っている

桜を誰かと見たいのは この花のやさしさを
分かちたいせいだと みんな知っている

桜よ 咲き誇れ 青空を背にして咲き誇れ
桜よ 咲き誇れ 星空に浮かんで咲き誇れ

みんなで笑える 歌える 抱きあえる 生きていける
この花が咲くたびに 重ねる想い出

何かを 失う寂しさ あきらめる悲しさ
でも春は来る 来年も その先も ずっと先も

桜よ 咲き誇れ 日本の真ん中で咲き誇れ
日本よ 咲き誇れ 世界の真ん中で咲き誇れ
私よ 咲き誇れ この道の真ん中で咲き誇れ

桜よ 桜よ 桜よ
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2012-12-03(Mon)
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(写真:FERMC ドライ・キャスク)

福島第一原発の事故によって、その量は増しているにもかかわらず、多くの放射性廃棄物が放置され続けています。 特に、使用済燃料棒をプールに置いたままにすることは、とても危険です。

放射能を中和する技術を人類は持っていませんから、 遮断するか、影響のないところに移すしか方法はありません。 これは、代替エネルギーの開発と同じくらい、急がなければならない問題です。 このことは、原発廃炉においても、それを実現するためには、避けて通れない、解決しなければならない問題なのです。 国民的合意を得て解決していくことが急がれます。 実のところ  ” 廃炉 ” と言ったところで実現はそう簡単ではないのです。 ” 10年でやる ” と公約してる政治家もいますが、51基を全部同時に廃炉にするつもりなのでしょうか。 1998年に廃炉が決り停止して、解体が進んでいる東海発電所では、14年たった現在、原子炉の解体はまだこれからだというのに、たいしたものです。

放射性廃棄物は超高濃度、高濃度、低濃度に分けて処分することが必要です。 もしそうしなければ、廃棄場所はすべて超高濃度に対応しなければならず、廃棄場所の選定と管理がとても難しくなってしまいます。 超高濃度廃棄物を取り出し容量と危険を減らし、廃棄場所の管理と安全がコントロールできるようにするのです。 超高濃度廃棄物であるウランとプルトニウムは、再利用する道が考えられていましたが、日本ではもう使いませんから、廃棄して厳重に管理しなければなりません。 そのまま核兵器に転用できるものであり、管理に不安が残ります。 加工されて、すぐには使えないように保管されてはいますが、核兵器拡散につながりかねない問題です。 わたしは、費用が掛かることは当然として、場所と管理能力のあるアメリカと交渉し委託することを提唱したいと思います。 また将来的には、月や他の惑星そして太陽に廃棄できるように、研究をしていくべきであると考えています。

今の時点では ” 原発稼動ゼロ ” は ” 経済成長ゼロ ” と同義と考えていいでしょう。 これからは、生活レベルも利便性や豊かさも下げていく必要があります。 生産拠点の海外移転で雇用も落ち込み、貧困や格差が広がっていく危険に見舞われるかもしれません。 安く安全な代替エネルギーの開発は今日明日にも可能となるものではありません。 今後、政治のはたす役割は、とても重要になってきます。 竹島や尖閣をとやかく言っていられないのが、日本の未来だと思ってまちがいありません。 しかし、だから、 ” 原発を稼動しよう ” とは思いません。 原発が無くても、日本は無くなりませんし、今まで原発が無い日本のほうが長いのです。 そして、いずれ、原発は使えなくなるものなのです。 いや、もう使えなくなってきたのです。 そのことをしっかりと見つめ、賢く前に進んでゆかなければいけないと思います。 そうすれば、人の本当の幸せとは何なのか、気づくことができ、人類の希望となるような日本を作ることも、可能となるでしょう。
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2012-11-30(Fri)
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(写真: PD 東京電力 福島第一原発4号機)

原子力発電所の稼動を止めれば危険は無くなる、と思う人がいれば、それは大いなる誤解です。 運転しているよりはいいだろう思いたいでしょうが、稼動を止めていても同じように危険がそこにはあるのです。 それは福島第一原発の4号機が爆発した現実をみれば明らかです。 福島第一原発の4号機は稼動を停止し、燃料棒も炉から出され、使用済核燃料棒(燃料棒)と同じように冷却プールに保管されているとき、あの地震と津波に襲われたのです。

原子炉で使われた燃料棒は、炉の傍にある冷却プールで3年から5年ほどかけ、安定的に冷やされていなければなりません。 電源が失われて、冷却水が沸騰し水が無くなれば同じような結果を招きます、稼動していようがいまいが、同じ事故が発生する可能性があるのです。 というより、科学反応ですから同じ条件で発生します。 稼動停止しても、燃料棒を処理して廃棄場所に収めるまで、危険は同じように残されることになります。 燃料棒は冷却後に処理施設に運び出され、高濃度放射性廃棄物に処理され特殊ガラスと混ぜて固化されます。 固化された廃棄物は容器に密閉し、さらに何十年か冷やされた後、何万年も安定していると考えられる地層に保管するのです。 しかし、そのようにしてもまだ問題は残ると言われています。 保管場所が4万年も安定している地層だと、100%確約できないからです。 そこで、高濃度放射性廃棄物をできるだけ減らすため、また、燃料となるウランとプルトニウムをリサイクルするために、プルーサーマル計画が生まれてきました。

今は、燃料棒を処理するところも稼動できないでいますから、各原子力発電所の燃料プールには燃料棒が行き場を失って溜まっている状態です。 行き場がなければ、プールで保管し続けることになり、危険が放置されることになります。 廃炉にするにも出来ない状態が生まれてきます。 たぶん、それぞれの原子力発電所の原子炉自体は使わなくなっても、燃料棒や廃棄物はそこで保管するしかない事態となることも考えられます。 それは最も危険な場所に保管するということを意味します。 日本の原発は住民の理解を得られずに、廃棄物を処理することもできない状態ですから、破綻するのは時間の問題だったといえます。 政府が返す当てもない借金をし続けるのと同じ構造です。

政党や政治家が、原発ゼロを ” 原発の稼動を止めれば問題はすべて解決する ” という意味で使っているとしたら、あきれるしかありませんし、 ” 廃炉にする ” と簡単に確約しているとしたら、その問題意識の低さ、知識の無さを嘆かずにはいられません。 そんな政治家や政党に政治を委ねることは、自殺行為と同じであります。
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